ドレスデン町歩き前編
2025年7月6日 ドレスデン、ドイツ
事前のネット検索で気になっていたドレスデン市内の名所を気儘な順番に足が赴くまま回った記録です。是非、一緒に町を散策している気持ちになって頂ければ幸いです。
この日、何故か定期が使えなかった為、私はネットで購入したザクセン州内の電車の一日券を使って移動することにした。7時頃にライプツィヒで電車に乗り、約100分後にドレスデンに到着した。
最初、私は町で一番大規模な歴史的建造物であり、18世紀建造のツヴィンガー宮殿Zwingerを訪れた。宮殿の敷地は上空から見ると、線対称の二等辺中央が外側へそれぞれ縦長の蒲鉾型に延長した正方形で、建物はこの正方形に似た図形を形作る外枠の線に値する部分のみであり、その内側、つまりは宮殿の大半の面積は中庭に割かれていた。建物部分は所々黒ずんだ淡い黄土色の石材で出ており、沢山の縦長の蒲鉾型の格子窓が横並びに取り付けられていた。また、基本的には1階建てで、前述の延長部分だけが2階建てだった。同部分のない方の二辺の内の一辺の中央の上には、1階相当の高さの四角柱の塔があり、その上には潰れた玉葱のような黒い屋根が乗っていた。この屋根には金の葉のような装飾が張り付けられ、同色の王冠のような装飾もはめられていた。屋根は薄緑や黒の丸みを帯びたものが2階建て部分の上にのみ被せられており、1階建て部分の上は歩けるように平らになっていた。


城の直ぐ隣には、ゼンパーオーパーSemperoperと言うオペラハウスもあった。この建物は3階建てで、上空から見ると、1階及び2階は下部が縦に長い凸の字形になっていて、建物の前方に相当する凸の字の下部分は丸まっていた。3階部分は縦長の長方形で、同様に下部分は丸まっていた。1階には縦長の蒲鉾型の黒いドアが、2階には縦長の蒲鉾型の窓が、3階には縦長の長方形の木製らしき黒いブラインドが、それぞれ横並びになっていた。外壁は暗い黄土色のブロックを積んで造られていて、周囲の多くの歴史的建造物も同様の外壁を持っていたので、これが中世の流行かと思われた。オペラハウスや演奏会場は、近代的なものや逆にローマ乃至ギリシャの時代に遡るほど古いデザインのものばかり見て来たので、中世の時点でこんなに立派な建物が芸術鑑賞と言うある意味非生産的目的の為に作られていたことを知り、私はドイツの懐の深さを感じた。

次にドレスデン城Residenzschlossに行った。当城の原型は選帝侯マウリッツMoritz von Sachsenによって1548年から1556年に架けてルネサンス様式で完成され、1719年にバロック様式へ、1889年にネオルネサンス様式へと改修されて来た。それは上空から見ると、空洞のL字型で、空洞箇所は駐車場になっていた。5階建ての内、下の3階は淡いクリーム色の外壁で、上の2階は赤い瓦屋根に覆われていた。L字の横線の中央に当たる部分には、黒いドーム型の屋根を被った黒い八角柱の塔があり、この屋根の上には、黒い尖がり屋根を被った八角形の小塔が立っていた。他、建物には一回り細い同色の八角柱の塔が約10本があり、それらの上には先の尖った淡い緑色でドーム型の屋根が乗っていた。この城の周りは道路や広場になっていて、水面のように平らに開けた土地が多かったので、塔と屋根がそれぞれマストと帆に、城自体は大きな帆船に見えた。町中にこれだけ堂々とした城が突然立っているなんて、確かに旧東ドイツの町の景観は旧西ドイツのものとは全然違うのだなと感じた。

開城時間の10時までは30分ほどあったので、私は近くのジェラート屋でミントとラムか何かのジェラートを買い、屋外の席で食べた。
開場後は場内駐車場に併設された入場券売り場に並んだ。城の常設展部分の入場料は16ユーロで、実質的な宝物館であるGrünes Gewölbeは更に16ユーロ、それに企画展も別料金だったが、私にとってそれら入場料は一カ所分でも高額だったので、常設展だけ見学することにした。また、前述のL字の空洞箇所の白い外壁に目を向けると、神話の場面らしき絵が、格子窓の脇には白黒で、八角柱の塔の下には色付きで、描かれていた。
内部の展示室には、段々になった真っ白の陶器のような聖体容器らしきものや、同色の瓢箪型の容器、取っ手が赤い珊瑚礁で出来た使い難そうなカトラリー、石本来の色を利用した南瓜や葡萄の形の装飾が付いた鏡や蝋燭立て、沢山の人々が乗った金色の舞台のミニチュアなどが置いてあった。どれも奇を衒ったユニークなデザインや手法で作られていたが、だからと言って不格好さがなく、私はこれらの品々に芸術の幅の広さを感じた。
他には30mくらいあるのではないかと思われる長い廊下があった。白い天井には、横2列の正方形の窪みが廊下の奥まで何個も彫られていて、各正方形の周囲は金色の細工で装飾されており、各正方形の中は幾何学模様を写実的な植物の絵に近付けた絵が描かれていた。左右の壁には、約2mの等間隔で臙脂色と白色の壁紙が交互に貼られており、白色部分には展示ケースや窓が取り付けられていて、ケース内には銃や剣が置かれていた。
また他には、天井中に金色の細かい装飾が施された白い部屋や、金色の細かい植物モチーフの幾何学模様の描かれた赤地で、緑色の四角形を囲んだデザインの絨毯みたいな壁紙が貼られた部屋などがあった。
ドレスデン城はヴァルトブルク城、ホーエンツォレルン城、ドラッフェンブルク城などの西ドイツの城に比べると、城自体よりも内部の内装や小物類に芸術性を発揮している印象を感じさせた。


以上で町歩きの様子は半分書いたが、既に長くなったので、残りは次回の記事で書くとする。
※ドレスデン城の歴史は城の公式サイトを参照した。
※2025年7月23日追記 ドレスデン市公式サイト曰く、ゼンパーオーパーは1838年から1841年に架けて、ゴットフリート・ゼンパーGottfried Semperによって建設され、1945年8月に連合軍の空襲で破壊されました。その為、現在の建物は、1977年から1985年に架けて再建されたものである。1841年に原型が完成してと考えても、思っていたより新しい建物で、少しだけがっかりした。
