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中米旅行記2日目”ミゲル・アンヘル・アストゥリウスの妖精の世界”アンティグアinグアテマラ

 2013年10月4日
 グアテマラを代表する作家、ミゲル・アンヘル・アストゥリウスは、グアテマラ国内の多くの土地の文化に関して書いている。当記事では当地への理解を深める為、彼の短編集、“グアテマラ伝説集”収録作品への言及を幾つか差し挟んで行きたい。
13時半LA発の飛行機の乗り、約6時間かけてグアテマラの首都、グアテマラ・シティへ移動した。上空から眺める首都は、空港の周りを除いて極端に背が低い建物が多く、スラムと思われるプレハブ小屋も多々見えたので、私は「すごいところに来たなあ。」とつくづく思った。街は周りを雄大な山々に囲まれており、火山の多いグアテマラらしい地形だった。アストゥリウスの短編、“花咲く地”曰く、グアテマラの火山の下には、かつて白人の兵士達と戦った先住民の戦士達の財宝が眠っている。私はこの旅でどのような財宝を目にするのだろうか。
 7時15分にグアテマラ・シティの空港に到着し、併設のカフェで読書をして時間を潰してから、11時に予約していたワゴンのタクシーに乗った。これで最初の目的地である世界遺産の町、アンティグアへと向かうのだ。
 私は車内からも町を見てみた。治安維持の為か銃を持った警官や警備員達がところどころにいた。車通りが多く道路も大きい為か、歩道橋はなく、代わりに緑色の立体歩道橋が沢山掛かっていた。大きな映画館やスーパー等はあったが、特に観光して楽しめそうな町ではなかった。

 ワゴンは町を出て、全身に遠心力を感じるほど急なカーブを何度も曲がりながら山を登り始めた。グアテマラ・シティは四方を山に囲まれているのだ。道中では警官が速度規制をしていたり、プレハブ小屋が何十個も道沿いにあったりし、治安の悪さを感じさせた。
 暫くするとワゴンは山を下り、揺れながら石畳で出来た道をガタガタと音を立てて進み、アンティグアに入った。よくこんな運転を繰り返して車が壊れないものだと感心した。町には正午を伝える爆竹の音が響いていた。
 ワゴンを下りた後は物静かなインディオのおばさんが居るホステルに荷物を置いて、ベッドに寝転んで疲れを癒した後、町に繰り出した。警官は相変わらずあちこちに立っていたが、語学学校があったり、白人観光客が居たりして比較的安全そうだった。制服を着た現地の学生も多くいた。

 アンティグアは1773年に地震で破壊されるまで、約200年間、グアテマラの総督府が置かれていた場所だが、今は一日で歩いて見て回れるほどこじんまりした小さな町となっていた。アストゥリウスの”火山”と言う作品がある。それは妖精が住む幻想の世界であったグアテマラに、人間達が住み始め、それと共に現実の世界が始まる様子を描いた作品である。この町で驚くほど澄んだ色の空の下、雲を突き抜ける立派な火山を見ていると、作中の美しい幻想の世界へ連れ込まれたような気持ちになった。

 しかし、人工物も負けていない。町一番の見どころであるラ・メルセッド教会は背景の綺麗な空と相まって壮大だった。それは黄色味の強いクリーム色の建物で、白い石材で装飾が施されており、2階建ての正面部分を3階建てのタワー2本が左右から挟むような造りだった。教会前の広場では現地住民達がピクニックや日光浴を楽しんでいて平和だった。教会内では、観光客と現地住民合わせ十人ほどが、神々しいBGMの中真剣に祈りを捧げていた。余りの真剣さに、私も少し感化されそうになった。天井が高く、白い側壁には涙を流すマリア等の聖人の像がガラスケースに入れられて飾ってあった。正面には十字架を背負ったキリストの像が置いてあり、2階にはオルガンも見えた。しかしこのような部外者には美しく見えるこの町のキリスト教(厳密にはカトリック)信仰も、アストゥリウスには肯定出来ないものとして捉えられていた。なぜなら、彼の短編、“グアテマラ”曰く、それは「押し付けられた罪の意識」だからだ。中南米では、先住民族達と植民者達、両者の目線から見ることによって、ものの価値は判断されなければならない。

 教会を出た後は、廃墟となった古い建物や通りを見て歩き、ホステルに戻った。するとさっきまで晴れていたのに、不意に大雨が降って来たので、私はいい時間に戻ったと思った。明日は早朝4時に出発なので、念の為にひと眠りしてから深夜にシャワーを浴びようとするが、何故か水が止まっていてがっかりした。これで実質3日間もシャワーを浴びていないことになる。しかもネットも使えなくなっていた。そう言えば今日は全く空腹にならなかったので、食費を節約できた。

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