“様々な文化を吸収した町”アッコinイスラエル
前回記事の通りバーブ廟の見学を終えてからは、宿の方向へ約20分あるいてハイファ駅に行き、ミックス・ベリーソーダで喉を潤し、そこから凡そ30分かけてアクレAcreの町を訪れた。
紀元前フェニキア時代Phoeniciaに建設されたこの港町は、旧約聖書にはアッコAkko、新約聖書にはプトレマイスPtolemaisとして書かれており、その旧市街は“アッコ旧市街”として世界遺産登録されていた。また、5世紀のペルシャ王、アルタクセルクセスArtaxerxēsのエジプト遠征の基地でもあり、後にビザンチン帝国、十字軍、イスラム教徒、オスマン帝国にも支配された。その為、18、19世紀のオスマン時代のイスラム的な都市デザインの下には、1104 年から 1291 年の十字軍時代の都市遺構がほぼ完全な形で眠っていた。
私はこの町で、砦Zitadelle、シナゴーグRamchal-Synagoge、地下トンネル、公衆浴場、ジャッザール・モスクel-Jazzar Mosque、民俗学博物館を訪れた。
砦は上空から見ると正方形の中庭を持っていて、それを不規則な形の直方体15個ほどが取り囲むような造りだった。壁は黄土色で一辺20、30cmほどの四角い石材を組んで造られており、出入り口の前には細い椰子のような観賞植物の森があり、屋台でコーヒーやパンが出されていた。



内部にはアヴシャロム・オカシAvshalom Okashiと言う20世紀に活躍したイスラエル人画家が描いた抽象画が展示されていたが、ピカソの暗い絵の下位互換のようなもので、私は全く好きになれなかった。他には土器、土台、アラビア語の書かれたオトマン時代の石板が展示されていたが、明らかに屋内のスペースに対して展示物は少なかった。


シナゴーグは18世紀のラビ、モーゼス・ハイム・ルッツァットMoshe Chaim Luzzattoによって建てられたもので、外観は白壁の民家、内部も鈴形の穴が空いた小さいホールで、言われなければシナゴーグには見えなかった。そこではテクノロジーに疎そうな老女が、スクリーンで彼に関するビデオ資料を見せていた。曰く、彼は出身地であるイタリアのパドヴァからイスラエルに船で向かう際、神に話し掛けられて当地に住むことにしたと言う。また、彼の著作物は裁判で異端とされ、破棄された。パドヴァは多く訪れたイタリアの町の中でも、特に私の心に残っていた町のひとつだったので、ここで今一度思い起こさせられたことには、シンクロニシティを感じた。

シナゴーグを見た後、私はアーケードの掛かった細く人気のない商店街を通り、砦と同様の造りで数十mの長さがある地下トンネルを、腰を屈めながら抜け、公衆浴場に来た。
公衆浴場はもう浴場としては利用されておらず、見学のみが許されていた。そこは白い内壁を持っており、所々に植物モチーフの柄が描かれた青いタイルがはめ込まれていて、完全なトルコ様式だった。また、天井は高いが、そこは決して浴場としては広くはない空間で、浴場と言うよりもサウナだった。ここでも浴場の歴史を物語る短い映像資料が流れていたが、全く外国人に配慮のない無茶苦茶に訛った英語で話されていて、よく分からなかった。


ジャッザール・モスクは立方体に近い白い本体部分に、大きな緑色のドームを被せたものだった。出入り口の上、立方体の半分ほどの高さの部分には、横並びになった緑色の半円5個があり、小豆色の円柱6本が庇を作るようにそれらを支えていた。緑で円錐形の屋根を持った小豆色のミナレット1本と、白い水場も付いていた。

最後に訪れた民俗学博物館は城壁の上に位置していた。気温はまだ暑かったので、私はここでコーラを買って飲んだ。この城壁はナポレオンの退却後、18世紀にパシャ・エル・ジャザールPasha El Jazarとスレイマン・ペチャSuleiman Pechaによって建設されており、現在はガリラヤ湖Galileeの周辺に興ったガリヤラ文化に纏わる品々が展示されていた。それらとは、丸い敷物や容器と言った籤細工、鞍や靴などの革製品及びそれらを作る工具、弥生人のもののような丈の長いゆったりとした衣装、花モチーフの幾何学模様が描かれた箱根細工のような棚だった。私はガリレア文化に対する知識が皆無だったので、これらの品々から何か独創的なものを感じることは出来なかったが、なんとなくトルコ文化圏の品々をより緻密にしたものである印象を受けた。他にも産業革命時のものと思われる医療器具や玩具も展示されていた。



帰りは行き同様電車でハイファの宿に戻ったのだが、電車内では幼いユダヤ人少年が、走りながら私に笑みで親指を立てて来たのが微笑ましかった。
それからスーパーでマンゴー・フロートを飲み、マクドナルドでフィレオフィッシュを夕食としてテイク・アウトした。
※ “アッコ旧市街”の歴史に関しては、ユネスコの世界遺産リスト参考
