一重の私が、子どもに救われた話
私は昔から一重がコンプレックスでした。
学生の頃は特にそうで、雑誌やテレビを見ては「可愛いのは二重」と思っていました。
今でも、二重に憧れる気持ちがゼロになったわけではありません。
もし生まれ変わったら二重がいいな、と思う日もあります。
それでも、子どもが生まれてから少しずつ変わった感覚があります。
子どもは一重寄りの目をしています。
出産してしばらくは、その顔を見るたびに胸が少し痛みました。
この子も将来、同じように悩むのかな、と。
でも実際は、そんな心配より先に出てくるものがありました。
ただ、可愛い。
笑った顔も、眠っている顔も、一生懸命な表情も。
そこに一重か二重かなんて、入る隙がありませんでした。
それなのに、周りからはよく言われます。
「ママにそっくりだね」と。
その言葉を聞くたび、昔の私は少し苦しくなっていました。
私に似てしまったんだ、と思ってしまっていたからです。
でもある時、ふと思いました。
この子はこんなに可愛い。
みんなもそう言ってくれる。
そして、この子は私に似ていると言われる。
それなら、私の一重も、もしかしてそんなに悪いものじゃないのかもしれない。
そう思った瞬間、ずっと固まっていたものが少しほどけました。
一重を好きになったわけではありません。
でも、「一重だからダメ」という感覚は、少しずつ薄れていきました。
もし将来、この子が自分の目を気にする日が来たら、こう伝えたいです。
あなたの価値は、目の形で決まらない。
だって私は、その目がちゃんと可愛いと思っているから。
子育ては大変なこともあるけれど、子どもを通して自分の中の「当たり前」が少しずつほどけていく感覚があります。
それはしんどさもあるけど、同時に救いでもあるなと思います。
