芥川賞作品「ゲーテはすべてを言った」を読んで。
「いい文章に触れたい。」
こう思ったものの、自分には「いい文章」なんてものはわからなかったので、本屋に陳列されていた第172回芥川賞作品「ゲーテはすべてを言った」という文庫本を手に取ってみました。
この作品は作家の鈴木結生さんが書かれた本です。
正直わたしはこれを書いた人物がだれかということも「ゲーテ」と呼ばれる文豪がどんな人物なのかも何も知りません。
なぜこの本を選んだのかと言いますと、「芥川賞をとった本ならいい文章だろう」とうい安易な思い付きです。
直木賞やら江戸川乱歩賞など様々な受賞作品がありましたが、わたしでもよく聞いたことのある芥川賞受賞作品を選びました。
読んでみた感想としましては、「とにかく話がむずかしい」です。
タイトルの通り、物語には「ゲーテ」や「聖書」などの内容が絡んでくるので、前提知識が無いと何を言っているのかさっぱりわからない部分が多いです。
物語はドイツ人のジョークである「ゲーテ曰く、、」からはじまります。
ドイツには「ゲーテはすべてを言った」という言葉があるそうです。文字通り「ゲーテはすべてを言った」と言われており、ドイツ人は会話の中で何かを引用するにあたり、引用元が不確かなものや、自分が思いついたことなどを「ゲーテ曰く、、」と前置きしてから話すそうです。
「ゲーテ曰く、、、ベンツよりホンダだ。」と言った感じです。ちょっと面白そうですね。
しかしこの「ゲーテはすべてを言った」という言葉のハッキリとした引用元はわかりませんでした。
そこで主人公でありゲーテ学者の博把統一(ひろばとういち)が、この「ゲーテはすべてを言った」という言葉の引用元を探していくというお話です。
わたしはそんなものネットで調べればすぐにわかるだろうと思いました。
しかしゲーテ曰く、ネットに書いてあるものは誰かが何かを見聞きして書いただけというもの。
その引用元が正しいものであるという証拠はないというのです。
わたしは「なるほどたしかに」と思いました。
安っぽい感想でスミマセン、、、。
「ゲーテはすべてを言った」、この引用元を探す博把統一の旅路はそれは果てしないものでした。
わたしならそこまで深く考えず、適当にネットの見出しを見たものを真実として認識していると思います。
しかし、「その情報元は正しいのか?」という問いを自分の中に持つと、それでは間違った情報を自分の中に蓄えていってしまう可能性もあるなと思いました。
最近の出来事でいうと、自分の中でも印象に残っているのはコロナウィルスによるパンデミックです。
コロナで世間が大パニックになっている中、SNS上では嘘か本当かもわからないデマがたくさん流れていました。
お湯が予防になる、アオサやニンニクが効く、中国の生物兵器による陰謀論など。わたしも当時はこれらの情報にまんまと踊らされていました。
挙句の果てにはトイレットペーパーがなくなるという話も出回り、これを真に受けた市民たちがこぞってトイレットペーパーを買いあさり、店頭からトイレットペーパーがなくなるということも起こりました。
わたしの実家にも大量のトイレットペーパーが並んでいましたよ(笑)
現代は恐ろしいスピードで情報が出回っています。
便利な反面、自分たちでその情報を咀嚼する力がないと、このように情報に振り回されてしまいますね。
ちょっと話がそれてしまいました。
この文庫本を読んで、自分の中で「この情報は信用できるものか?」「この引用元は信用できるものなのか?」という考え方は文章を書いたり読んだりするうえで非常に大切なものであるという認識を持つことができました。
優れた純文学に贈られる芥川賞作品「ゲーテはすべてを言った」。
綺麗だけど難しい表現、「ファウスト」や「ジャム的、サラダ的」な話など、正直わけが分からない話が大部分でしたが、物語の真ん中にある「引用元を探す」という物語は大変勉強になりました。
この「ゲーテはすべてを言った」という言葉がホントにあったのかどうかはネタバレになるので書くのは控えさせていただきます。
最期には驚きの展開も待っていますので気になる方は是非手に取ってみることをオススメします。
