暮らしは、自分で選んでいく|①
玄関の暖簾を潜った瞬間から、
どこかほっとする空気が流れていました。
彼女との出会いは、
第1号で取材した舞さんからつながったご縁。
連絡をくださったことがきっかけでした。
食卓に並ぶお料理、
手に馴染む器、
やわらかな笑顔。
一つひとつに人柄が表れていて、
穏やかな時間が流れていきます。
その優しさの奥には、
自分で考え、自分で選び、
人生を歩んできた強さがありました。
お話を伺うほどに、
佐賀という土地で紡がれてきた時間が、
今の彼女をつくっているのだと感じました。
今日からお届けするのは、
そんな彼女の人生のお話です。
幼い頃から
佐賀県小城市出身。
幼少期は、唐津市で祖父母・父・妹の
4人家族で過ごしました。
走ることが大好き。
身体を動かすことが大好き。
よく遊び、よく食べ、よく寝る———
そんな健やかな日々の中で、
のびのびと育ちました。
祖父母は学校の先生。祖父は体育の先生で、
元気いっぱいの彼女をよく河川敷に
連れて行ってくれたそうです。
今に繋がる料理
祖母は料理上手でした。
母と離れて暮らしていた彼女を、
和食中心の献立で育ててくれました。
小さい頃は、
「もっとお洒落なご飯が食べたい」
そう思う日もあったと言います。
けれど、丁寧に作られた食事は
いつも静かにやさしく、
彼女のお腹と心を満たしていました。
今でもふと、あの頃の優しい食事を
思い出すこともあるそうです。
その中には懐かしさと愛情がたくさん
溢れているような気がします。
大きな変化
小学4年生になり、母の実家へ移り住みます。
唐津から小城へ。
生活の拠点が変わり、
祖母・母・妹との4人暮らしが始まりました。
印象に残っているのは魚の違い。
唐津では、すぐ近くに海があり、
新鮮な魚がいつも食卓の近くにありました。
海が日常の一部だったのです。
新しい生活に不安はなかったのか尋ねると、
「唐津は好きで離れたくなかった」
と微笑みながらも、
それ以上に母と住める喜びのほうが
大きかったことを話してくれました。
小城の小学校は、唐津の頃より小さく、少人数。
近所には神社や川があり山もすぐそばに。
海のある自然の中で過ごした唐津。
山や川が身近にある自然に包まれた小城。
形はそれぞれ違えど、
自然を肌で感じながら育ちました。
心を育てる母の言葉
引っ越したばかりの頃、
お母様が彼女にかけた言葉があります。
「何か好きなこと、していいよ。」
という一言。
その言葉を聞いて選んだものは、
バスケットボール。
走ることも球技も好きで、
身体を動かす喜びを知っていた彼女にとって、
とても自然な選択でした。
小学4年生から始めたバスケットボールは、
やがて日常の中心となりました。
仲間と声を掛け合い、
悔しさも達成感も、
何度も味わいながら。
思春期という時期に打ち込めることがあったこと、スポーツを通して鍛えられた心は、
今でも彼女に強く息づいています。
「自分で選ぶ」という感覚は、
この頃から少しずつ育まれていたように
感じます。
次回は、
迷いながらも自分らしい道を選び続けた、
その先のお話です。
