助けてもらったのに、申し訳ないと思う理由
帰り道を自転車で進んでいたときのことです。
おそらく買い物帰りだったのでしょう。
年配の女性が、自転車の前後のかごいっぱいに荷物を積み、前方をゆっくりとおぼつかない様子で走っていました。
ちょっと不安を感じていたんですけど、その瞬間ふらりとバランスを崩し、そのまま道路へ倒れ込んでしまいました。
考える暇もなく駆け寄り、自転車を起こします。
幸い裏道でしたので、車やバイクが通ってくることはありませんでした。
散らばりかけた荷物を拾って、ケガがないか確認しました。
大きなケガはなさそうで、胸をなで下ろしました。
すると女性は、何度も頭を下げながら、「ありがとうございます。本当にすみません」と繰り返しました。
感謝の言葉は十分すぎるほど伝わってきました。
それでもこころに残ったのは、「ありがとう」よりも「すみません」のほうだったんです。
助けてもらったことへの感謝よりも、迷惑をかけてしまった気持ちのほうが強かったのかもしれません。
転んだことへの恥じらいもあったかもしれません。
一方で、なんだか助けられたことに、どこか申し訳なさを抱えているようにも見えました。
見返りを求めたわけでも、特別なことをした感覚でもありません。
ただ目の前に起きたことに、考えるよりも先に体の方が動いていました。
(それでも、結構勇気のいることではありましたけれど)
それでも助けてもらう側からすれば、負担をかけたように感じたのでしょうか。
遠慮ばかりが残ってしまうと、差し出した手まで申し訳ないものになってしまいそうです。
もちろん、知らない人に助けられて恐縮する気持ちは、すんごくよく分かります。
私もきっと同じ立場なら、何度も頭を下げて、申し訳ない気持ちになってしまうでしょう。
それでも差し出された親切には、「ありがとう」をそのまま受け取ってもらえればいい。
今回の出来事も、助けて感謝されたことよりも、そんなに申し訳なさそうにしなくてよかったのになあ、という想いの方がよく残っています。
お互いさまなんだから、そんなにかしこまる必要なんてない。
もしそう思うのだったら、同じような場面に会ったときに、その親切さをそっと他の誰かにも差し出してあげてほしい。
ちょっとした親切が、人から人へと繋がっていく。
そんな優しい循環があってもいいな。
家までの道を走りながら、そんなことを考えていた今日の「ひとこま」です。

今日は、どんな一日でしたでしょうか?
酷暑と思えば、一方でゲリラ豪雨が起きたりと、なんだか安定しない気候が続いています。
この後も、心身共に落ち着いて過ごせる時間となりますように。
とわさん 私の画像を使ってくださり、ありがとうございます!
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最後までお読みいただき、ありがとうございます! ほんの少しでも、心に残るものがあれば幸いです!