お金のいらない世界〜1
日土水むらはケーロというコミュニティ通貨をつくっています。このコミュニティ通貨をつかった独自の経済圏をつくっていこうと考えています。
いまの社会へささやかな抵抗をしたい、そんなオーガニック広場ひふみの店主 久保の思いがカタチになったものがケーロです。
お金のない世界に興味があって、この記事にたどりついたかもです。そんなアナタに聞きたいのです。
お金にしばられるって、きつくないですか?
「お金がなきゃ生活できない」
「もっとお金があれば」
「でも自分にはなにもできない。だから働くしかない」
そんなことを言っていませんか、そんなことがまわりの人との話題になっていませんか。
でも、それってしょうがないのです。そう言って生活することがフツーで当たり前だからです。そうやって生きることで最低限の生活が保証されるからです。
この日本では”働いて、お金をかせげば”好きなことができます。そして、それで最低限の生活をすごせます。上を向けばキリはないですが、決してまずしくはないのです。
でも、うっすらと気づいていませんか。この先、おなじようにすごしたところで、自分の人生は豊かにもしあわせにもならないことに。
いまよりも自由で精神的にも豊かさを感じられる、そんな生きかたは、いまの生活のさきにはないことに。
まだ気づいている人はすくないですが、無意識で多くの人が感じているかもです。物質的な豊かさをもとめても、これ以上はしあわせにならないことに。
ここから十年くらいかけて、お金のない世界になっていくと僕は感じています。
そんなお金のない世界について僕のかんがえをシェアさせてください。
物質主義社会での生きづらさ
僕たちにモノはいらない。
このセリフをWebで目にし、そこからダウンシフターズという言葉を知り、そんなダウンシフターズになろうと思ったのが、いまの活動をはじめたきっかけです。
ダウンシフターズは、アメリカ、イギリス、オーストラリアから広がっていき、日本では高坂勝さんというかたがきっかけで知られてきました。
ダウンシフターズってなにか、カンタンにいうと「ワーク・ライフ・バランス」を自分軸にすることです。
本当に8時間働くべきなのか、本当にいまの給料はいるのか、そもそも”自分らしい”生活のためにどれだけお金が必要なのか。
自分の部屋にあるものは、本当にいるのだろうか。そのために自分のかぎりある時間を消費して、お金をかせぐ。それはホントの本当にのぞんでいることなのか。
といったことを考えて、車のギアを一段さげるようにマイペースで生きることです。
物質的な豊かさからはなれて、精神的な豊かさをえることが、生きづらさをぬけるカギになるんじゃないでしょうか。
そのために、頭からケムリがでるまで考えてみることです。自分が本当はなにをのぞんでいるかを。そして、このままおなじことを繰り返して生きるのがしあわせなのかということを。
僕は、その答えが「いいえ」でした
社会をドロップアウトしたとき僕はずっと考えました。
そもそも、自分はなにをしたいのだろう。
っていうか、そのまえになにをしたくないのか。
頭のなかから出てきたのは。
満員電車にのりたくない
時間におわれたくない
モノを求める生きかたをしたくない
つかれはてたサラリーマンになりたくない
死ぬときに後悔したくない
でした。それを一つずつやらないようにしていこう。そう決めて、やれそうなことからやりました。
そうすると、とくに努力をしたつもりはないのに、自分がやりたいと思っていたことがカタチになっていました。
必要なモノが向こうからやってくるように、必要なモノがベストなタイミングでそろい、僕はいま理想の生活ができています。
点数にすると85点。そして、これは永遠につづく85点だと、いまは考えています。
そして、その15点をみたすのはモノじゃなく精神的な豊かさ。そして、この15点がみたされるのは、この地球を旅立つときだと思っています。
理想論を現実にかえていく
いまの時点では理想論です。お金がない世界を実現したい。お金なんていらないでしょ。
そんなことを言おうものなら、それは社会不適合者であるアンタのザレゴトでしかないのだよ。われわれにはお金が必要なんだ。お金こそがすべて。お金こそが正義なのだと全否定される可能性のほうが高いです。
そして、なんかの新興宗教に洗脳されたのかい?
なんて、言われて「洗脳されているのはオマエらのほうだ」なんて言いかえすと目もあてられません。
「ば〜か」
「へへ〜ん、バカっていうおまえのほうがバカ」
と小学生のような低レベルな言いあいになり、あらそいが起こることも考えられます。僕はそんなことをのぞんではいません。
ということで、そんな今の状態から、どう変化していくのか、どう成長していくのか、明確なビジョンは見えませんが、お金のない世界というより、お
金からストレスを受けない生活を、まずはつくりたいのです。
そして、そんな人たちがあつまったコミュニティをつくっていく、そのコミュニティが広がるんじゃなく、そんなコミュニティが分裂しながらふえていくことを願っています。
