74日目【小説】死の運命を三回回避したら女神が泣いてきたので、仕方なく異世界行ったらチートなかった
あらすじ
これは夢だ。だって、目の前で金髪巨乳の女神が「チートスキルは何がいい?」とか聞いてくるんだから。
……どうやら俺、高倉 亮は、明日トラックに轢かれて異世界転生する予定らしい。しかも原因は「スマホ見ながら横断歩道」。マジか。
事故を回避し続ける俺に、女神は泣いてすがり、最終的に“食中毒”で昏睡→強制召喚!
だが――ごねたからチートはナシ!? え、そんな理不尽ある!?
こうして始まったチート無しの異世界生活。
皿洗いから始めた俺が、知恵と地道さで街を救うまでのリアルファンタジー、ここに開幕!
第1章 これは夢だ。はっきりわかる
これは夢だ。はっきりわかる。
だって目の前で、現実じゃありえないサイズの胸が揺れているからだ。
まるでアニメか何かの悪い冗談みたいに、縦に、横に、時折、重力を無視して浮かび上がったりまでしている。
バネでも仕込んでるのか?ってぐらいに規則的かつダイナミックな揺れだ。
「ねえ? チートスキルはなにがいい?」
問題の“胸の持ち主”が、無邪気な声で聞いてくる。
金髪の巻き髪に、やたらと透け感のある白いドレス。背中に羽が生えてて、頭には輪っか。
これが噂の……異世界の女神様、というやつだろうか。
「いや、だから……夢だよな、これ」
「夢だよ〜♡」
彼女は笑顔であっさり肯定した。
「……夢ならなんでオレ、こんな“強制参加型転生ガチャ”みたいなもんに付き合わされてるわけ?」
「うーん、それはねー、えっと……あれ? なんでだっけ?」
考え込む女神。そしてその胸が、なぜかオレの顔面に向かって傾いてくる。
距離感ってものを知らないのかこの人(?)は。
「……って、近い近い近い! ちょ、当たってるって!」
「えへへ、やっぱり柔らかいでしょ〜? これ、平均の2.8倍なんだよ?」
「統計とるな。あと当てながら喋るな」
「でもその方がお願い聞いてくれそうかなって♡」
どんな理屈だよ。
ていうか、これって夢じゃなかったら即アウトな状況じゃないか?
女神(仮)はしれっと微笑んで、再び聞いてきた。
「で、チートスキルは? 戦闘系? 魔法? それとも、超回復とか?」
「……いや、行くとは言ってないだろ」
「えっ?」
女神の笑顔がピキリと凍る。
「行かないの? え、でももう準備しちゃったし……魔法の設定とか、スキル表のデザインとか……」
「知らんわ。そもそもオレ、事故に遭う予定すらないんだけど?」
「あ、それはもう大丈夫♡」
「なにが“もう”大丈夫なんだよ……」
女神は、なぜか得意げに指を立てると、こう言った。
「明日の午後、横断歩道でスマホ見てたら、トラックがボフンって♡」
「“ボフン”ってなんだ、“ボフン”って……」
ヤバい。こいつ、笑いながらとんでもないこと言ったぞ。
ていうか、“予定”って何? もう決まってんの? オレの死、確定事項なの?
「ちょっと待て! おい、勝手に予定入れるな! 死にたくないし、行きたくもない!」
「えぇぇ〜……なんで〜……」
ぶーっと唇を尖らせて、女神が拗ねる。
そして案の定、顔面に胸が押し当てられる。
ああもう、なんなんだこの夢は――。
第1章 後半 これは夢だ。はっきりわかる
目が覚めたのは、午前六時。
夏休み中とはいえ、いつもより妙にスッキリした目覚めだった。
昨日の夢のせいだ。いや、悪夢と言ったほうが正しい。
女神(?)とのわけのわからん会話。胸のインパクト。
そして何より、「明日トラックに轢かれる予定だよ♡」とかいう恐ろしいセリフ。
思い出しただけで背筋が寒くなる。
……でも、所詮は夢だ。
俺が異世界転生? チート? そんなアニメみたいなこと、あるわけ――
「……って、どこで轢かれるって言ってたっけ?」
横断歩道、スマホ、ボフン。
そのキーワードだけは妙に脳裏に残っている。
俺はその日、スマホをズボンのポケットにしまったまま家を出た。
正直、何やってんだろうと思った。
自分でもバカバカしいとは思ってる。でも、なんとなく、今日に限っては念のため……って気持ちが拭えなかった。
「……昼飯どきが危ない、みたいなこと言ってた気がするんだよな」
大学の近くにあるファストフード店。
そこの交差点は、トラックの通りも多い。
普段ならスマホで動画でも流しながら適当に歩くのが日課だけど、今日は違う。
両手はポケットの外。
信号待ちのときも足をきっちり止めて、目は前方の道路へ集中。
赤信号。
俺の隣で、OLっぽい女性がスマホを操作している。
少し離れた学生っぽい連中がじゃれあってる。
トラックが一台、こちらに向かってくる。
信号が――青に変わる。
その瞬間、俺の隣にいた女性が一歩踏み出す。
……が、俺はその場から動かなかった。
その一秒後。
視界の端を、爆音と共にトラックが猛スピードで通り抜けていった。
ブレーキ音はない。
無理に車線変更した様子もない。
ただ一直線に、突っ込んでいっただけ。
「あぶな……」
たった一歩、前に出ていたら、俺は確実に“ボフン”されていた。
冷や汗が背中を伝う。
夢で言ってたことが、そのまま現実になった。
……いや、偶然か? 本当に? 本当に偶然か?
そう自問しながら、その日はスマホに一切触れずに過ごした。
夜。
風呂に入って、ベッドに潜り込む。
スマホは枕元に置いたまま、電源を切っている。
「……今日は出ないでくれよ。マジで」
そうつぶやいて目を閉じた。
……のに。
「出た〜〜〜♡ また会えたねっ!」
目を開けると、視界いっぱいの黄金の弾力が迫っていた。
「ちょ、近い! だから当てに来んなっての!」
「だってぇ〜、今日来てくれると思ってたのに〜……」
女神・セレスティナはしょんぼりした顔で胸を押しつけてくる。
「ふつう、トラックに轢かれれば来てくれるって思うじゃん? ね?」
「思わねぇよ!!」
俺のツッコミが夢の中をこだました。
第2章 電車ホームとおばあちゃん
翌日。
俺は朝から少しだけ気を張っていた。
昨日――いや、正確には夢の中の女神が言っていた“トラックに轢かれる予告”が的中して以来、
もう笑えない。あの女神、冗談抜きで本気で殺しに来てる。
そして……あの夢の中で、セレスティナはついうっかり、**次の“死の予定”**を口走った。
「えっとねー、次は……電車のホームで、おばあちゃんにドーンされて、ふらふら〜って」
なんでそんな予定まで立ててんだよ。
俺の人生、女神のパワポで進行管理されてんのか。
とにかく、その情報を信じて、今日は電車のホームでの待機位置に注意する。
いつもの駅。
通学ラッシュで人が多い。
俺はホームの前方、黄色い線から一歩下がって壁際に寄った。
その少し前。
リュックを背負ったおばあちゃんが、俺のすぐ近くに立った。
来た……!
こいつがセレスティナの言ってた“荷物ぶつけてくるおばあちゃん”に違いない!
と思った瞬間、
「よっと……うわっ!」
キャリーケースがホームの小さな段差に引っかかって、バランスを崩すおばあちゃん。
次の瞬間、体がよろけて、前のめりに倒れそうになった――
俺はすかさず手を伸ばし、その体を支えた。
「だいじょうぶですか?」
「おお……ありがとう、若いの!」
無事。俺もおばあちゃんも無事。
事故は起こらなかった。
「助かったよ、最近は若い子でも優しいねえ〜」
おばあちゃんが笑う。俺も思わず微笑んで返した。
不思議なもんだ。
ほんの数秒、未来を“知っていた”だけで、助けられた命と笑顔がある。
一瞬だけ、あの夢の中の女神に感謝しそうになった。
……一瞬だけ、な。
夜。
布団に入ると、案の定。
黄金の胸が視界にドンと現れた。
「こっらァァァァーーーーー!!!!」
夢の中で、女神が叫んだ。
いつものにこにこスマイルはどこにもない。
頭の輪がギラギラと危険な光を放っている。
「ねえ!! なに勝手に未来変えてるの!? なにおばあちゃん助けて喜ばれてるの!? 予定が!! 崩れたんですけど!!」
「知るかよ。命助けて感謝されて、何が悪いんだ」
「悪くはないけど!! でもそれじゃ転移できないじゃん!? 召喚システムがずっと“未遂”で止まってるの!!」
セレスティナはプンプン顔で空を飛び回り、胸がぶるんぶるん揺れている。
完全に怒っている。しかも本気のやつだ。
「ちょっと! 事故らなかったら転移できないって、そういう契約だから! 魂、転送できないの!!」
「えっ……じゃあやっぱ死ななきゃいけないんじゃん。聞いてねぇぞそんな条件」
「え? ……あ、言ってなかったっけ?」
「今、さらっとやべぇこと言ったな?」
「いやでも、ちゃーんと助けてもらって、感謝もされて……それってちょっとズルくない!?」
「どの辺がズルいんだよ!!」
セレスティナは空中で泣きそうな顔になり、
そしてまた、胸を押しつけてきた。
「お願い……ちゃんと来てくれないと、私の評価、また下がっちゃう……」
「召喚成功率、ここ5人連続で失敗なの……私、左遷されちゃう……うぅ……」
「知らねぇよそんなの……!」
それでも心のどこかで罪悪感がわいてくるのが悔しい。
今度の“死の予定”は……また夢の中でぽろっと出るんだろう。
その前に、対策しないと。
第3章 フェンスの陰謀
「なあ亮、昼、屋上行かね?」
昼休み、クラスメイトの佐伯が軽く声をかけてきた。
「今日はやめとく」
「え? いつも来てんじゃん。風もいいし、行こうぜ」
「いや、今日はちょっと……下で食うわ」
俺は弁当を片手に断り、そのまま階段を降りた。
理由はただ一つ。
今日、屋上に行ったら死ぬ可能性があるから。
いや、正確には“行ってフェンスにもたれかかったら、落ちて死ぬかもしれない”。
夢の中でセレスティナが口走った、次の“予定”。
「えっと〜、三回目はねぇ……屋上のフェンスがガコッていって、そのまま落ちちゃうの〜」
まるで他人事みたいに軽く言いやがった。
しかも、**「ガコッ」**って何だよ「ガコッ」って。
冗談でも笑えない。
前回、ホームの件がまるっと的中したんだ。今回も油断できるわけがない。
俺は学食の片隅でひとり飯を済ませ、その日は極力、高いところに近づかないようにした。
午後、廊下から上の階に向かう何人かの声が聞こえた。
「うわ、フェンスめっちゃ壊れてるぞ!」
「マジ!? 誰か怪我とかしてない?」
「管理人呼ばなきゃやばいってこれ!」
心の中で冷や汗が噴き出す。
マジだったのかよ……。
もたれたら死んでた。ガチで。
俺はその場で膝に手をついて、静かに呼吸を整えた。
こんな現実味のない死の運命、普通だったら信じられるわけがない。
でも、二度あることは三度あった。
これでもまだ偶然と言い張れるなら、相当な現実逃避だ。
夜。
「……おい、さすがにおかしいだろ」
夢の中で、やっぱり俺はセレスティナに会っていた。
光に満ちた神殿のような空間。
その中央に、変わらず圧の強い黄金のバルーンがゆさゆさと主張している。
「も〜〜〜!! また回避した〜〜〜!!」
出た。怒りの泣き女神モード。
「ちょっと! 今度は屋上まで避けるとか、本気で転移する気ないでしょ!?」
「あるわけねぇだろ! 事故る=転生ってどういうロジックだよ!」
「え、普通じゃない?」
「普通じゃねぇわ!!」
俺が怒鳴ると、セレスティナはまたプルプルと涙目になって言い訳を始めた。
「だって、私の担当する世界、死なないと魂転送できないんだもん……。それ以外、申請できない仕様なんだよぉ〜……」
「仕様ってなんだよ、神がそれ言うか普通」
「システムのせいで……開発部が悪いの……私じゃないもん……うぅ……」
泣きながらまた胸を押しつけてくる。
もう慣れたとはいえ、反射でちょっとドキッとする自分が悔しい。
「じゃあ次の“死ぬ予定”もあるんだろ? どうせまた口滑らせるんだろ?」
「え? うん……次は……」
「言いそうになったな!? 今! ほら今ちょっと言いそうになったな!?」
「えへへ……」
セレスティナは口元を指で隠して笑った。
この女、絶対わざとやってる――!
第4章泣き虫女神とカレーの覚悟
「お願い……お願いだから、来て……!」
夢の中で、セレスティナが泣いていた。
いつもの軽い拗ね顔や涙目とは違う。今回はガチだ。完全に号泣モード。
「本当にお願い……! 私、今期召喚成績ゼロで、部署の会議で吊るされて……うぅ、来てくれないと、左遷されるのぉ……!」
「知らねぇよそんなの! お前の人事の都合で、俺の命を使うな!」
「でも、亮くんなら大丈夫って思ってたの……本当に……」
そう言って、彼女は俺に向かって身を乗り出してくる。
いつも通りのバルーンアタック。視界の大部分を黄金色の質量が覆った。
「ちょ、やめろ近い!」
「うぇぇぇぇん……!」
ああもう、泣くな。
泣かれると、罪悪感がこっちにくる。ズルいな、こいつ。
数日間、事故を回避して、死を避けてきた俺。
だが、ここに来てとうとう限界かもしれない。
この女神、涙と巨乳で無理やり突破してくるタイプだ。
「……いい加減にしろよ」
俺はため息をついて、告げた。
「条件付きだ。**絶対に元の世界に戻れること。**それが保証されるなら――行ってやる」
ピタッと、セレスティナの涙が止まった。
「ほんと!? 本当に!? やったぁあああ! これで私の評価も……えへへ……」
「まだ信用してねぇからな。戻れるって、ちゃんと確約しろ」
「うん! もちろんだよ! だって、魔王を倒して、世界が平和になれば――」
「ん?」
「……え、なに?」
「今、“魔王”って言ったよな?」
「……あっ」
「おい待て。おい。おい」
「ち、ちが……あ〜! 夢終わりそう! じゃあまたねぇ〜!」
「おいぃぃぃぃぃ!!!」
視界が白く弾け、意識が戻る。
夢からの強制終了だ。
昼。
大学の講義が終わり、キャンパスのベンチでぼんやりしていた俺に、声がかかった。
「あの、よかったら……」
ふいに差し出されたタッパー。
目の前に立っていたのは、同じゼミの女の子。よく話すようになってきた、気になる存在だ。
「これ、昨日の残りなんだけど……カレー、作りすぎちゃって」
「え、マジで? ありがと……でも、これけっこう日が経ってない?」
「ふふ、大丈夫だよ。ちゃんと冷蔵庫入れてたし、……五日目だけど、匂いは平気だから!」
「五日目!?」
「ちょっと辛めに作ってあるから、たぶん平気! たぶんね?」
“たぶん”って言ったな今!?
でも、断る理由が見つからなかった。
それに、蓋の隙間から漏れてきた香りが、意外にも――いい。
スパイスの効いた、食欲をくすぐる香り。
一口分のカレーから漂ってくるのは、手作りならではの温かさ。
「……」
ふと、彼女の笑った顔が脳裏に浮かぶ。
あの目。あの声。
ほんのちょっとの距離が、すごく心地よかった日々。
……迷うな。
でも、もしこれが“きっかけ”なんだとしたら――
(これで異世界に行くって、どんなフラグだよ……)
俺は、意を決して蓋を開け、スプーンを取った。
香りをもう一度確かめて、ゆっくり、慎重に――口に運ぶ。
──うまい。
予想以上に、しっかりスパイスが効いてて、深みもある。
思わず、もう一口。
そのあと、もう一口。
「……あいつ、料理上手いな……」
そう思った瞬間だった。
──ぐぅっ……
腹の奥で、何かが動いた。
そのまま、猛烈な痛みが押し寄せてくる。
「っ……か、かはっ……」
視界がぐにゃりと歪んだ。
汗が噴き出す。呼吸が乱れる。全身が震える。
(ああ……来たか……)
最後に頭に浮かんだのは――彼女の笑顔でもなく、女神の顔でもなく。
「……これ、絶対セレスティナの仕込みだろ……」
そう、心の底から恨みながら――
俺の意識は、真っ白に途切れた。
第5章 チート? ごねたから無しです
まぶしい。
まぶしすぎる。
目を開けた瞬間、俺はその光量の暴力に本気で目を焼かれた。
「ぐっ……ここ、どこだ……?」
寝起きの頭で周囲を見回すと、そこはどう見ても現代日本ではなかった。
石畳の広場。レンガ造りの建物。見知らぬ空と、遠くの鐘の音。
「あ……起きた!」
その声とともに、まるで定位置のように――視界いっぱいの黄金の胸が現れた。
「おはよう、亮くん♡」
「……またかよ。っていうかここ、マジで異世界か……」
「うん! 本格的に召喚、完了しましたっ!」
「……ってことは、死んだのか。俺」
「うん! 食中毒で48時間昏睡してたけど、魂だけピューンって!」
「おい、意外と生々しいなその説明」
「でもね、すごいよ亮くん。転送成功率5%以下の食中毒型召喚、奇跡的に通っちゃった♡」
「そもそもその方式やめろよ」
俺は深くため息をついた。
こうして、異世界転移は本当に起こってしまった。
そして――
「じゃあ、せめてチートスキルを……」
「……え?」
セレスティナの顔が曇った。
「…………え?」
「その話なんだけど……」
彼女は視線を泳がせ、少し沈黙してから、静かに言った。
「……チートスキル、無しになりました。」
「…………は?」
「その、ちょっと……ゴネたでしょ? 何度も断ったり、条件つけたり、召喚拒否っぽい発言とか……」
「いやいやいや。そんな理由で? そんな理由で人生の再スタートがノースキルモードになるの!?」
「私、何回も上司に申請したんだけど……『拒否意思が確認されたため、スキルコードは無効』って却下されて……」
「なにその自動キャンセル機能!? クーリングオフかよ!」
「もう一回お願いしに行ったんだけど、『この前泣き落とし使ったの、規定違反だからペナルティです』って怒られて……」
「怒られて、じゃねぇよ!! こっちは人生賭けてんだぞ!!」
「……ゴメン。でも、私も、結構がんばったんだよ……?」
セレスティナは小さく唇を尖らせながら、
またしても胸を寄せてきた。
「えい♡」
「いや、それで許されると思うなよ!!」
「えへへ……でも、亮くんならきっと大丈夫だよ。根性あるし、頭も悪くないし」
「フォローになってねぇよ!!」
俺は膝から崩れ落ち、異世界の石畳に手をついた。
スキルなし、武器なし、知識も言葉もあやしい。
これが、俺の異世界生活のスタート地点――
しかも、ノー装備、ノーチート、ノー希望。
「くそっ……セレスティナ……絶対後悔させてやるからな……」
「えっ、なに? いまちょっとかっこよかった!」
「褒めるな! ムカつく!!」
第6章 皿洗いと騒動処理とときどきスリ犯
「ほいっ、これが今回の旅立ちボーナス!」
セレスティナが笑顔で差し出してきたのは、やたら軽い袋だった。
「……え、これだけ?」
「うんっ。だってチートないから、規定の装備パックも付けられなくて。せめて気持ちだけでもって思って!」
「うん、軽いってことはな、つまり金属の重みがねぇんだよ……」
袋の中には、銀貨が2枚と銅貨が5枚。
異世界貨幣の価値がまだわからないが、どう考えてもリッチな感じはしない。
「宿代とごはん、2日はなんとかなるかなって! がんばって!」
「せめて1週間持つくらいの愛情はねぇのかよ……」
「え〜、でも、亮くんなら絶対どうにかできるって信じてるから♡」
信じてるって言ったな、こいつ、完全に丸投げの顔だ。
それでも、選択肢はない。
俺はその袋を握りしめて、石畳の道を歩き出す。
初めて見る異世界の街。
レンガ造りの家屋が並び、商人や冒険者らしき人々が行き交う市場。
どこからか、パンを焼く匂いが流れてきた。
街の名前はレナータ。
セレスティナ曰く、初心者冒険者の登竜門的な街らしい。
「ふつうはここで装備整えて、ギルド登録して〜って始めるんだけど……」
「……“ふつうは”って言うな。俺のは“ふつう”じゃねぇんだよ」
もちろん、チートはない。
スキル欄もステータス欄も空白。
体力、知力、敏捷性、どれも“平均以下”。ただの人間以下。
とりあえず飯がなければ動けない。
宿がなければ眠れない。
だから俺は、宿屋に入ってこう言った。
「バイト、募集してませんか?」
第6章 後半 皿洗いと騒動処理とときどきスリ犯
「バイト、募集してませんか?」
俺の問いかけに、宿屋の店主は胡散臭そうな目をした。
「なんだお前、旅人か? ギルド登録もしてねえ新顔が、いきなり雇ってもらえると思ってんのか?」
「まぁ、そりゃそうですよね。でも、とりあえず一度だけでも働かせてみてもらえませんか?」
「……はあ?」
「もし役に立たなかったら、報酬もいりません。足引っ張らなかったら、その分だけください。割に合えば、ってことで」
言いながら自分でも思う。
どこのブラック企業だこれ。
でも、こっちはスキルもステータスもゼロなんだ。
頭を下げるしか生き残る道はない。
そんな俺の様子を、厨房の奥から出てきた女の子が見ていた。
年の頃はたぶん高校生くらい?
栗色の髪を三つ編みにして、エプロン姿がやけに様になってる。
「あの、父さん。掃除と皿洗い、人手足りてないんだし……午前だけでも試してみたら?」
その一言が、店主の眉を少しだけ動かした。
「……ミーナ、お前が面倒見るならな」
「うん、任せて」
彼女がにっこり笑った。
この世界で、俺が初めて“肯定された”瞬間だった。
午前の仕事は、皿洗いと床掃除、倉庫の整理だった。
雑用。だけど、やることは明確だし、黙々とこなすには向いてる。
水場は冷たい。汚れた食器は想像以上に油っこい。
でも俺は、“手際”と“衛生観念”だけは現代人クオリティで頑張った。
「……すごい。こんなに早く終わったの、初めてかも」
ミーナが感心したように言った。
「バイト歴だけは長いんで」
「バイト歴って何?」
「……こっちの言葉で、“仕事の下積み”って意味」
そう説明すると、ミーナはふふっと笑った。
笑い方に、少しだけ親しみが混じっていた。
午後、宿屋のカウンターで休憩していると、ちょっとした騒ぎが起きた。
「おい、お前! 財布がないぞ!!」
「何だと!?」
一人の男が、怒鳴りながらもう一人の旅人をつかんでいた。
明らかに揉めている。空気が険しい。
店主が止めに入ろうとしたその時――
俺はふと、視界の隅で“ある動き”を見た。
小さな影。
出入り口付近、そろりと動いた少年の後ろ手には――革袋が握られていた。
(……あれか)
俺はすぐさま動いた。
出入り口を回り込み、少し先で通りを曲がろうとしていた少年の腕をそっと、しかし逃げられない程度の強さで掴んだ。
「その袋、さっきの客のじゃないか?」
「な、なんのことだよ!」
「じゃあ、中見せてみ?」
「……っ!」
走り出そうとした少年の足を、俺はすかさず引っかけて転ばせた。
転んだ拍子に、袋が宙を舞い、ジャラジャラと銀貨がこぼれた。
「おい、そいつだ! あのガキが盗ったんだ!」
「誰か、兵を呼べ!」
騒ぎが広がる中、店主が驚いた顔で俺を見ていた。
「お前……」
「たまたま、気づいただけです」
「気づいただけで、そこまで動ける奴がどれだけいるか」
そう言って、店主は短く笑った。
その日の夜。
店の裏手で涼んでいると、ミーナが湯上がりの髪をタオルで拭きながら隣に来た。
「すごかったね、今日のあれ」
「まあ、ちょっとは役に立てたならいいけど」
「うん。ちゃんと、役に立ってた。……ありがと」
その言葉に、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。
俺はまだ、この世界じゃただの一般人以下だけど。
できることは、あるんだ。
第7章 レナータの朝は早い
異世界生活、三日目。
俺は今、皿洗いをしている。
しかも結構なスピードで、結構な量を、結構な精度でこなしている。
……なんだこれ。
高校の頃にやってたファミレスのバイトと、ほぼ同じ作業だ。
「あれ? 亮くん、またスポンジ持ち替えた? 油用と野菜用で分けてるんだ」
「うん。あんま意味ないかもだけど、クセでさ」
「意味あるよ! 食器、前よりピカピカになってるもん!」
ミーナがそう言って笑う。
宿屋の厨房にもすっかり馴染んできた気がする。
異世界だろうと、雑用の基本は共通らしい。
「よう、今日も真面目にやってんじゃねぇか」
厨房に顔を出したのは、バロックという男。
この宿屋の常連で、見た目はちょっとガチムチの兄貴系。
年はたぶん二十代後半くらい。
「バロックさん、またパン5個ですか?」
「おう。あとスープと肉。今日も魔獣の討伐依頼でな」
「……タフですね」
「んー? お前も冒険者になりゃ、そのうちわかるさ。ま、お前のヒョロ腕じゃまだ無理だろうがな」
笑ってはいたが、特に悪意はない。
むしろ、“期待してないけど見てはいる”という目だった。
「冒険者か……」
一度はギルドの前まで行った。
石造りの堂々とした建物、賑わう冒険者たち。
でも、どうしてもスキルも武器もない自分が浮いてしまう未来しか見えなくて、中には入れなかった。
宿屋の仕事は、昼は買い出し、夜は接客補助まで幅広い。
とにかく手と足を動かしているうちに、常連たちとも少しずつ話せるようになった。
「兄ちゃん、あの床の滑りやすさ直してくれて助かったよ」
「雑巾がけする角度変えただけっすよ」
「なんか前より飯うまく感じるのは、あんたの拭き掃除のせいか?」
「それはたぶん気のせいです」
そんなやりとりをしているうちに、街の空気が少しずつ、自分の皮膚に馴染んでいく気がした。
夜。
店の片付けを終えたあと、厨房の隅でミーナが言った。
「亮くんって、不思議な人だよね」
「どういう意味で?」
「強くもないし、目立たないし、でも……ちゃんと周り見てる。気づいたら、いろんな人が助かってる」
「……それは、ただの生存本能かもしれない」
「ふふ、それでもいいじゃん。見習いたいくらいだよ」
そう言って、彼女は湯気の立つスープを手渡してくれた。
中には、俺の好物になりかけている豆と干し肉がたっぷり入っている。
心の奥が少しだけ温まる。
こんな日常も、悪くない――そう思いかけた、その夜。
夢に、またアレが現れた。
「ねえ、亮くん! そろそろさ! 冒険者になろうよっ!」
お決まりの黄金バルーンアタックとともに、セレスティナが笑顔で現れた。
「お前な……今ちょっと“平穏”ってやつを噛みしめてたのに、ぶち壊すなよ」
「だってぇ〜、このままだとストーリー進まないじゃん♡」
「お前が言うな!!」
第8章 必要なのはスキルじゃなく覚悟
「ねえねえ、今日も宿の床、すっごいピカピカだったってお客さん言ってたよ」
ミーナが笑顔で報告してくる。
俺は桶の中でぎゅうぎゅうと布巾を絞りながら、ぼそっと返した。
「評価されてるのが“床”ってどうなんだろうな……」
「いいことだよ? 清潔第一!」
まあ、異世界の感染症とか想像するだけで怖いから、清潔なのは悪くない。
だけど、何かこう……もっと俺にしかできないことがあれば、とは思っていた。
そんな矢先のことだった。
「おいお前! その席、俺が先に目ぇつけてたんだよ!」
「はぁ? オレはさっきから並んでたんだ!」
昼時、宿屋の食堂で、二人の男が大声で口論を始めた。
どちらも武器を持った旅人風。雰囲気がピリついている。
店主は厨房で料理中、ミーナも手が離せない。
これは、俺が止めるべきだと判断した。
俺は素早く二人の間に入る。
「お客様、失礼ですが、お二人とも“今日初めてこの宿に来た方”ですよね?」
「……ああ?」
「うちの宿、入口に『席は案内制です』って札、立ててあるんですよ。つまり早い者勝ちではなくて、店の者が順番にご案内する形です」
そう言いながら、ポケットから昨日の伝票を取り出し、適当に見せた。
「たとえばこの伝票、昨日のお客さんのですが“配席時刻”がちゃんと書かれてます。常連さんは皆さんそれ見て従ってます」
実際はただの注文控えだ。だが、ハッタリでも理屈が通っていれば通用するのが人の性。
二人の男は顔を見合わせ、渋々と席を立った。
「……ったく、面倒なルールだな」
「おう、次はちゃんと見とくわ」
ふぅ、と息をつく俺に、奥から店主の声が飛んできた。
「……今の、お前が考えたのか?」
「はい。たぶん“案内制”って言えば、納得してもらえるかと」
「……本当に、使えるやつだな、お前は」
ぶっきらぼうな言い方だけど、悪くない気分だった。
その日の夜。
夢の中で、またセレスティナが現れた。
「も〜〜! また人助けしてる! 冒険者でもないのに!」
「お前、喜ぶどころかキレるタイプの女神かよ……」
「だってさ、チート無しでそこそこうまくいってるから、こっちのストーリー展開が追いつかないんだもん!」
「知らんがな」
「……でも、そういう亮くん、けっこう好きかも♡」
「やめろ。お前にだけは言われたくない」
「え〜、じゃあさ! 冒険者登録、そろそろしちゃおうよ!」
「……いや、無理だって。戦えないし、剣振ったら自分の頭切るレベルだぞ?」
「でも、こうやって人のために動けるなら、立派な“冒険者資質”だと思うな〜? ね? ね〜?(どーん)」
「胸当てながら詰め寄ってくんな!」
でも――セレスティナの言葉の中に、どこか引っかかるものがあった。
“冒険者資質”。
力じゃなくて、誰かの役に立とうとする気持ち。
もしかしたら――俺でも、なれるのかもしれない。
翌朝。
俺は宿を出て、もう一度ギルドの前に立った。
昨日は怖くて中に入れなかった。でも今日は違う。
「……よし。行くか」
扉を開けると、中には活気と喧騒、剣と革のにおいが満ちていた。
これが、冒険者の世界。
そして俺も、ここで一歩を踏み出す。
第9章 チートなし試験突破法
ギルドの受付で「登録希望です」と言うと、案内されたのは石畳の裏庭――という名の簡易訓練場だった。
「今日の試験者は三人ね。あんたで四人目」
受付の女性がにこやかに言う。見た目は優しそうだが、目だけは鋭かった。
「内容は、模擬探索ルートを回りながら、最低限の戦闘・行動判断・協力ができるかチェックします」
「質問いいですか」
「どうぞ」
「……未登録者って、武器とか持ってていいんですか?」
「ダメ♡」
即答だった。
「支給されるのは、木剣と布の軽装。基本、丸腰に毛が生えた程度ね」
「……でしょうね」
集められた4人の試験者のうち、俺が一番ひょろい。
他の3人は若い男二人と、ガタイのいい女性一人。みんな“なんかやれそう”な空気を出してる。
「うわ、ひょろいの混ざってるぞ」
「おいおい、大丈夫か?」
耳に入るが、無視だ。なめられて当然。その前提で挑むしかない。
「模擬探索開始!」
掛け声とともに、訓練用の“森”に突入した。
作り物の木と、簡単な草むら、ダミーの小動物オブジェが並ぶエリアだ。
「うわっ、足滑った!」
「おい、罠かこれ!? 縄引っかかってんぞ!」
先頭を走っていた男が足を取られ、二人目も転倒。
明らかに“模擬トラップ”だった。
俺はすぐさま観察する。縄は地面の下に浅く埋まっており、草の生え方に違和感があった。
「足元、踏み跡の密度で判断できる! 草がまばらなとこは踏むな!」
「えっ、マジか……!」
残る一人(ガタイのいい女性)が俺の指示通りに進み、問題なく通過。
「見えてたの?」
「いや、見て覚えただけ。パターンで避けられるはず」
「……へえ」
訓練官の目が一瞬光ったのを見逃さなかった。
次は、簡単な木製ダミーとの模擬戦。
対“魔物っぽい人形”に木剣で挑むが、俺は木剣をまともに構えられない。
他の三人は順調にダミーを叩き倒していくが、俺は一人、間合いを測ってうろうろ。
だが、その時だった。
ガタイの女性が、後ろの段差で足を取られそうになった。
「危ない!」
俺は咄嗟に走って、倒れる寸前の彼女を支えた。
木剣は落としたが、転倒は防げた。
「ありがと……! アンタ、意外と動けんのね」
「意外で悪かったな……」
最終チェックで呼び止められたのは、俺とその女性――ルーナというらしい。
「正直、戦闘力はゼロに近いけど、冷静な観察と対応力、協力意識は評価できます」
訓練官が言った。
「登録、合格とします」
「……マジですか」
「実はああいうタイプ、一人は必要なのよ。前線だけじゃ回らないからね」
手渡されたのは、青い石がはめ込まれた小さなプレート――冒険者証だ。
俺は、ついに異世界で「職業:冒険者」と名乗る資格を手に入れた。
帰り道、ギルドの入口でバロックが肘をついて待っていた。
「よ。受かったか?」
「……なんで知ってんすか」
「受付の姉ちゃんが『珍しく頭で通した奴がいる』って言ってた」
「余計な情報付け加えるな」
「でもまあ、案外やるじゃねえか。ひょろいくせに」
バロックはくしゃっと笑った。
その笑顔は、“仲間候補”を見る目だった。
第10章 街を守れ、罠を張れ、頭を使え
冒険者登録から一週間。
俺は今、雑用まみれの依頼を片っ端から片付けている。
・市場で荷運び
・子供の捜索
・屋根の修理(足場だけ)
全部Eランク。報酬は昼飯一回分にも満たないものばかり。
でもいい。
積み重ねだ。信用ってのは、地味な仕事からしか生まれない。
「おい亮、こっち手伝ってくれ!」
「了解っす」
ギルドで荷物を運びながら声をかけてくるのは、最近やけに馴染んできたバロック。
試験のあと、たまに依頼帰りに宿で一杯やる程度には仲良くなった。
彼は無骨で、強い。
そして驚くほど他人を見ている。
俺の“使えなさそうだけど使える”部分を、早々に見抜いた数少ない人物だった。
そんなある日。
「おい……聞いたか」
ギルドの片隅で、冒険者たちが神妙な顔をしている。
耳を澄ませば、聞き慣れた単語が飛び込んできた。
「盗賊団……こっちに向かってるらしいぞ」
盗賊団。
数ヶ月前から辺境を荒らしている流れ者の武装集団。
ギルドの討伐依頼でも何度か名前が出ていたが、まさかレナータの方へ来るとは――
「ギルドも主力が遠征に出てて、戻るのに数日はかかる。街の守備隊も半数が巡回中だ」
「このままじゃ、やばいよな……」
冒険者たちがざわつく中、俺はギルドの掲示板をぼんやり眺めていた。
(人手が足りない……力も足りない……でも、じゃあ俺には何ができる?)
答えは一つ。頭を使うしかない。
夜。宿屋の裏で、俺は紙に線を引いていた。
簡易な地図。街の構造、路地の入り組み具合、店の位置、石材や樽の保管場所――
そこに、盗賊団が通りそうなルートを重ねていく。
「罠があれば、数は減らせる。袋小路に誘導すれば、迎撃もしやすい。誘導に“人”が使えれば……いや、それは危ないか?」
作戦じゃない。“案”にすぎない。
でもこの案が、誰かの命を救えるかもしれない。
「何してんだ、お前」
声がして顔を上げると、バロックがそこにいた。
腕を組み、いつになく真面目な顔。
「戦える奴が戻るまで、まだ数日ある。……お前、何か考えてるな」
「……はい。いくつか、案を」
「見せろ」
俺は紙を差し出した。
バロックはじっと目を通し、途中から目つきが変わった。
「……面白ぇな。やってみる価値はある。街の連中、説得できるか?」
「難しいと思います。でも、まずは“結果が出るかもしれない”って証明できれば……」
「いいだろう。お前の知恵、信じてみるわ」
彼のその言葉が、妙に、胸に沁みた。
翌日、ギルドと宿屋に話を通し、
街の防衛隊、商人、町人たちにも少しずつ話が広まっていく。
「チートもスキルもない俺が、この街を守れるわけがない――」
そう思っていた数日前の俺は、もうここにはいなかった。
「でも、“この街を守りたい”って思える誰かが、できちまったんだよな……」
ミーナ、バロック、宿の親父、子供たち、パン屋の姉ちゃん――
誰か一人でも泣く顔は見たくない。
その気持ちだけが、俺を前に進ませていた。
第11章 街防衛戦、開幕
レナータの夜は、ふだん静かだ。
だけど、今夜の空気は、重い。
「盗賊団、接近。南門より。推定十数名。武装は軽装歩兵、弓兵あり」
ギルドの斥候が、早足で広場に戻ってきた。
その報告を受け、宿屋の地下で集まった町の有志たちがざわつく。
「十人以上!? 冒険者抜きでどうすりゃ……」
「でももう、引けねぇよな……」
そんな空気の中、俺はゆっくりと、描いておいた地図を広げる。
「ここに“罠”を仕掛けました。ワイン樽の下に、石畳を浮かせたトラップ。通れば崩れます」
「袋小路には荷車でバリケード。裏道には水を撒いて滑りやすく。見張り役の子供たちには、合図を決めておいた」
「敵が分断されたら、各所で一気に挟撃。……頼れるのは“人”と“準備”だけです」
沈黙。
でも、その沈黙の先に――「……やるしかねぇな」と言ったのはバロックだった。
「おい町の連中、やるってよ。こいつの指揮でな」
「お前、ホントにやるのか?」
「無理だと思ってたけど……案外頼れるじゃねぇか」
ぽつり、ぽつりと言葉が重なっていく。
やれる。
……きっと、やれる。
盗賊団が南門を抜け、ゆっくりと街路へ侵入してきた。
月明かりに浮かぶその姿。
刃、棍棒、弓矢。戦い慣れた者たちの歩き方。
だが、通路の石が音を立てて崩れた瞬間――
「うわっ!?」「足元っ――!」
先頭の盗賊が地面に沈んだ。
そのまま背後の者もよろけて重なり、混乱が起きる。
「今だ! 火矢っ!」
物陰から子供が放った火矢が、用意してあった“油壺”に命中。
ボッと上がる火花。通路が一時的に遮断される。
「よし、分断成功……!」
俺は広場の高台から、全体を見下ろす。
位置、動き、混乱――目に映るすべてが、“読める”。
これが、俺にできる戦い方だ。
第二波が裏道から回ろうとする。
だが、そこには滑りやすくなった石畳と、水で濡らした草。
「すべったっ!」「うわああ!」
連続で転倒し、兵の一部が足止めを食らう。
「バロックさん、挟撃お願いします!」
「了解だ!」
バロックが木製の盾を構え、後ろから突撃。
肉弾戦に長けた冒険者の力で、敵はあっという間に地に伏した。
「ミーナ、回復薬の運搬班、こっちに!」
「はいっ!」
宿屋の娘が、訓練した子供たちを率いて走る。
彼女の顔に、怯えはなかった。
「……よし。あと、数人」
残った盗賊が、広場に集結しようとする。
「おい! なんだこの罠だらけの街は……!」
「どこに逃げりゃいいんだよ!」
そこに――
「お前ら、観念しな!」
バロックが最後の一団を正面から叩き潰し、
盗賊団は、完全に制圧された。
「……やった、のか?」
誰かがつぶやく。
それを皮切りに、わあっと歓声が上がった。
「マジで守れたぞ!」
「亮くんが考えた作戦だよな!?」
「すげぇ! あのひょろいやつ、マジで!」
俺はその声を聞きながら、背もたれにもたれて、へたり込んだ。
勝った。
俺たちは、チートも魔法も使わずに、街を守ったんだ。
ただの“元大学生”だった俺が、異世界の街を守った。
信じられない。でも、確かに起きたことだ。
夜空の下。
夢に出てきたセレスティナが、ふわりと現れた。
「やったじゃん、亮くん! かっこよかったよー!」
「お前……今回ばかりは、ちょっとだけ感謝してやる」
「えっ!? なにそれっ! 記念日!?」
「調子に乗んな」
でも、俺の顔は自然と、笑っていた。
第12章 魔王を倒せば、帰れるよ♡
街は、祭りのような雰囲気だった。
盗賊団を撃退した翌日。
レナータの広場には簡易なテーブルが並び、パン屋の姉ちゃんが無料でパンを配り、子供たちが作戦の再現ごっこをしていた。
「おれ、亮さん役ね!」
「じゃあわたしが罠担当〜!」
「おい、俺がバロックやる!」
なんだその配役。なんで俺が子供のヒーロー枠なんだよ。
でも、ちょっと……うれしい。
「亮くん、こっち来て! 焼きリンゴ、まだ残ってるよ!」
ミーナが手を振ってくれる。
その隣には、無言でビールを差し出すバロックの姿もある。
「……乾杯ぐらい、しとくか」
「おう。街を救った英雄に、乾杯だ」
木のジョッキが、軽く打ち鳴らされる。
まるで、本当に“冒険者”になれたみたいだった。
夜。
祭りの余韻が街に残る中、俺は久々に深く眠っていた。
……が。
夢の中、いつもの“あいつ”が現れる。
「やっほ〜、亮くん♡」
金髪巨乳、異世界女神・セレスティナ。
まぶしい笑顔と、無駄に揺れる黄金の質量。
「……また来たのかよ。今日は寝かせろよ、マジで」
「だってぇ、そろそろ言っとかなきゃって思って!」
「……なんだよ、今さら」
セレスティナはふわりと浮かび、にっこりと微笑んだ。
「亮くんが、元の世界に“確実に”帰れる条件──教えてあげる」
「……え?」
「それはね――“魔王を倒して、異世界が平和になったら”!」
「………………」
言葉が、出なかった。
「いや、うん……え、何?」
「だからぁ、“魔王を倒して、世界が平和になったら、帰れる”!」
満面の笑みで、ご褒美みたいなノリで言ってくる。
「……おい。今、さらっと“最終クエスト”みたいな条件出したよな?」
「え? うん。あれ? もしかして言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよ!!!」
「わ〜、ごめんごめん♡ ついうっかり♡」
「お前、絶対“つい”じゃねぇだろ!!!」
叫びながらも、胸の奥にズシンとした重みが落ちた。
帰れる条件。
ようやくはっきり聞けたけど、それは遠すぎて、果てしなかった。
「魔王って……あの、世界滅ぼすクラスのやつだろ? 俺、皿洗いから始めたんだけど?」
「うん。でも、今や“街を守った英雄”だし?」
「……だれのせいでそうなったと思ってんだよ……」
ふらつく意識の中、俺は最後にこうつぶやいた。
「帰れるってわかったのに、なんでこんなに……遠く感じるんだろうな」
セレスティナは、すこし寂しそうに笑った。
「それはね。こっちの世界に、守りたいものができたから、だよ」
「……また、正論言いやがって……」
意識が闇に沈み、夢が終わる。
目を覚ますと、いつもの宿の天井だった。
誰かが扉をノックする。
「亮くん、ごはんできてるよ〜!」
ミーナの声。
昨日と同じ、でも確かに“意味”が変わった朝。
「……ま、行くか」
異世界に来た理由なんて、いまだによくわからない。
でも、ここで生きる意味は、少しずつ形になっている。
それでいい。今は、それで。
あとがき
金髪巨乳女神の泣き落としパターン、運命回避も泣き落とされてはかないませんか?
感想、コメントいただけると嬉しいです。
