朝の月と、犬のまなざしと、洞窟へのお便りと。【ギリシャ写真日記】
今朝、目が覚めてカーテンを開けると、今年初めての霜が降りていた。温暖なギリシャにも、冬の気配がゆっくりとやってきているようだ。
庭に出て、落ち葉の上を歩く。サクサクと軽やかな音がする。

その音に、日本の海苔をふと思い出した。梅干しや鮭といっしょに食べたあの味。もう何年も口にしていないのに、あの香りと食感は忘れられない。そういえば納豆巻というものもあったなあ。お醤油とわさびでいただきます――と、ひとり夢心地でつぶやいた。
空を見上げると、どこまでも澄んだ冬空が広がっていて、その中にちいさな月が浮かんでいる。

早朝、寝床の中で、湖の上を歩くイエスさまを見つめながら自分も水の上を歩き始めたペテロのことを思い返していた。
イエスさまに目を注いでいる間は歩けたのに、自分の状況へと視線を向け、頭であれこれ考え始めた途端――「風を見て、こわくなり」(マタイ14:30)――彼は沈みはじめた、あの場面。

誰もが何らかの重さや生きづらさを抱えている。私もその一人。
けれど、そんな時こそ問題そのものではなく、イエスさまを見上げたい。このお方に目を注ぎ、幼子のような信頼をもって主を賛美しよう――そう思った。ふと、ドン・モーエンの「♪ I Will Sing」が心に浮かび、思わず口ずさんでいた。

弟から職場からの直通写真が送られてきた。
あっ、みーちゃんだ。

どうやら彼女は、こうして日がな一日、働く弟の横顔をじっと見つめているらしい。
こんなふうに熱い視線を浴びながら、真面目な顔で仕事を続けるなんて――
なかなか難しそうではありませぬか?
そうかと思えば、こちらでは、ベルベットのようにふわふわのマフマリーが、のんびりと日光浴を楽しんでいる。

あらあら、もぜちゃん、のびのび。
見ているだけで、こちらまでほぐれてくる。

昨日、P修道士のご両親のお宅を訪れた。以下は、今朝 P修道士に宛てて書いたお手紙のひとひら。
親愛なるP修道士、おはようございます。
昨日、主人と私はあなたのご両親を訪ね、とても温かな時間を過ごさせていただきました。あなたがあの宮殿のように美しい家で育ったことを改めて感じつつ、“宮殿”から“洞窟”へと歩みを向けられたあなたの霊的旅路の深さにも思いを馳せました。
しかし、何より書かずにいられないのは、あなたの愛犬マブラキスのことです。最初の一分ほどは私たちに向かって吠えていましたが、お父さまが匂いをかがせてくださった後はすっかり落ち着き、一緒に家の中に入ってくれました。あなたの愛犬がこれほどの大型犬だとは思っておらず、驚きました。
ソファの前の絨毯にあごを乗せて寝そべる彼をなでると、ふと顔を上げ、まっすぐに私を見つめてくれました。ああ、そのまなざしの優しいことといったら!誇張ではなく、あの瞬間、私はマブラキスの愛情と信頼と慈しみに満ちた眼差しの中に“全世界”を見たのです。なでるたびに、彼は同じまなざしで私を包み込んでくれました。
こんな天使のような被造物を残して修道院に入ることが、あなたにとってどれほどつらい決断であったか、以前より深く理解できた気がします。
また、交通事故で亡くなられたお兄さまへのご両親の想いと深い悲しみが、二十年以上の歳月を経た今も胸の内にあることを強く感じました。帰宅後、主人と共に、ご両親の心に天からの慰めが豊かに注がれるよう祈りました。
リビングの中央に飾られていた一枚の写真――バケツの中に入っている幼いあなたとお兄さまのあの写真は、ご両親の心の中心に今も大切に置かれているのだと感じました。
もし今後、ご両親のために私たちが力になれることがあれば、ぜひ教えてください。それでは、良い一日をお過ごしください。
鞠和より

試練の中にある方、苦しい状況に置かれている方、孤独の中にある方、お一人おひとりに今日この日、神様、あなたが天よりの慰めと励まし、そして安らぎを与えてくださいますように。生きる力が与えられますように。助け手が現れますように。
