【エロティック・キャピタル(erotic capital)】
性的魅力を「利益を生むもの」と捉え、その人のいわば資産として見る考え方のこと。キャサリン・ハキムが著書『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』で使用した概念。
常識的に考えれば分かるように、男性よりも女性、そして女性の中でも思春期から二十代前半の女性が最もエロティック・キャピタルが高い。
この概念は当然ながらフェミニストには喜ばれない。
なぜなら、エロティック・キャピタル概念を認めると女性は「この男尊女卑社会における一方的な被害者」ではなくなってしまい、女性であることによって大いに得をしている面が少なくないことを認めざるを得なくなるからである。
にもかかわらずこの概念は、一部の女性がフェミニストになる過程に深くかかわっている。
一般に女性は若く、高いエロティック・キャピタルを持っているうちは社会的に様々な局面で優遇されがちである。ところが30代・40代となるに従って急激にそのエロティック・キャピタルは低下し、その優遇を失うこととなる。平たく言うと「もう若くなく、ちやほやされなくなって」しまうのである。
公平な判断をする女性であれば、このような実態に直面しても「これからは若い子の番」と納得し、人生の次のステージへと進んでいくであろう。
ところが、自分より若く美しい女性たちが自分よりちやほやされていることに納得できない女性もいる。
彼女らは自分達が弾かれ、今や『酸っぱい葡萄』となった「女性の若さ美しさへの賛美」を一転して呪うようになり、それを「ルッキズム」「エイジズム」と呼んで、社会悪であると喧伝するようになる。
また自らを「フェミニズムに目覚めた」と規定し、「目覚めていない」若い女性を見下すという形で嫉妬心を満足させるという歪んだ心理にも陥る。この見下しのための用語のひとつが、悪名高い【名誉男性】である。
こうしてこの女性は「反差別の闘士」となる。
フェミニスト小島慶子氏による下記ツイートは、本人の意図に反してこのプロセスをありありと書き表している。
#国際女性デー を前に、いろんなツイートが流れてくる。思えば、2年前の私は自分がフェミニストだと気づいていなかった。5年前の私は自分の怒りの対象がジェンダー規範だと認識できていなかった。10年前は、生きづらさは個人の問題だと思っていた。15年前は、無自覚に性差別に加担していた。↓
— 小島慶子 (@account_kkojima) March 3, 2020
しかし性的対象から外されるということはすなわち性被害からも遠ざかるということになってくるので、その闘争のぶつけ先は、彼女らの目に映る実際的被害の無い、彼女らの頭の中だけで「女性差別」と規定されるもの――すなわち表現物になっていくのである。
そして2020年頃の日本においてこの状態に陥りがちなのは、ちょうど1990年代頃に少女時代を過ごした世代にあたる。
すなわち「宮崎勤事件」をきっかけにオタクバッシングが大々的にキャンペーンされ、その薫陶を受けて「オタク」=キモい/地位が低い/攻撃していい」という社会的偏見をニュースのみならず、スクールカーストという形でも刷り込まれた世代である。
こうして「エロティック・キャピタルの喪失によってフェミニズムに走った中年女性」の矛先は、特にアニメ風の萌えイラストへと向かうことになるのである。

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