【ジョゼと虎と魚たち】
田辺聖子原作。
2003年に犬童一心監督により実写映画化。2020年に田村コータロー監督によりアニメ映画化されている。
そのアニメ映画版に対し、2026年5月になってからXユーザー「natsu(@natsukaca)」が英文ポストで糾弾、4.9万いいねを獲得した。
なおこのアカウントはプロフィールによると「ラディカル・フェミニスト、反出生主義者、レズビアン」である。またプロフィールには書かれていないが、当該ポスト本文に"we disabled woman(私たち障害のある女性)"とあるので、少なくとも自称は障害者であるようだ。どこにどのような障害を負っているのかは明らか
this is what we disabled woman are to men, a thing to romantize and fetishize https://t.co/4E5ATEE1Bj
— natsu ⚢ (@natsukaca) May 23, 2026
これが、私たち障害を持つ女性が男性にとってどういう存在であるかを表している。ロマンチックに美化され、フェティッシュ化されるモノだ。
当該ポストのコミュニティノートですでに指摘されている通り、原作者は田辺聖子氏。女性である。要するに飽きるほど繰り返された【作者は女性】パターンに過ぎなかったのだ。
残念ながら糾弾したXユーザーの方こそ、大きな批判を浴びることとなった。
だから、障害者たちは誰も愛してくれる人がいなくて孤独でいるべきだってことか。彼らと関係を持ちたいと思うのは誰にとっても悪いことだ、って君は言いたいわけだ。
フェミニズムとは、障害を持つ女性たちをガスライティングして、可愛らしいロマンチックなシーンが実は邪悪な男の妄想だと思い込ませようと試みることを指す。
私自身が障害を持つ女性として、正直に言うね。この「私たち障害を持つ女性」って言い方は、最近見た中で最も障害者差別的なものの一つだよ。私たち全員をあなたの物語にまとめ込まないで。
障害を持つ人々は、他の誰とも同じくらい、本物の愛と関係に値するんだ。この映画は彼女の障害をフェティシ化してるわけじゃない— むしろ、彼女をまず一人の人間として見て、彼女そのものを愛し、必要とするときに助ける男性を描いてる。彼女は必死に海を見たいと思ってる。車椅子は深い砂浜では使えない。だから彼が彼女を抱き上げる。それが何か変なフェチだなんて— ただのパートナーシップだよ。
私がちゃんと愛されて、必要とするときに支えられること、それが「フェティシ化」だなんて思わない。もし男性がパートナーを本気で世話したいと思うことが彼をフェティシストにするなら、私も同じことを望むんだから、相当キンキーだってことになるね。最近確認した限りじゃ、それはかなりヴァニラだよ。基本的な人間のつながりを、君たちがこんなに気持ち悪いものに変えてしまうなんて、信じられない。
もし30秒のクリップじゃなくて、映画全体をちゃんと観てたら、わかるはずだよ。
この映画からこれがあなたの受け取った結論だとしたら、あなたは哀れで人間嫌いのけちで、あなたが今まさにそうなっているように、幸福になれず、自分の人生を変えることができないままでいるべきだ。
障害を持つ女性が愛情、気遣い、本物の好意を示されることが、自動的に「フェティシ化」にねじ曲げられるようになったの?
参考リンク・資料:
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