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【アンクル・トムの小屋】

  米国のハリエット・エリザベス・ビーチャー・ストウによる、1852年の小説。
 なおこの作者名自体も「ストウ夫人」と称されていたが、ポリコレ的配慮により、近年では男性従属的な呼び方を改め、自身のフルネームで記述されるようになっている。

 奴隷制下における南部アメリカ黒人の悲惨な境遇にスポットを当てた小説で、著者の執筆動機も奴隷制反対を広めるためであった。
 なお著者は後書きで、エライザが凍ったオハイオ川を渡る場面や、競売に掛けられて家族と別離する場面など、作中詳しく書かれた場面の多くが事実に基づいていることを明かしている。

 この小説は誰もが予想するように、アメリカ奴隷制時代の南部の人々の反感を呼んだが、それだけではなかった。
 そのほか幾つもの論点において様々な国や時代の人々と対立点を持っており、規制や批判の対象になっている。

1.貴族制度の批判

 作中では奴隷生活の悲惨さだけではなく、学のある登場人物たちが奴隷制について議論する場面もあるが、そのなかで奴隷制の擁護論者は、他国の政治形態とそれと同じものに過ぎないと説いている。

「アメリカの農園主は、イギリスの貴族や資本家が下層階級にさせていることを、形を変えてやっているだけだ」。
(略)
 アルフレッドによれば、過酷な労働を引き受け、動物的な状態のまま生きる下層階級は必要不可欠なんだそうだ。なぜならそのおかげで、社会の上層にいる人びとは、知識を得て進歩するための余暇と富を手に入れることができ、下層階級の精神を導くことができるからだ。

 つまり、他の国(たとえばイギリス)の貴族と庶民のあいだに身分差があるように、奴隷主と奴隷に身分差があるに過ぎないというのである。もちろんこの理論は批判的に描かれており、作者は他国の貴族制度をも非道なものとしてみている。
 この点でストウの視点は、ポリコレを振り回しながら「ディズニー・プリンセス」などという貴族制を肯定する概念を童女たちに売りつる商品とし、利益を貪る現代のディズニーよりも一貫していると言える。

 ロシア帝国皇帝ニコライ1世は、1926年以降検閲制度を強化し、言論弾圧に熱心な人物だったが、彼のもと1952年、本書は禁書となった。

 ロシアには、ストウが非人間的と批判した貴族制度がまだ存在していた、皇帝やほかの貴族たちは繁栄していたが、下層階級は必死に働いても報われなかった。ストウの思想が自由に流布することは、皇帝にとって危険であったため、この小説は禁書にされた。

ニコラス・J・キャロライズ他著、藤井留美・野坂史枝訳
『百禁書 聖書からロリータ ライ麦畑でつかまえてまで』
青山出版社

2.教会批判

 ストウは熱心なキリスト教徒であり、その点で他宗教に基づく文化尊重の点では、現在の視点からは不十分といえる。
 しかし彼女は、奴隷制を擁護する教会や聖職者に対しては、欺瞞を強く感じており、そのことを作中でも吐露している。

「奴隷制に宗教的な話を当てはめるのなら、なぜほかのことについてもそうしないのかね。酒を飲みすぎるとか、カード遊びに興じてつい夜更かしをするとか、若い者がよくやることも神の摂理によるもので、時期にかなった美しさがあると、教会ではなぜ話さないのだろう。そのような行ないも正しく、神聖であると言ってほしいものだね」

 1855年、イタリア及びその他の教皇領において『アンクル・トムの小屋』は禁書目録にこそ載らなかったものの、販売を禁止された。

3.後年の黒人運動との齟齬

 主人公トムは作中、極めて従順な人物であり、反抗的な態度を示さない(他の奴隷を殴れと言われて固辞する場面はある)。このキャラクター造形は、そのような無抵抗の奴隷をも虐待する白人奴隷主の非道さを強調する効果を持っている。しかし当然ながら、その後の黒人運動が理想とした白人支配に対する対決姿勢と、彼の態度はあまりにもそぐわないものであった。
  1950年代以降、「アンクル・トム」という言葉は「白人に媚びを売る黒人」への蔑称に使われるようになった。この用法は他人種の反差別運動にも駄洒落的に引用されており、白人に媚びる同胞のことをアメリカインディアンは「アンクル・トマホーク」、中国系アメリカ人は「アンクル・トン(Tongs)」と呼ぶことがある。

 また本書は奴隷制こそ批判しているものの、奴隷が当時従事していた仕事そのものについては、むしろ奴隷自身が自分の専門であると任じているシーンがある。

「私と奥さまは、パイ皮のことでけんかしそうになるんです(略)だからつい、余計なことを言ってしまったんです。『奥さまの美しい白い手と長い指を見てください。(略)私の真っ黒な短い手を見てください。神さまは、私はパイ皮を焼くように、奥さまは居間に座っていらっしゃるようお造りになったと思いませんか?』ってね。

 これは黒人には黒人向きの仕事があるのだという、現代では人種差別的とされる主張である。

 また、当時一般的に使われていた言葉で現在は差別語となる言葉が、本書にも使われており、当然想像されるようにそれによって非難を受けることがある。

 前出『百禁書』によると1984年、イリノイ州ウォーキーガンで、市会議員ロバート・B・エヴァンズは他の名作文学(『ハックルベリー・フィンの冒険』や『風とともに去りぬ』など)とともに本書を糾弾し、生徒と保護者もそれに賛同し「人種差別と言葉という点から」批判したという。
 特にエヴァンズはこの本における「黒んぼ」(原語の【nigger】を指したと思われる)という語を特に、他の人種差別語と比較して当事者を傷つけるものだと主張した。

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