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Every dog has his day.⑬

 第13話、
 玄関の窓ガラス越しに、見慣れた顔が見えた。玄関先で雨傘をたたみ、事務所の引き戸を開けた。長梅雨が続き、歩道の石畳も濡れている。
「こんにちわ。どうですか、その後 調査の方は順調ですか」
 栃木新報時代の元部下、後藤田は花柄のハンカチでブラウスについた雨しずくを拭った。
「まあ、何とか。知っての通り、歴史文化とか門外漢だったから、文献の下調べで結構、時間がかかって」
「幻の作品を見つける上で、参考にしている文献って何ですか。特に歌麿と栃木市の関係を明らかにした調査の元になるような資料は」
 記者の習性は知っている。雪月花の写真発掘以来、地元の記者クラブに所属するメディアの取材が絶えない。新たな肉筆画の発見となれば、作品によっては全国版のニュースとなる。他社に先を越されないよう、取材対象者に足繁く通い、情報収集に躍起となる。なおさら地元紙は熱心だ。
 取材される立場になった今、「原則、聞かれたことは誠実に応える」をモットーに江上は接している。世論喚起を促すには、メディアの協力は欠かせない.
「実は、先日、釜伊の六代目の関係者に会うことができて、今後の全面的な取材協力も取りつけることができた。いろいろな参考資料を提供してもらって、その中に特に貴重な史料があったんだ。やっと入手出来て」
 江上はデスクに戻り、机上のファイルを持ってきた。
 コピーは新聞紙大で、表題に美術日本とある。発行日は昭和11(1936)年2月1日で、発行所は都内にあった美術日本社。「歌麿の大名作 花街雪月花三幅対 未曽有の傑作発見さる」と縦見出しが躍り、歌麿を特集している。
「『栃木に残る肉筆名作の数々』ですか」
 後藤田は紙面中段の見出しに目を凝らした。
 巴波川杭打ち図が写真入りで紹介されたほか、当時、残っていた作品として女達磨図、竹之図、静物、大黒布袋相撲図、鐘鬼之図を挙げている。
「女達磨図は3年前に発見されていて……。他の肉筆画はどうなんですか?相撲図と鐘馗図は林さんの調査時にもあったはずですが」
 後藤田は昨年、江上と歌麿の特集記事をまとめるに当たり、浮世絵コレクター西園寺から林の調査の概要は聞いていた。
「歌麿と栃木市に関する信頼できる調査記録は、この美術日本と林さんが専門誌に載せた報告の2つだと思う。林さんも美術日本を参考に、実地調査をしているわけだし」
「とすると、2つの調査で重複するのは、相撲図と鐘馗図。美術日本で紹介した74年前、林さんが確認した38年前にも栃木市内にあったわけですから」
 後藤田は探るような目つきを江上に向けた。
「まあ、文献上はそうなるけどね」
 江上は視線を外に向け、胸の内で呟いた。
(ここまでは話せる。公表された文献資料だから)
「それで、見込みはあるんですか?発見する」
「見つける?そう簡単じゃないよ、40年近くの空白があるわけだから」
「でも調査には入っているんでしょう」
「話した通り、文献調査とか。まあ、それが委託された業務だから」
「何か、新しい情報はつかんでいるんですか」
「文献資料も含めて情報を集めている最中さ。何か、いい情報があったら教えてくれないかな」
「林さんの調査当時は栃木市内の民家で所蔵されていましたが、今も所有者は同じなんですか」
「だから、まだ情報収集の段階で、分からないんだ。これからだよ」
「私の取材では、栃木市内から転居したと聞いていますが」
(浮世絵コレクターの西園寺から聞いたな。よく取材している)
 本業で歌麿調査をしていて、新聞記者にまさか出し抜かれるわけにはいかない。江上は焦りを見透かされないように、努めて平静を装った。
「そう?40年も経過しているし、世代交代しているかもしれないからな。とにかく調査を始めて、まだ半年余りだから、これからだよ」
「本当ですか?所有者の確認はまだですか?」
「まだまだだよ。本当だって、調査が始まったばかりなんだから」
 後藤田は少し考えこんで、
「いずれにせよ、当面、鐘馗図と相撲図を追いかけるってことなんでしょう」
 と、切り込んできた。
「まあ、でも、この間の雪月花の写真みたいなこともあるから。相手次第な所もあるし、先のことは分からないよ」
(しつこいなあ。次はどんな質問なんだ)
 江上は身構えた。
「こんにちわ」
 新たな客がやってきた。東西新聞の小此木だ。
「じゃ、私は帰ります。また来ますから」
 後藤田は小此木に挨拶し、出て行った。
「何か、いいネタつかんだのかな」
 小此木は独り言ちて、椅子に座った。
(くわばらくわばら。余計なことはしゃべるな)
 江上は言い聞かせた。
                     第14話に続く。
 第14話:Every dog has his day.⑭|磨知 亨/Machi Akira (note.com)
 


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