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封緘のエクリチュール【3】#創作大賞2025 #エンタメ原作部門

前回までのあらすじ(第二話)
  戦地で野営する澤田と榊のもとに届いた律からの軍事郵便に心を和ませる澤田。しかし、文面から一抹の不安に駆られる。律の屋敷でパーティが開かれるため、家族と使用人たちを全員同席して準備に張り切るが、現れた客人はたった一人だった。それは、澤田の上司・折笠似のドイツ軍?


3 不可解な暮らし


  光の入らない部屋。普段はワインの貯蔵などに使う屋敷の地下室へ折笠さんは私を監禁した。壁につけた重たい棚から腕へ鎖は繋がれている。肌寒い部屋。私は片腕をぎゅっと抱きしめる。

  すると、外から足音が聞こえた。私は背筋を伸ばす。ドアが開いて、折笠さんが現れた。

  「食事を取ろうか。俺の部下を呼んで作らせた」
  折笠さんは私の腕を取り、錠を回して、外した。そして、手を引いて立ち上がらせる。

  私には考えがあった。一か八か。何かしなければ何も変わらない。私は、思い切って、折笠さんを突き飛ばそうと、両腕を突き出して、腹を強く押した。

  が、彼はびくともしなかった。

「ほう? それはもしや俺を突き飛ばそうなどと考えたのか?」
  冷ややかな笑いがこぼれる。私の背筋に冷や汗が伝った。

「大胆で面白いお嬢さんだ。この俺を突き飛ばして逃げ出そうなどと考えるとは。しかし、仕置きが必要だな」
  じっと私の目を覗きこまれる。鋭い瞳が恐ろしい。

「食事を取って、その後、ゆっくり仕置きをするとしよう。来い」

  私は折笠さんに着いて、食堂へ上がった。


  そこには、ずらりと皿が並び、立派なディナーが用意されていた。フランス料理だった。

「敵国の食事をするなどというのは戦時中制限されがちだが、美味いものは美味い。料理に罪はない」

  折笠さんはそう言って席に着き、テーブルナプキンを膝に敷いた。私も、向いに座り同じようにする。
  今まで家族で取っていたテーブルに二人だけ座ると、がらんと寂しく感じた。

「飲み物は、赤ワインでいいか? お嬢さんは確か、酒が好きだったろう」

  私が緩く頷くと、折笠さんは赤ワインのボトルを持ち、私のグラスに注いだ。続いて自分のにも注ぐ。

  折笠さんが向かいでグラスを上げる。慌てて、私もグラスを上げる。

"Santé?"
(乾杯?)

私は小さく問いかける。折笠さんが瞬きした。

"Santé"
(乾杯)

  監禁されているというのに、乾杯をしてこんな豪華な食事を共にするなどおかしなものだ。

  私は静かにポタージュをするる。体に沁みる優しい味。

「口に合うか?」
  折笠さんが聞いた。

「はい。とても美味しいです」
「そうか。あいつの腕前は確かだからな。呼んで正解だった」

  私の家族と使用人たちの遺体が眠る屋敷で、手をかけた張本人は優雅に慣れた手つきでナイフとフォークを使う。
  私はその数日前がまるで悪い夢であったかのように、感情を封印して、その人と暮らしていた。

  何を話そうか、と話題に困る。しかし、心配はなく、折笠さんは、文学、美術、音楽、科学などに通じていて、静かに口を開き、私に話しかける。つい、興味を引き出されて、応じてしまう。自然に食事の時間は済んでいた。


  「さて」

  テーブルナプキンで唇を拭った折笠さんが、私を見据える。そして席を立ち、こちらへ回り込み、私の腕を取った。屋敷の中でも常に彼に手を引かれている。それが、彼の命令の一つだった。

  再び地下室、ではなく、私の部屋へと連れて行かれる。あの日以来ドアが外れたままのあの部屋。

「仕置きをしようか」

  折笠さんが私をベッドへと横たえる。そして上に被さるように膝を曲げて腕を立てた。
  私は抵抗をしない。あの日、抵抗すればどうなるか、ということを嫌という程思い知らされたから。ただ、時間が過ぎるのに任せるだけ。

  するり、と顎に手が添えられる。

「熱っぽいな」
  そして、上からじっと覗きこまれる。

「目も潤んでいる」
  私は何も言わなかった。

「......女の日か?」

  その言葉に、ぱっと顔が火照る。
  私は答えずに、じっとその目を見返した。

「なら。まぁ、いい。仕置きはまたにしよう」

  そう言うと、その人は私の横に寝そべり、私を向こう側に向けた。そして、後ろからぎゅっと抱きしめてくる。

  なぜそんなことをするのだろう。西洋ではこれが普通なのだろうか。その時代、男女の関係はまだ封建的ほうけんてきで、澤田さんにすらそんなことをされたことがなかった。手を重ねるのさえ、社会通念に照らしてはばかられた。

「ゆっくり休め。今だけは全部忘れていい」
  その人の抱擁が強くなる。

  なぜ、そのような言葉をかけるのだろう。忘れたいことを私に植え付けたのはあなたのくせに。
  だけど、体を包み込むその温度が心地よく、気づけば、まどろみ始めていた。


  日中、その人が外に出るときは鎖に繋がれ、地下室に閉じ込められていたが、食事の時、寝る時などは一定の自由を許されていた。また、午後三時頃にはお茶も共にする。
  食堂にクラシック音楽を響かせ、その人が用意したお茶を静かに飲む。一体なぜそんなことをするのかまるでわからなかった。


  それ以外に、許されていた時間は手紙を書く時間だ。これは私からお願いをした。


「手紙?」

その人は最初いぶかし気な顔をした。外への通信手段となるそれを許してもらえないかもしれないという懸念けねんもあった。

「澤田さんへ......」

私がそう口にすると、その人は、すっと窓の外に視線を流した。そしてそのまま言った。

「戦地に届くと思っているのか?」
  彼が聞いた。

「今までもずっと送ってきました。返事もいつももらっています」
「ほう。日本の軍事郵便は大したものだ。恋人同士の心を結んでくれるとは」

  軽く揶揄やゆするような口ぶりだったが、目には興味の色が見て取れた。

「いいだろう。その代わり、中身は俺が最初に検閲する。軍事郵便は各所で検閲されるものだ、構わないだろう?」
  もちろん、そのつもりだった。


  それ以来、時々、手紙の時間が欲しい、というと、鎖を解いて、手を引いて私の部屋の机の前に連れて行かれた。なぜだろう。新しい真っ白な便箋と封筒が常に用意されていた。封緘シールは今まで私がデパートで選んでいた趣向を凝らしたものではなく、少々味気ないものだったけれど。

  初めてその機会が訪れたとき、私は、心底嬉しそうな顔をしたと思う。というのはその人が教えてくれた。

「いい......顔をする。たまに見せろ、その顔」

  彼から返事が届くと、普通に手渡してくれた。おかげで、澤田さんとの手紙のやり取りは今まで通りできた。そして、それが私が生きている唯一の理由だった。

(つづき↓)


ひとこと

  多分他の文学賞には出せないタイプの作品です。さらに折笠のキャラを尖らせればキャラクター文藝にしてしまう手はあるのかな。
  候補になった作品の審査会で、ある審査員作家が「みんな作品が暗い! もっと明るいのを!」と言われたのが印象的だったのですが、ダークにも魅力がありますよね?

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