【歴史総合】日露戦争に至る経緯
日露戦争に至った経緯を確認しておきたいんですけれども、端的に言うと、ロシアの南下政策と日本の朝鮮半島進出がぶつかり合ったことにあります。
ロシアという国はこれまで一貫して南下政策と言う方針をとってきました。 僕の授業でもたびたび言っていますが、ロシアはとにかく寒い国です。どれくらい寒いかと言うと、周辺の海が凍ってしまい、港がまともに使えないほどでした。
そこでロシアは、海が凍らない土地を求めて南へと領土を拡大する外交政策をとってきました。これを南下政策といいます。
日露戦争以前は、ロシアはヨーロッパの地中海に向けて勢力範囲を広げようとしましたが、ヨーロッパ諸国の抵抗によってうまくいきませんでした。
そこでロシアは方針転換をしてアジア方面へ領土を拡大する音を決めました中国の東北部、満州と呼ばれた地域からじわじわと拡大を開始します。
一方、その頃の日本は.列強の帝国主義に倣い植民地を獲得するべく朝鮮半島からアジアに進軍を開始していました。
ロシアと日本が衝突するのは時間の問題でした。
しかもこのときの日本は、「三国干渉」の恨みでロシアのことを敵対視していました。三国干渉とは、日清戦争で勝利した日本が得た遼東半島という地域を、清に返還するようにロシアがフランス・ドイツを誘って日本に要求したというものです。
日本は、「遼東半島を失ったのはロシアのせいだ」ということで、「日本の敵はロシア」という方向に進んでいました。ロシアはロシアで、遼東半島にまで勢力を拡大する日本を警戒していたわけですね。
日本とロシアの衝突は、それまでの経緯を踏まえると起こるべくして起こった、というような見方もできますね。
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