生転対生 3
3話
ずっと何かを忘れている。
幼少期から何もない時間になると頭をかすめる疑問である。
記憶力はいいので忘れるような出来事も後悔もないはずなのだが、ずっとふとした瞬間に忘れてないかと頭をかすめる。
「何を忘れてると思うんだい?」
「それがわからないの」
「人?玩具?宿題?――」
つらつらとあげる内容に違う、違うと答えていく。
「思いついた事全部上げたけどわからないなあ。でも覚えてない事は覚えてないんだから不安に思う事はない。ただ覚えておかないといけない約束なんかはメモして見える所に張っておこうね?」
やる事やっても漠然とした不安はずっと付きまとう。
色々あった。
勝手に侵入したり錫杖を棒にしたりといった行為は婚約という形になり不問となった。
「これは夢?事実!?」パタパタ
「事実だな。……顔がにやけ切ってるけど大丈夫か?」
「だいじょばないかも。……幸せを嚙みしめているわ……」♡
「そうか。落ち着いたら教えてくれ」
「はーい」パタパタ
一夜明けて道玄家の別荘にそのまま泊まることになった私はその後の産石家の当主同士の話し合いの末、正式に婚約することになった。
それまで話し合いの部屋の中で一人姿勢を正しつつも色々悶々と考えていたのだ浮かれちゃうものである。
あとは若い二人でと気を利かせられたのか追い出されたのか客間に案内されたので思いっきり表情が崩れる。
「そうね。まずは大ちゃん家のみそ汁の味を勉ぶべきね」パタパタ
「まだ嫁入りじゃないっての。まあ週2か3で家に来て勉強させるとか言ってたし、あながち間違いじゃないのか?」
もうそれは嫁入りでは?そう言えばおじいちゃんたちにやめるなら今だぞと念入りに念を押されたな。
大ちゃんが「結婚可能年齢になるまで様子見でいいでしょ。それまで結婚できないんだし。それまで付き合ってる事にしとけばいい」との声で有耶無耶になったけど。
「そういえばなんで家が退魔師?って黙ってたの?」ブン
「祓い屋ね。わざわざ教える事でもないし――実際目の当たりにしなければ信じなかっただろう?」
「――確かに!妖怪とか昨日初めて見たわ!大ちゃんの家でも見ないのに!」ピン
実際に見なければ中二病扱いしてただろう。それより前に妖怪っぽいのを見た気がするが確証がないので除外する。
「家にいたら妖怪たちのピークタイムが夜だからうるさくて夜寝れんしからいない。あと今時、妖怪も少なくなってるし、普通は人里から離れて暮らしてるからな。見える人間も減ってるらしいし、うちみたいに妖と縁を持ち続けたり、神職と縁を結んだりと維持する努力の方が大変だし」
「縁?」?
「巡り合わせ、続き柄、因縁、縁起。関係があるから力があるのか、力があるから関係があるのか。鶏が先か、卵が先か。どっちもか。ここら辺は俺にはわからんが先祖代々やってるから力を持ってるんじゃないかなって話」
「じゃあ私と付き合う事は打算だったと?」ビン
「打算だったら勝手に嫁とか言わないよ?嫌だったか?」
「むしろ良かったよ」クネクネ
「ならいいじゃん」
一通り喜びをかみしめた所で何かを忘れている感覚になる。
「何か忘れてるような……?」
「俺は知らん」
いろいろ思い出そうと記憶をひっくり返すとパッと浮かんだのはちーちゃんの顔。
「あ、他の人に付き合ったって報告してもいい?」ユラユラ
「……妖怪云々は信じられないだろうから話さなければ、いいけど」
「見せたら一発じゃない?」?
お茶です。と運んできた明らかに人じゃない姿の妖怪を指して言う。
「目の前にいたら絶対見えるわけじゃないからな。特殊な空間とか特殊な血筋とか無ければ見ることも気配を感じることも無理だし」
「じゃあどう報告すれば……!?」ワナワナ
「告白されたでいいんじゃね?」
「そうする!……大ちゃんは言わないの?」?
「……勝手に広まりそうだし必要性を感じない」
「あ、広めちゃダメだった?」ペタン
「迷惑かからないような範囲でね」
「了解!」クネクネ
喜び勇んでちーちゃんに通話を行う。
「あ、ちーちゃん今、大丈夫?」ユラユラ
『どうしたの?また大悟相手するための作戦会議?なら切るけど?』
「違いますー。ごほん。ご報告があります」ピク
『大したことじゃないなら切るよ』
「実は大ちゃんに告白されて結婚を前提に付き合う事になりました」♡
『……マジ?』
「マジマジ大マジ。ね?大ちゃん?」クネリ
「事実だけど……それ俺の声聞こえてないんじゃないか?」
『聞こえたわよ……。おめでとさん。ヘタレが告白したのもされたのも驚きだけどまあお似合いなんじゃない?』
「そんな認識なの!?」ブン
『お幸せに~』プツッ
「……切られた」ペタン
「そらそうだ」
結局、この日は話し合いを続けていたおじいちゃんの用事が終わってから一緒に帰ることとなった。
「人間万事塞翁が馬。何が起こるかわからんの……」
「ごめんなさい。勝手について行っちゃって。でも後悔はしてないわ」
「後悔するかはこれから次第だろう。いい事だと思うか悪い事だと思うかは心がけ次第なように」
言葉を区切っておじいちゃんは言う。
「ただ、気を付けなさい。良くも悪くも美湖は特別だから、それに今回の件で多くの人に美湖の存在が知られた。人の口に戸は立てられぬ。気を付けなさい」
「特別ね……」ペタン
昨日今日の出来事を思い返し生まれてからずっとある尻尾を見て決心を付けて言う。
「……私、妖怪なの?」ユラ
「……違う。霊力のある人間か偶然なりの条件を満たした人間しか見えない妖怪と違い誰にでも見えてるし、尻尾が生えてるだけの人じゃないか?わしも調べまくったがそうとしか言えん。そうじゃなければ神かもしれん」
「じゃあ人間か――大ちゃんと結婚できるなら問題ないね」ピン
「……不純異性交遊は禁止じゃからな?結婚してからにしなさい」
「そんなことしないもん!」ペシンペシン
「痛い!痛い!尻尾ではたくな!」
「おじいちゃんが悪い!」ペシンペシン
「悪かった。邪推して悪かったから!」
ギャーギャー騒ぎながらの帰り道
「大丈夫!私カワイイ」クネクネ
鏡の前で何度目かのポーズをとる。
うん。おかしなことは何もないはず。
何か忘れてる気がするが持ちモノを確認しても忘れ物はない。
「ねーちゃんまた言ってる~」
「おしゃれして出かけないのかな?」
「今から出かけるから!」
あれから数日経ち、付き合ってから初めての大ちゃんの家への訪問で少し浮かれすぎてた。
反省。
チビ達に行ってきますと告げてから家から飛び出す。
日差しがギラギラと地表を焼く中、出来るだけ木陰を歩くようにして大ちゃんの家へ向かっていると目の前に立ちふさがる黒い影。
「?」?
どこかで見たような人……人?
一瞬見間違えたが、よく見ると人ではなく猿のような顔をして猿のように毛むくじゃらで尻尾の生えた猿だった。
人のように服を着ていてそれなりの大きさだったから勘違いしてしまったようだ。
相手はまじまじと私の顔を見てぶわっと急に涙を浮かべて頭を下げる。
なに!?何事!?
「天界から消えて幾年月。寝ても覚めても夢に現に探しておりました」
知らないのにこの声を知っている。
「私です。お仕えしていた将の一人ようやく見つけることができました。忌々しい天界の連中より早くです」
いや知らない。
その名に聞き覚えはないのに慣れ親しんだかのように言葉が出る。
「馬猴か」
「お久しゅうございます。美猴王様!」
今この瞬間、忘れていた何かに追い付かれた。
