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パンどろぼうと光のキッチン

「パンどろぼうのパン、つくりたい!」

そう言い出す日が、いつか来るんじゃないかと、内心ひやひやしていた。我が家の次男は、保育園の頃から絵本『パンどろぼう』シリーズの大ファンだ。小学校3年生になった今も、本棚の一番いいポジションには作者・柴田ケイコさんのコーナーがある。

絵本に出てくる美味しそうなパンたちをみて、僕も作ってみたいなぁとつぶやいていたのも知っている。だけど、なんとなく聞こえないふりをした。ホットケーキくらいなら、安請け合いもできる。

ただ、相手はパンなのである。

本屋さんに行けば、パンどろぼうのレシピ本があることも知っている。買って帰ったら絶対に喜ぶだろうな、と思ってはみたものの、いざやるとなると、いろいろなことを想像してしまい、いつも書棚にそっと戻していた。パン作りはちょっとハードルが高い。次男には、レシピ本の存在はずっと黙っていた。

でも、今回見つけた『パンどろぼうのせかいいちかんたん子どもとつくるパンレシピ』は、タイトルの通り「子どもとつくる」ための本だった。書店でパラパラとめくってみた瞬間、「あ、これならうちでもできるかも」と、そのままレジに直行した。きっと喜んでくれるに違いない。

帰宅して、次男にチラリと本を見せると、ダッシュで駆け寄ってきた。
「やるやる〜! つくるつくる!」
表紙だけで大興奮である。ページをめくるたびに、「これこれ!」「おいしそう!」と声が出る。作りたいパンに付箋をつけておくといいよと話すと、本はあっという間に付箋だらけになった。

これは……まずい。

母の能力的に、動物の顔のような可愛いものをこしらえる自信がない。背中に嫌な汗をかきながら、ビラビラの付箋をたどっていくと、どうやらパンは3つのレベルに分けられているようだったので、最初のパン作りにはシンプルなやつが良いと説得し、初回は食パンを選んでいただくことにした。

さっそく材料をそろえて、いよいよ初めてのパン作りがスタートした。たまに料理を手伝うことはあっても、きちんと計量するのは、次男にとって初めての作業だ。レシピの見方から、はかりの使い方まで、ひとつずつ教えていかねばならない。自分でやった方が早いし、やっぱりちょっと面倒くさいな、と思うのだけれど、真剣に1グラムとにらめっこしている姿を見て、せっかちな気持ちに封印をした。

キッチンは、おもちゃ箱をひっくり返したみたいにグチャグチャだったけれど、出来上がった初めてのパンは、仲良しのお友達におすそ分けするらしい。食パンの、ほんのひとやま包んで走って行った後ろ姿は、夏の日差しに負けないくらいキラキラしていた。

私の中でも、これでパン作りのハードルが一気に下がった。

生地は、袋の中で材料を混ぜ合わせ、冷蔵庫で8時間ほど発酵させる。ここでどうしても待ち時間が生まれるので、続きはまた明日、と作業の区切りがつけやすく、仕事終わりの平日夜でも問題ないレベルの作業時間。生地を作る日、成形して焼く日と分割できてとても負担が少ない。調子に乗った私は、自ら次男に「次は何を作ろうか」と誘うまでに進化した。

何度かの修行の末、いよいよ次男が選んだのは、本の中でも「むずかしい」に分類されている「大きなレーズンロール」だ。レーズンをのせた生地を棒状に切って、ぐるぐると渦巻き状に巻きつけて成形していく作業が、これまでよりぐっと難しそうである。

まずは、いつも通りの生地作り。
今ではすっかり慣れた様子で計量を進めている。手際よく袋に材料を入れ、フリフリと粉を混ぜ合わせて、上手にこねる。よしよし、生地までは、とてもスムーズだ。

問題は、ここから。

翌日、いよいよ成形に取りかか……むぅずかしぃぃぃいいいい!!
作業そのものが難しいわけじゃないのに、細長くきった生地を手に取るだけで、びろーんと伸びすぎたり、運ぶ道中でレーズンがいつの間にか逃走したり。ベタベタの手で2人ぎゃぁぎゃあ騒ぎながら、なんとか巻きつけた。

しかも、思ったより大きい。子どもの顔ほどある大きな渦巻きだ。

迫力があると、ちょっとくらい形がいびつでも様になるから不思議なものである。なんとも言えない達成感に親子で顔を見合わせてにんまりとした。

甘くて香ばしい香りと共に、光が差し込むキッチンでゆっくりと時間が過ぎるのを待つ。焼き上がった大きなレーズンパンは、切り分けて家族4人で頬張った。

「うまっ! これ、まだおかわりある?」

弟には厳しいお兄ちゃんも、今回のパンには大満足の様子だ。その言葉に、家族みんなの心がほっかほかになる。ちょっと大変だったけど、このレーズンパンはまた作ろうね、と次男と約束して、ひとまずの締めくくり。ちょうど最初に買った粉の袋が空っぽになったところだ。

ところで、どうしてか次男は、強力粉のことを、ずっと「りょうりきこ」と言っていたのだが、今では珍しくなってきた言い間違いが可愛いので、しばらく黙っておこうと思う。


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