堅あげポテトは、じゃがいも塩せんべいである
堅あげポテトを食べていると、ある瞬間に気づく。
これは本当にポテトチップスなのか。
いや、違うのではないか。
たしかに原材料はじゃがいもである。袋にもポテトチップスと書いてある。売り場もポテチの棚だ。だから社会的にはポテトチップスとして扱われている。
しかし、口の中で起きている現象は、かなりせんべいに近い。
普通のポテチは「パリッ」で終わる。薄く、軽く、はかない。食べた瞬間に壊れて、油と塩とじゃがいもの風味だけを残して消えていく。
一方、堅あげポテトは違う。
「ガリッ」 「ボリッ」 「バキッ」
歯に抵抗してくる。こちらに咀嚼を要求してくる。食べる側も、ただ口に運ぶだけでは済まされない。ちゃんと奥歯で迎え撃たなければならない。
この時点で、堅あげポテトはすでにポテチ界から少し越境している。
さらに重要なのは塩である。
堅あげポテトには、たまに妙に塩が偏っている個体がいる。表面に塩が固まり、そこを噛んだ瞬間、舌と歯に強烈な刺激が走る。
あれは、もはや味付けではない。
塩の結晶破壊である。
甘さの世界で言えば、氷砂糖を直で噛み砕く快感に近い。上品な甘味ではなく、結晶そのものを破壊する快感。堅あげポテトは、その塩味版をやっている。
だから、堅あげポテトは「じゃがいも塩せんべい」と呼びたい。
これは単なる悪ふざけではない。かなり正確な分類である。
せんべいの魅力は、味だけではない。硬さ、音、歯ごたえ、塩気、噛み砕く達成感。そういうものが合わさって成立している。
堅あげポテトも同じだ。
じゃがいもでできているが、精神はせんべい側にある。洋風スナックの顔をして売り場に並びながら、中身はかなり米菓に近い。
ポテチ界から見れば異端児。 せんべい界から見れば、芋で来た親戚。
堅あげポテトは、ポテトチップスとせんべいの県境で、ずっと職務質問されている菓子なのだ。
そして、その曖昧さこそが魅力である。
軽すぎない。 上品すぎない。 均一すぎない。
噛むと痛い。塩が強い。たまに口の中で暴れる。
しかし、それがいい。
人間はたぶん、硬いものを噛み砕くことに、どこか原始的な快感を持っている。木の実を割る。骨を噛む。鉱石を砕く。そこまで言うと大げさだが、堅あげポテトには少しだけその気配がある。
袋を開けるたび、現代人は小さな採掘現場に入る。
そして奥歯で、じゃがいもと塩の地層を砕く。
堅あげポテト。
それはポテチではある。
しかし同時に、じゃがいも塩せんべいでもある。
ポテチからせんべいへ。
その越境の途中に、あのガリッという幸福がある。
