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ハードオフめぐりの愉悦、そして4444円の大あたりギターとの出会い

入魂の7月5日(土)DOMA 八王子でのライブまであとわずか。準備万端なので、ぜひに見に来てほしい。お気軽に。

普段は在宅フリーランスなので、締切に追われている時期以外は割とスケジュールの融通が効く。5月、6月仕事が凪いでいた。この先の収入が激しく心配。お金のかかる遊びはできないので、暇すぎる時はもっぱら原付で近所をブラブラしている。少し離れたショッピングモールに行って涼しい館内を2〜3周したり、あちこちのブックオフをめぐって馴染みのないジャンルの棚に並ぶ本の背表紙を眺めたり。

昭和のコピーライターたちは、街を散歩しながらアイデアが降りてくるのを待っていたという話を聞いたことがある。私のブラブラも、たぶんそんなようなもの。そんなようなものってことにしておかないと、単なる不審者なので、深く追求しないでほしい。

そんななか、いつしかハードオフめぐりが趣味になっていた。お目当ては中古楽器。わが家からの最寄り店にして楽器の品揃えで有名な八王子大和田店を筆頭に、他に7〜8店をパトロールしている(←じゅうぶん不審者)。弾き語りの他に、ロックバンド、サンバの打楽器隊、パソコンを使った自宅録音など、いろいろと興味があるので、店内の楽器コーナーはほぼ全部見る。買うつもりはないのに。

前のオーナーがどんな人物で、目の前の楽器はどんな場所で奏でられ、なぜハードオフに並ぶに至ったのか、ストーリーを想像するのが楽しい。また、料金表示カードに添えられている楽器解説も興味深い。「ギブソンの人気モデルを再現した『らしさ』満点の一本。ジャンルを問わず使えます」「フォークブーム全盛の70年代に作られたエントリーモデル。トップ材は〇〇、サイドとバックは〇〇でしっかりした作り」などなど。あれはだれが書いているのだろう。楽器愛と表現力の高さが融合した一流の文章。特徴の捉え方や、楽器ひとつ一つに違う文章を書く労力とセンスに脱帽させられる。どのお店も文章がうまく、読むために店内をブラブラしている、まである。

だいぶ前だけど「レインスティック」という効果音楽器にこんな解説が添えられていた。これは笑った。

八王子大和田店は、いつの間にか「楽器に触れる際は店員にお声がけください」というルールになっていた。前は、比較的自由に楽器に触れることができたので、陳列されているアコギを手に取って音を弾き比べても咎められることはなかったが、いまはそれが許されない雰囲気である。

でも、他のハードオフならまだ大丈夫。買うつもりはないので、なんでもかんでも片っ端から試奏するわけではないし、そもそも高額品にベタベタと触れるつもりはないのだが、眺めていて「目が合った!」と感じた手ごろな値段のアコギはつい音を出してみたくなる。

いまのメインギター・鈴木バイオリンのW-500とも、そんな成り行きでかつての八王子大和田店で出会った。30000円で購入。手ごろな値段ながら、ものすごく自分好みのサウンドで鳴ってくれる。この楽器と出会ってなかったら、弾き語りはやってなかったかもしれない。

本番で楽器トラブルがあったときのために1年前に用意したサブギターは、これまたハードオフで出会ったモラレスの廉価タイプジャンクコーナーから発掘し、自分でメンテナンスしてほどほどのコンディションまで復活させた。だが、弾き語り活動を始めてから本番でサブギターの出番はななかった。つまりメインギターにトラブルが起こらなかったということ。ライブではサブギターの出番がないことがベストだったりもするので少し複雑な存在だ。

そんななか、つい先日、ハードオフめぐり中に出会ってしまった。メイン楽器と同じ、鈴木バイオリンのスリーエスシリーズが4444円で売られていた。トップに目立つ打痕があり、ヘッドに塗装浮きがあるので、お世辞にも美品とはいえないが、あまりにも安い。本当に、軽い気持ちで、興味本位で、出来心で、ギタースタンドから取り出して抱えてみる。まず、ネックの握りが自分好み。メインギターと同じメーカーの同じく年代のギターなので、当たり前と言えば当たり前。ボディの大きさに関しても同じ感覚。

こそこそとチューニングして音を出してみると。古い弦なのに、想像以上にサウンドがの粒立ちが良くて「これ、弦を張り替えたらすごいかも」と胸がときめいた。値段的にも買えちゃうし。

でも、家に帰ればサブギターはあるので、どうしても必要なものではない。そして買って帰っても置く場所がない。もしも買うなら、家にあるサブギターを手放して、置き場所を確保するしかない。などなど店内で葛藤したのち「一度冷静になって考えよう」と、ひとまず帰路に着いた。

家も狭いし慢性的に金欠。それゆえ安物ギター1本の入手にもかなり悩む。大袈裟だとも思われそうだが、新たなギターを招き、手元にあるギターを手放すのは、保護猫を引き取ったり送り出したりするほどではないにしても、それなりに情緒が揺さぶられる。

それから1週間ほど。「あの4444円ギターはまだ売っているだろうか」「あのギターがこの先も誰にも弾かれないなのは不憫だな」「いま手元にあるサブギターも、誰か別のオーナーの手に渡った方が出番があるかもしれないな」といった思考が頭の中でグルグル。

そんなある日、妻との雑談中にこのことを話したところ「その楽器とは縁があるんだろうから買えば?」となんともうれしい言葉。妻も琉球歌三線の音楽活動をしていて、つい最近念願だった一本を入手したので、楽器との出会いに関しては思うところがあったようだ。そんな風に背中を押してもらう格好で、前のモラレス製サブギターを手放し、入れ替わりで鈴木バイオリン・スリーエスの型番AE -25というギターを入手しました。

家に帰って、早速弦を張り替えてみたら……キラキラキラリンないい音! いわゆる「鈴鳴り」系の爽やかな音で、密かに欲しかったタイプのサウンド。ただメインギターに比べると低音域が弱いかな。とはいえ、これは「あたり」のギターだ。

いや、きっと世の中にはもっといいギターはあるんだろうけど、それを言い出したらキリがない。「この値段で」とか「運命を感じて手に取ってみたら」みたいな部分で感動があった、という意味での個人的な「あたり」。

おそらく1970年代後半製造のギター、型番が25なので定価はたぶん25000円。でも、時を経て生き残っているのは、作りが頑丈なのと、前のオーナーから大事に扱われていた証拠。すなわち音楽愛を浴びて生き延びた個体だというのが、中古楽器についてのわが持論。70年代生まれの自分と同じ時代に作られた楽器だと思うと親近感がわく。

ジャパンヴィンテージのカテゴリーに入る70年代の国産ギターたちは、いまほど高値になっていない良質な材料と、海外製ギターを模倣しつつ追い越そうとする高い技術が共存していると考えられるので、「あたり」を引けば値段以上の音で鳴ってくれる。「メーカーさんのことを考えて新品買えよ」とは思うけれど。

ピックアップをつけて、EQでローブーストするなんて手もあるかも。トラブルが起きたときの「控え」にしておくのはもったいないので、曲によってはメインと持ち変えることも考えられる。メインのギターよりもネックコンディションがいいので弦高も自然で、何気に弾きやすい。

じゃあ、メインギターをこっちにするか? とも一瞬考えた。でも、自分の声質との相性や、ガツガツゴリゴリしたプレースタイルのことを考えると、やっぱりメインギターは据え置き。いま演奏している曲や、自分の音楽性にはメインギターのサウンドのほうが座りがいい。

でも、キラキラサウンドの鈴鳴りサブギターを弾き込めば、これまでとは違った雰囲気の曲を作れそうな気もする。楽器を変えれば、自分の中に眠っている音楽を掘り起こせるのかもしれない……と考えると、それはそれでワクワクする。この気づきだけですでに4444円以上の価値。VIVA、ハードオフめぐり。すばらしい出会いにありがとう!

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