5【情報弱者ではいけなかった】元々
バカなのと誰も勉強を教えてもらえなかったのや塾にもいけなかったので、高校は専願で偏差値42の高校を受けて落ちたら働くと決めていたのですがグレてなかったので普通に学校に行ってある程度提出物も出していたら内申点でなんとか合格出来たみたいでした。
それと高校は両親がいないと無償で通えたと記憶しています。
高校は義務教育ではないので、母がいたら直ぐに退学になっていたでしょう。
直ぐにバイトを始めました初めて自分で稼いで迷惑をかけずに使えるお金はとても嬉しかったです。
やはりあまり頭の良い学校ではなかったので悪い友達も出来、バイクにのったりカラオケにいったりと無駄にお金を使っていました。
ここでお金を貯めていたらと、この時の自分をシバイ(殴る)てやりたいです。
卒業前自分次第でお金を稼げる仕事がいいと思っていたのでやはり
手に職だと思いました。
なら建築系、料理人、理美容師この3択に絞りました。でも本当は建築も料理も幾つも種類があるのが分かっていませんでした。
噂で建築も料理もとても厳しいと聞いていたので理美容師だなとなりました。
じゃあ理容師、美容師どっちにするかとなれば
そりゃーモテそうな美容師でしょーと言うふうに決めました笑
なので卒業したら美容師になりたかったのですがお金が無かったのでその時は諦めました(今なら奨学金があるのですが情報も相談も出来なかったです、あと通信と言って働きながらたまにスクーリングと言って学校に行きながら資格をとると言う選択肢もありました)。
その当時は商業科は卒業したら働くのが通例でしたので中小企業に就職しました。
しかしその職場が溶接の仕事でした。
溶接とは鉄と鉄をくっ付けるあの火花を散らせながらお面をつけて作業する仕事でしたあのお面はサングラスの様な役割があり目が火傷しない様にとても暗いのです。
そして思いました俺はこの先ずっとこのお面を付けて暗い中作業するのかと思うと、美容師を目指していたギャップで嫌になってしまい辞めてしまいます。
いまでは解りますが溶接自体とても専門性の高い職業で僕がやっていたのはティグ溶接と言われる更に専門性の高い分野でした。
その人達が活躍する部門はそれは凄い技術力に支えられてると知り、極めてみたかったとも今となっては思っています。その会社には本当に申し訳なかったと思っています。
