嫉妬か、虚像か、それでも湧いてくる。ジェラシーマネジメント#78
前回のnoteにコメントをいただいた。
「人の話の半分は作り話」
「人は、嫉妬されるのが嬉しくて、見栄を張る生き物だ」
仰る通り、確かにそうかもしれない。
正直、わかってた気もする。
なのに、わかっていても、羨ましいって思ってしまう。
実際のところ、人の本当の姿なんて見てるわけじゃない。
だけど、その虚像かもしれない何かに、勝手に嫉妬する。
このよくわからないのに湧いてくるところに、嫉妬という感情の面白さがあるんじゃないかと、最近よく思う。
だから、こうして100日チャレンジに挑んでるのかもしれない。
自分の中に生まれる感情を、どう調理するか。
その試みの途中だ。
今日も、仕事やSNSで、また嫉妬する自分がいる。
羨ましさの奥に、憧れたい自分と、囚われている自分と、冷静に眺める自分が同居してる。
ここまで書き留めていた後、仕事で不思議な人と会った。
大変そうな仕事をしているのに、そんな素ぶりは全くない。
話すときの表情も、やたら明るい。
気になって、質問した。
「大変じゃないですか?そのモチベーションは?」
返ってきたのは、あっさりとした一言。
「これが好きなんで!」
漫画みたいにニパーッと笑ってた。
ああいう笑顔、ほんとにあるんだなと思った。
さらに、「なんでそこまで?」と聞いたら、
「保護猫のために働いてます!」とシンプルに返ってきた。
ペットに興味はないけど、そのシンプルな“軸”が羨ましくも思えた。
いや、あれはもう、嫉妬を突き抜けた感じだった。
捨てる神あればじゃないけど、
シンプルに突き抜けてる人には、こっちのザラつきなんて入り込む余地がない。
自分にはまだ、その感覚はない。
いや、気づいていないだけであるかも。
だから、嫉妬して、書き出して、
ぐるぐる考えて、また書いて。
羨ましさごと自分の燃料にするため、見つかるまで続けるしかない。
#嫉妬の置き場所 #虚像と現実 #ジェラシーマネジメント #嫉妬進化論 #シンプルな軸 #100日チャレンジ
