“子どもの問題”って、大人が作っていないか。考え直したいと思う。
教育現場で働いていると、
・問題行動
・不登校
・ルールを守れない
そんな言葉をよく耳にする。
でも、
「子どもの問題って、本当に子どもが作っているのかな?」と思う。
例えば、不登校について。
学校に行かないことが“問題”になるのは、
“子どもは学校に通うもの”
という前提があるからなのかもしれない。
もし、フリースクールや家庭学習、
その他の教育機関など、
いろいろな学び方が当たり前になって、
“学校に行かなくても自分に合った場所で学べる”
という社会になれば、
“不登校”という言葉の意味も
変わってくるかもしれない。
もちろん、
学校に行きたいのに行けなくて苦しんでいる
子どもへの支援は絶対に必要だ。
でも、
“学校に行かない=問題”
と最初から決めてしまっていいとは思わない。
校則についても、同じように思うことがある。
例えば、自分の学校にも
・帰宅するときに寄り道をしてはいけない
・靴下の色が決められていてワンポイントも禁止
・肌着の色も指定 など
たくさんの校則がある。
もちろん、
命や人権を守るために必要なルールはある。
そこは大人が責任を持ち、
最後まで守らなければいけない。
でも、大人が決めたルールを守れなかったとき、
「どうして守れないの?」
と子どもを問題視するだけでいいのだろうか。
ルールを破る
↓
注意される
↓
監視される
↓
また注意される
↓
そして、学校が嫌になる
そんな循環を、
大人が作ってしまっていることはないだろうか。
だから自分は、
「子どもを変える前に、そのルールは本当に必要なのかを考えたい。」
と思っている。
子どもたちと対話をして、
「どうしてこのルールがあるんだろう?」
「本当に必要かな?」
「どうしたらみんなが安心して過ごせるかな?」
そんな対話をして、一緒に考えてみる。
そうすれば、子どもたちは
“ルールを守らされる側”ではなく、
“自分の学校を一緒につくる側”になれると思う。
まずは大人が問い直しをして、
・これは本当に必要?
・子どもたちのためになっている?
・子どもたちと一緒に考えられないのか?
そうやって、
大人と子どもが一緒に学校をつくっていけば、
“子どもの問題“と呼ばれているものも、
少しずつ減っていくのかもしれない。
そんなことを、最近は考えている。
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