話すことがゆっくりな先生として、生きていく
私は、話すことが少しゆっくりな先生です。
言葉が詰まるときもあります。
吃音という特性をもって生きてきて、生徒の前に立つようになってからも、うまく言葉が出ない瞬間に戸惑うことが何度もありました。
でも、子どもたちは意外なほど、やさしい目で見てくれます。
私が言葉を探している間、静かに待ってくれる子もいれば、笑顔でうなずいてくれる子もいます。
その時間の中で、私は「話す」よりも大切なものがあると感じるようになりました。
それは、“伝えようとする気持ち”と、“待つあたたかさ”です。
うまく話せないことを、ずっとコンプレックスに思っていました。
でも今は、吃音とともに生きてきたからこそ、
子どもたちの小さな変化や不安に、気づけるようになった気がします。
話すことがゆっくりでも、ちゃんと伝わる。
そのことを、教室で日々の中で感じています。
吃音は、私にたくさんの時間をくれました。
言葉が出るまでの「間」の時間に、
相手の表情を見て、心を感じることを教えてくれました。
まだまだ悩みは尽きませんが、このnoteでは、そんな日々の小さな気づきや、吃音とともに歩いてきた先生としての想いを、
ゆっくり綴っていきたいと思います。
話すことに悩んでいる人、そして子どもたちを支える人たちに、そっと寄り添えるような言葉を届けられたら嬉しいです。
#吃音 #先生のnote #特別支援教育 #ことばのぬくもり #ゆっくり生きる #エッセイ
