「明日もまたここに来たい!」子どもたちと何度も叫んだ香川県と直島の旅②
①を読んでくださった皆様ありがとうございました。
そして最初の頃に読んでくださった皆様申し訳ありません。
②③で使用する予定の写真や書きかけの文章が最後の方に残っておりました。みつけて真っ青になりました!今は消去しております。
本当にすみませんでしたっ!
高松琴平電気電鉄(ことでん)に乗る
さて香川県に来て3日目の朝です。
今回は2泊3日の旅で、
大学生の子ども2人ときました。(夫も誘ったんですが「平日は無理だなー」って言われてしまいました。でも私たちが旅行計画中「楽しそうだねえ~」ってちょっと寂しそうに(わたしにはそうみえた(笑))のぞきにきたりして。夫は今回行かなかったこと絶対後悔したんじゃないかなあ)
初日と2日目のことは下記のnoteになります。
あわせて読んでいただけましたら幸いです!
今日の予定は朝がゆをいただきにいくことから始まります!
おかゆとか若者は喜ぶのか?
こどもたちに「えーおかゆ~?」とか言われてしまうだろうかと心配になりましたが、息子も娘も思いのほか大喜びでわあい行きたい行きたい!と言ってくれたのでほっとしました。
高松市内にある栗林公園のなかのお店で朝7時から朝がゆが食べれると知り、食べてみたいと思い、東京にて電話で9時に予約をしてありました。

琴平から栗林公園までは電車で約1時間かかります。
高松市を拠点にして宿泊施設も高松市にすればもっと朝ものんびりしていられたのですが、最初の計画ではこんぴらさんに行く予定にしていたため琴平に泊まることに。
そのためホテルのチェックインは6時50分。
こどもたちはかなり眠そうでした。

でも琴平に泊まったおかげでこの高松琴平電気電鉄(ことでん)にも乗ることができたのです。だからよかったよねー!とこどもたちとも話しました。

ことでんいるか?のイルカの「ことちゃん」
ことでんのキャラクターの「ことちゃん」をいろいろなところでみかけました。

ことちゃんかわいいー!と娘ともりあがりました。
ことちゃんというこのイルカがキャラクターになった経緯もすごく面白くて笑ってしまったのですが(「ことでんはいるか?いらないか?」という議論がなされうまれたイルカさんとのこと!あはは、ひどい~。)昨日行った仏生山温泉で見たポスターがまたおもしろく、ことちゃんのことがずっと気になっていました。

駅の職員の方々が、制服のままお風呂に入り、その横でことちゃんの着ぐるみが一緒につかっているという、ありえない状況のポスターに目がくぎづけに。(笑)
他にも、ことちゃんはいろんな媒体で起用され(しかもちょっとふざけている感じのものも多くみられたように感じたのは気のせいでしょうか(笑))そのことに気づいて以来、娘とことちゃん探しに夢中になりました。

こんなnoteを書かれている方をみつけました!
やっぱりことでん、面白い!!(笑)
特別名勝 栗林公園
栗林公園駅から公園に向かう途中こんな看板をみつけて。
ねえねえ見て!四国に来たんだねえ!
改めて感激!


栗林公園の平庭部の広さは、東京ドーム3.5個分にあたる約16.2ヘクタール。これだけでも大名庭園の中では最大級ですが、背景となっている紫雲山を含めた面積は、なんと東京ドーム16個分の約75ヘクタールにも及び、文化財に指定された庭園の中では日本一の大きさを誇ります。(下記サイトより)

1640年頃には「栗林」の名がすでに使われており、それから現在まで「栗林」の名が引き継がれてきました。「栗林(りつりん)」とありますが、庭園は造られた当初から松で構成されています。一説によると、栗の木が群生していたとか、種類に限らず木が生い茂った里山のことを中国では「栗林」と呼ぶなど、名前の由来には諸説あるようです(下記サイト内コラムより)
「お庭の国宝」ともいえる「特別名勝」に指定されている庭園は全国で24箇所ありますが、うち13箇所は京都にあり、そのほとんどが一定の視点からの眺めを追求した「座観式」です。
一方、栗林公園の作庭様式は、江戸時代に花開いた「池泉回遊式」と呼ばれるもので、広大な敷地に池泉や築山などを配し、園内を散策しながら移りゆく景観を楽しみます。その多彩さは、一歩歩くごとに風景が変わる「一歩一景」の魅力があるといわれています。
また、栗林公園は、フランスの旅行ガイドブック『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』において、「わざわざ旅行する価値がある」を意味する最高評価の三つ星に選ばれています。(平成21(2009)年 3月に初掲載。) また、アメリカの日本庭園専門誌による「2011年日本庭園ランキング」においても、庭そのものの質の高さ、とりわけ松の美しさが評価され、第3位にランクされており、さらには平成28(2016)年6月に、「外国人に人気の観光スポット2016」で15位に選ばれています。
紫雲山を背景に六つの池と十三の築山が配されています。
様々な樹木や花を含め春夏秋冬の折々に豊かな自然をみせてくれます。

朝がゆの予約は7時から可能でしたが電車の時間なども考えると私たちは9時に予約。だけど7時から予約が可能だなんて公園の開園時間が7時からなのかな?はやくからすごいなあとと驚きました。
しかし調べてみると開園時間は7時からどころか
なんと「ほぼ日の出から日没まで」ということで、もっと早い時間の時もあるのだと知り驚きました。
というのも、日の出が早い季節などは朝5時半開園なんて時もあるのです!
私たちが訪れた12月は7時から17時までが開園時間でしたが、4月や5月などは5時30分から18時30分まで。7月8月は5時30分から19時まで。10月は6時から17時30分まで!設定もそれぞれの季節に忠実なのです。
本当に「ほぼ日の出から日没まで」の開園時間!
また、元旦と開園記念日(3月16日)は入場料無料なのだとか!元旦休みじゃないんだ!しかも無料だなんて!
「碁石茶」の茶粥と香川県のお雑煮
朝がゆは庭園内にある「花園亭」というお店で食べれます。

前にAさんに聞いていた「あんこもちが入った白味噌のお雑煮」がこのお店にも冬だけのメニューにあると知り、わあ!食べてみたい!と思いました。

家族円満の願いをこめて輪切りにした大根や金時人参などを入れるとのこと。このお雑煮の歴史的な背景が農林水産省のサイトにあったので下記に抜粋いたします。
江戸時代、温暖で雨の少ない気候である香川県では、殖産振興の一つとしてサトウキビ栽培が推奨された。讃岐地方の白砂糖は色が白くてくちどけがよいことから、綿や塩と並んで「讃岐三白」として特産品の代表となった。当時砂糖は貴重品で、一般家庭では普段口にすることができなかったが、明治時代あたりから、年に一度とっておきの砂糖を使った正月の特別な料理として、雑煮に取り入れるようになったのが「あんもち雑煮」のはじまりといわれている。雑煮に使う白味噌は、保元の乱に敗れ讃岐地方の流された崇徳上皇のもとへ、京都から往来する人々によって伝えられたとされており、冬場の調味料として多くの料理に使われ重宝されてきた。
あんこ餅はふつうのあんこ餅。それを煮たものがお椀に2つ入っていました。
娘が「焼かないんだねえ」と驚きます。
「汁は出汁の味もあるし甘ーいってわけじゃないんだね。普通においしい!」などといいながら食べていました。
本当にこんなお雑煮があるんだなあ!
甘いお餅が入っている「お雑煮」は日本全国でみても香川県だけということを、以前観た東京上野での「和食」の展示で知り、一度は食べてみたい!なんて思っていたので今回その経験ができたことは本当にうれしかったです!
このお雑煮は栗林公園内の他の茶店などでもメニューとしてとりあつかっているようでした。帰ってきてからAさんにもこのことを伝えると「えー。あのお雑煮を食べられるところなんてあるんだねえ!」と驚いていました。
錦鯉の種類を知る
錦鯉がたっくさんいました!


栗林公園敷地内にある建築をめぐる
ここでは観てみたい建築がいくつかあり、
栗林公園へはそんな目的もあって今回訪れました。
まずは掬月亭へ。



どこからみても正面として見ることが出来る「四方正面造り」で視界をさえぎる戸袋がないということをLIXIL eye(「明日もまたここに来たい!子どもたちと何度も叫んだ香川県と直島の旅①」にリンク先を載せています。ご参照ください)で読んでいたため確認できたことを嬉しく思いました。
美しい庭や池を効果的に鑑賞できるように戸袋を1つに集約している。128枚もの雨戸が多々物の四隅に設けた「戸廻し棒」を支店に90度方向転換し、するすると収まっていく。朝夕には雨戸を開閉する軽快な音が響く。
そんな造りになっているとは!
公園内には香川県商工奨励館という建物もあり、
その建築も観に行きます。



この建物に隣接している栗林公園讃岐民芸館へも。
こちらは山本忠司設計によるものです。
今回香川県の建築を調べた時にはじめて山本忠司氏の存在を知りました。
この建築家については他の建築でまた記載してみたいと思います。
香川県の伝統工芸品としての高松張子が飾られていました。


園内を歩きながら鳥との出会いもありました。


高松市内の建築をめぐる
さてこの後は高松市内にある建築をいくつか見たいのだとこどもたちに伝えると、歩いてもいけるけどバスに乗ると少し早いし、そのバスがすぐそこのバス停に2分後にくるよ。と次男。わあい!じゃあそれに乗って行こう!スマホでサッと調べてくれるあたりが若者だなあ!ありがたい!

香川県庁舎東館に行きます。
あれ?閉まってる?
そうか!今日は土曜日!
入れませんでした。ああ残念!

ここは丹下健三設計で猪熊弦一郎による陶板壁画もみれるとあって今回一番楽しみにしていた建築でした。

丸亀市には猪熊弦一郎の美術館があり、そこにも是非いってみたかったのですが、時間がないとなりあえなく計画からはずしてしまったため、庁舎でこの作品をみれることが出来たのは本当にうれしく思いました。
わたしにとって猪熊弦一郎といえば上野駅と三越の包装紙です。

幼かった私と姉はたびたび大宮にある叔父の家に行くことがありました。そこで3人の従妹たちに遊んでもらえるのを楽しみにしていました。
二人で大宮の叔父の家に向かう時この絵をいつも目にしました。
小学生だった姉は私の事や乗車代などのことで必死だったかと思うのですが私はのんきに姉の手をにぎりながらいつもこの絵をみることを楽しみにしていたのでした。なぜかこの絵をみるとこころがワクワクドキドキとしたものです。このタイトルにある「自由」を子ども心に感じたからなのでしょうか。
今回この絵を調べながらこんな記載をみつけました。「上野駅の壁画について」というタイトルで1952年2月号「美術手帖」に猪熊弦一郎氏が寄稿したものの一部です。
上野駅というところは、東京の中で一番気の毒で不幸せな世相を反映して、家のない浮浪者、身寄りのない引揚者、墜落していく子女といった人達の暗い世界をそのまま見せているようです。目にふれる壁画の新鮮で明るい色彩や単純な形によって、毎日この駅を通る大勢の人たちの生活に、希望と喜びを与えたいと考えながら着手したのです。題は「自由」ということにしました。
背景にある時代を感じさせます。
1951年は第二次大戦終戦から6年後で、ここは東北方面からの鉄道の終点駅でもありました。私は1969年生まれですが子どもの頃ホームで大きな大きな箱のようなものを背中にかつぐ行商の女性をよくみかけたものです。集団就職のために若者がこの駅をめざしてきていたのもこの頃のようで、
そんな人々が東京に来て希望をみいだせるように願いをこめて描かれた壁画だったのかと思いました。改めてじっくりと想いを馳せて観たくなるのでした。
また三越の包装紙。
もう我が家のこどもたちなどは「知らない」デザインになってしまいましたが、私などは三越といえばいまでもこのデザインを思い出します。

今回見学した香川県庁舎の氏の壁画にも、このような「切り抜き柄」のようなものがあり、興味深く思いました。
この包装紙の図案がうまれた背景についてこんな記事をみつけました。
「華ひらく」のモチーフが生まれたきっかけはふたつの石でした。猪熊氏が千葉の犬吠埼を散策中、海岸で波に洗われる石を見て「波にもまけずに頑固で強く」「自然の作る造形の美しさ」をテーマにしようと考えたことが始まりです。戦後、これからの時代は包装紙も自分をアピールするような強いものでなければならないとの理由から、鮮やかな朱一色の「スキャパレリレッド」が用いられました。そして当時三越宣伝部の社員で後に漫画家となるやなせたかし氏により「mitsukoshi」の筆記体が書き入れられました。こうして完成した「華ひらく」はその作品名にふさわしく、商品を包むと花がひらいたようにパッと雰囲気を華やかにさせ、多くの人へ笑顔を運んでいます。
そうなんですよね、この包装紙はあのやなせたかし氏と一緒にできあがっているということもずっと以前に知り(やなせ氏がデザイナーだったこともその時驚きました)驚いたことがあります。
お二人とも四国のご出身というのは偶然かと思いますが、それを知った時は、えーそうなんだー!と、ちょっとびっくりしました。
この作品は2019年度に「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」を受賞しています。
この香川県庁舎の建築を見てみたい!と思った時に、偶然にもユニクロの冊子「LifeWear magazine」でも香川が取り上げられていると知りました。
まさにこの場所が撮影現場になっているページがあり興奮!

LifeWear magazineの中にこの建物についての記載がありました。
丹下健三が建築を手がけ、1958年の竣工以来、香川のシンボルであり続ける。当時知事を務めた金子正則が、中学の先輩であった香川県出身の画家、猪熊弦一郎の紹介で丹下と出会ったことに端を発して設計され、2022年には国の重要文化財に指定された。壁画「和敬清寂」は猪熊の作品で、ロビーのベンチや木製クロークなどは先述の桜製作所が手がけており、「普段使いの文化財」として、今日も人の集いの場となっている。
そう!ここにも記載のある元知事・金子正則氏のことが、今回とても興味深く思えております。猪熊弦一郎、丹下健三、イサムノグチ、流政之、山本忠司などと交流を持ち、香川で活躍の場を提供。香川県や直島がどうしてこのような建築王国・アート王国になったのかということにつながる人物なのです!
この日は中に入れなかったのですが、外側からのぞき、よくよく目をこらすと、どうやらこの官庁の建築が出来た経緯などが詳しく紹介されているようでした。建築模型なども見え、うわあ、入りたかったー!と残念な気持ちがさらに強く。ここに土曜日に来るという設定にしてしまった自分の落ち度を悔やみました。


この建築についてはさらに興味深いことを知っていくことになります。
「直島誕生」(秋元雄史著)にて金子知事の当時の考え方を読みました。
金子正則氏は、日本の伝統建築としての桂離宮のすばらしさを伝えた建築家であり都市計画家であったブルーノ・タウトによる「日本美の再発見」などを読み、「日本的とはなにか」ということを考えていきます。
そして建築家たちは「日本の伝統県建築とモダニズム」の融合を課題とし、その試みとしてこの香川県庁舎につなげていったというのです。
丹下健三氏は柱と梁からなる日本建築の構造に着目。木造架構を鉄筋コンクリートで表現するという方法を取り入れ、西洋由来のモダニズムに日本らしさをにじませました。(BRUTUS 建築を楽しむ教科書より)
「日本的とはなにか」
この想いが後の直島へつながっていくのですが、このテーマは今もなお続く興味深い大きなテーマだと感じています。
直島ではさらに、
この秋元氏の著作の中でも述べられている「世界とはどういうところか」ということに広がり、ますます興味深くなっていきます。
こどもたちとも旅の間中、また帰ってきてからもそのことをテーマに意見を交わしています。
しかしいまだに着地点はなく、またその着地点がないことにワクワクしながら考えていることを伝えあい話が尽きません。
「世界とはどういうところか」
このキーワードはすごくおもしろい!と感じています。
山本容子さんのホスピタルアート
高松市で行ってみたかったところとして、山本容子さんの作品がありました。この作品は高松赤十字病院にあり、この香川県庁舎のすぐ隣にある建物でした。こどもたちは病院の中なのに入っていいの?と心配したため、それもそうだと私も心配になってきました。でもここまできてどうしてもみてみたく、本当にこの作品だけ!とお邪魔させていただきました。(すみません)

約2.2m×約6.4m アクリル画
平成25年12月、この場所で入院患者さんとお見舞いの方との心通わすシーンを見て、山本容子さんはフランシス・ブーランク作曲「愛の小径」の歌詞の一部「海へと向かう小径には」を思い浮かばれました。壁画には、隣の香川庁舎21階の展望室から見た瀬戸内海が描かれています。右から屋島、大島、小豆島、男木島、女木島、直島、そしてオリーブの木と、香川にしかない特別の構図です。左側の後ろ姿の女性は、足、手の動きからどのような表情だと思われますか。遠くに見える2組のカップルはかつての想い出でしょうか。右側の女性の表情は想い出を抱きながらも明るく街に戻ろうとしませんか。よく見ると興味が尽きません。
平成26年4月17日から24日まで、山本さんにとっては初めての公開制作となりましたが、ここでの制作中には患者さんや子どもたちからの言葉などに励まされたそうです。壁画を眺める人々が前向きな気持ちになり、暖かみあふれる場所になればとの想いを込めて作られた作品です。
土曜日の病院は通常入口からは入れず、裏から入らせていただいたのですが、そこからこの作品にすぐに出会うことが出来ました。壁画はもう一点ありましたが探してまわるのもためらわれ、あきらめました。
一つだけでも観ることが出来て感激しました。
山本容子さんはここだけでなく日本のあらゆる病院でホスピタルアートを手掛けていらっしゃいます。
山本容子さんはこんなお仕事もされているんだなあと改めて山本さんのお志やそのお仕事の幅広さを思いました。
山本容子さんについては、つい先日東京にある早稲田大学敷地内建物にて開催されている個展(2024年10月1日~2025年5月27日)について書かせていただきました。それもこちらに載せさせていただきます
この病院のすぐ近くに「香川県文化会館」もあり
この建築を見に行くことは予定にしていなかったのですが見てみたいものだったため嬉しくなりました!

ここから歩いていける距離にある喫茶「城の眼」をめざします。

店内の奥の石積み壁はニューヨーク世界博覧会の日本館(前川國男設計1964年)で彫刻家の流政之が担当した外壁の石彫レリーフの試作だ。香川県庁舎などの石工事を担当した岡田石材工業が石彫レリーフを制作することになり、その打ち合わせ場所としてつくられ、その後、喫茶店になった。建物ファザードと室内のデザインは彫刻家の空(田中)充秋、店内で流す音楽は音楽評論家で作曲家の秋山邦晴、音響技術は電子音楽家の奥山重之助が担当。山本はこれらの芸術家たちの仕事を統合しながら建物を設計した。家具や壁にかかる瓦のランプシェード(讃岐民芸館瓦館では椅子の座面に使われている)んども山本のデザイン。また、入口のわきに置かれた庵治石のスピーカー・ボックスは世界初のもので、これも必見、必聴だ
この写真の正面からみた建物の壁はプレキャストコンクリート版のデザイン。映画「ウエスト・サイド物語」に登場するニューヨークの街のグラフィックからヒントを得たものだという(LIXIL eyeより)
庵治石のスピーカー・ボックスは重さ3トンにもおよぶのだそうです。店内のテーブルは桜製作所製。
香川県文化会館もこの「城の眼」も入ってみたかったのですがフェリーの時間もあり断念。こちらはユニクロ「LifeWear magazine」にもありモデルさんがここでお茶をしている場面も。
私もお茶してみたかった!
ここから高松港にむかうのですが、途中うどん屋さんを見かけ、「また食べたいね!」とこどもたちといいながら足早に通り過ぎます。昨日いっぱい食べたけど全然飽きないねー!と笑いながら。
右には玉藻公園がみえました。
ここは高松城跡の敷地です。
東京の江戸城跡の風景を思わせます。

高松市と那須与一
横断歩道で信号を待っているとき娘が「マンホールきれい」と言いました。あ。これ那須与一じゃない?那須与一ってだれ?という会話。
えーっと、ほら平家物語で出てくる・・・扇を一発で矢で打ち破った矢の名手なんだよ。なんで高松市?ん?そうだね。なんでだろう。
私もそこまでしかわからず・・帰ってみてから調べてみました。

舞台は高松市の島の一つである屋島だったのですね!
この話にまつわるモデルコースがあるのだとか。
巡ってみるのもおもしろそうです!
帰ってきてからこんな新聞記事をたまたまみつけました。

東京でも千代田区を歩いていた時にアトムのマンホールをみつけ、カードももらったことがありますが、そうか、全国でくりひろげられているのですね。きっとこの那須与一マンホールもカードがあるのだったのかも!
さあこれからフェリーに乗って直島にむかいます!
ここでは、短い滞在時間でしたがいろいろなことを考えさせられる濃厚な時間となりました。
