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夜職保育士さんと僕16最終話 幸せはここにある

この物語はたぶんフィクションです
ミキさんと僕もたぶん空想上の誰かです
でも、空想上でも良いから、2人のかけがえのない時間を残せたら良いなと思います


ミキさんの過去の告白を聞いてから約3ヶ月が経った

ミキさんは無事に職場復帰を果たし、僕は新人介護士としての生活が始まっていた

年末年始は旅行ができなかったから、ゴールデンウィークは一泊でいいから旅行に行こうという話になった
行き先は色々と悩んだけど、千葉県鴨川
僕が大好きなシャチが見られる鴨川シーワールドに行くことになった

お昼前に安房鴨川駅を降りて、散歩も兼ねて鴨川シーワールドホテルまで歩く

「よく晴れたし、気温もちょうど気持ちいいね」
とミキさん
「ホテルまで少し歩くけど、途中に美味しい定食屋さんがあるから、そこでお昼ご飯食べよう」

10分ほど歩くと目的の定食屋さんに到着する
ミキさんは金目鯛の煮付け定食
僕はアジフライ定食
を注文する
お互いの料理を半分ずつ交換して食べる
金目鯛は身が柔らかく、アジフライは肉厚で大判
とにかく美味しくてすぐに食べ終わってしまう

ふと思い出して僕が
「うちのじいちゃんが言ってたんだけど、大切にしたいと思える人ができたら一緒に魚を食べに行けって」
と言うと
「へー、なんで、なんで?」
とミキさんも興味を持ってくれた
「魚の食べ方でその相手の育ちが分かるってことみたい。古い人間だから、そういう作法みたいなのにうるさい人だったんだよね」

「なるほどねー。私、お魚の食べ方には自信あるよ。海の近くで育ったもん」

「確かに、ミキさんすごいキレイに魚食べるよね。ちょっと尊敬する。僕なんか5歳くらいの頃、箸の使い方がなってないって玄関から放り投げられたことあるよ」

「ホントに!それは厳しいね、怖いおじいちゃんだったんだ」

「怖いって思うこともあったけど、すごく優しいじいちゃんだったよ。僕の名前もじいちゃんがつけてくれた大切な名前だもん」
そんな話をしてからお店を出る

さらに10分くらい歩いてホテルに到着
チェックインを済ませて部屋に荷物を置く
翌日分のチケットはセットになっていたけど、時間もあったので、今日も入園することにした

入園してすぐに向かったのはシャチのプール
ミキさんはシャチを見るのは初めてらしく、プールで泳ぐ彼らを見て興奮していた

「あれがビンゴであっちがステラ、今年子供が産まれたみたいだけど、多分まだ名前決まってなかったと思う」
大好きなシャチ達の説明をしている僕を見て
「君もそんな顔するんだね、すごく楽しそう。なんかこっちまで楽しくなってくるね」
と、ミキさんは笑顔で言ってくれた

少しだけ他の場所を見て回り、その日最後のシャチショーの時間になる
ミキさんと僕は最前列に陣取った
もうホテルに帰るだけだから、どんなに濡れても大丈夫と覚悟を決めての参加だった
案の定、二人ともびしょ濡れになってホテルに帰ることになったけど、ミキさんも僕と一緒に楽しんでくれた

ホテルに戻って二人してシャワーを浴びる
その間もミキさんはテンション高く
「シャチすごいね、なんて言うか、すごく綺麗、美しいの方が近いのかな。初めて見たけど、シャチのこと好きになっちゃった」

「そう、シャチは美しいんだ。あれが自然界に存在しているのが信じられない位に美しいんだよね」
自分の好きなものを褒められて、自分が褒められてるような気がして嬉しかった

シャワーを終えて部屋着に着替える
夕飯までの時間、部屋でのんびり過ごした
ホテルでの夕飯を済ませると、ミキさんから散歩に誘われた

ホテル横の道路を二人で手を繋いで歩く
まだ8時前なのに、あたりは暗く、車もたまにしか通らない
少し歩いた所でミキさんが手を離して立ち止まってしまった
何かあったのかと思い振り返る

「私、あれから色々考えたんだ。色々考えて、やっぱり私達別れなきゃダメだって思ったの」
戸惑ってしまった僕は
「どうしたの、何かあった?」
と聞くのが精一杯だった

「君は優しくて、きっと私が望めばずっとそばにいてくれる。でも、それじゃあダメなんだよ。私はすごく幸せでいられるだろうけど……じゃあ君は幸せになれるのかな?」
「私、まだ話してない事があるんだ。東京出てきてから病気が分かって、自然妊娠がすごく難しいって言われてるの。私、子供産めないかもしれないんだ」
「ちゃんと話してなくてごめんね。君が私のこと好きだって言ってくれるのはすごく嬉しいの。だから君にこんな荷物背負わせたくないんだ」
「君はまだ社会人一年生で、これからどんどん世界が広がっていくんだよ。私みたいなのじゃなくて、もっと可愛くて純粋な子に出会ったりできるんだよ」
「だから、私はそんな君の世界の邪魔になりたくないんだ。だから別れよう、お願いだから、私のことなんか忘れて自由になってほしい」

突然の告白だったけど、なんとなく予感みたいなものは感じていた
だからなのかは分からないけど僕はしっかりと自分の気持ちを伝える事ができた

「僕はどんなミキさんも好きだって言ったでしょ。僕は好きな人のそばにいられて、その人が幸せだって言ってくれるなら幸せなんだ。子供が欲しくないか?って言われたらミキさんとの子供はほしい。でも、子供を産めるからミキさんと一緒にいたいって思うわけじゃないよ」
「だから自分の事を荷物だなんて言わないで。僕の世界はきっとこれから広がっていくと思うよ。でも、その世界ではミキさんにそばにいてほしい。僕の知ってるミキさんはとっても可愛くて、とっても純粋だもん」
「僕の大好きな人の事をあんまり悪く言わないでほしい。僕にとっては世界にたった一人の大好きな人なんだから」

そう言ってミキさんに近づき抱きしめる
「僕の幸せはここにあります。だからずっと幸せでいさせてください」

ミキさんの腕に力がこもる

たった2年だけ、だけど僕にとっては大切な2年
いろんな思い出が蘇る
初めて会った日の笑顔
目に涙をいっぱいに溜めた顔
本当に美味しそうに鰻を食べる笑顔
怒りと憎しみに満ちた顔
休みの日にゴロゴロしながら甘えてくる顔
どんな時でも、どんな顔をしていても愛おしさであふれている

どれくらいそうしていたか分からない
ただ、僕がどうするかだけは決まっていた


〜25年後 深夜のスタッフステーションにて

「私、夜職の掛け持ちしてるんですよね」
と同僚の看護師さんが言った

「へえ、ラウンジとかに出てるって事?お店教えてくれれば、機会があったら飲みにいくよ」
と僕は答える

「それ絶対来ないやつじゃないですか。それに、奥さんに怒られますよ」

「えーっと、うちの奥さん風俗とかじゃなければ、夜職には割と寛容なんだよね。ただ、最近だとどんな感じなのか見てみたいし……」

そんな話をしているとナースコールが鳴る
「じゃあ、少しお仕事してこようかな…」
椅子から立ち上がり、左手の薬指の指輪に触れる
僕はナースコールが示す部屋に向かった

【終】

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