野球で三振しても「もっと投げろ!」と叫んでいた、私の父親の話
私の父親はもう80歳になりますが、自分だけの道を突き進む人でした。
タイトルにもありますが、休日の草野球では3球三振した後に
父親「もっと投げろよ!」
仲間「あぁ?三振したじゃねーか」
父親「いいから投げろ」
と無理難題を押し通し、仲間に嫌われていました。まぁそりゃそうだよな……。
当時の私は子供ながらに、草野球仲間の人達には申し訳なく思っていましたね。
父親、子供の分の夕飯も食らい尽くす!
あとうちの父親は、食欲が止まりません。
私が社会人になった頃、お腹を空かして帰宅すると……
父「おう、ご飯残しておいたぞ」
私「残しておいた?」
母「あ、ご飯がゴルフボールくらいしか無い」
父「食えな」
私「てめぇ、ふざけんなっ!」
若かった私は、何度も父親と口論になっていました。
口論というか、私がどんなに怒っても父親はケロっとしていているんです。
しかもニカッと笑っている事も多かったですね。
父親、入院中にハーレムを構築する
うちの父親は、2年前に自転車で転倒して意識を失い、病院に運ばれました。
私と嫁さんは仕事を中断して、病院に駆け付けたんです。まぁすぐに意識は戻ったんですが。
そして3日後に退院する時……
父「いやぁ、いい経験が出来た。看護師が俺の方に寄って来るんだよ。俺はモテるんだなぁ」
私「は?モテるわけないだろ?仕事でそばに来るだけだよ」
父「いや、何人も若い看護師が俺の方に来るんだ。俺のことが好きなんだろうな」
私「絶対に違うから」
父「いや、そうだよ。あれはハーレムだったな」
私「は、ハーレム……」
私は開いた口がふさがりませんでした。
父親、嫁さんの両親と初顔合わせでやらかす
時は少し遡りますが、私と嫁さんの結婚が決まり、両家で食事会をする事になりました。
お互いの両親は、この時が初顔合わせ。
私は不安でした。
うちの父親が何か失礼な事を言ってしまわないか、人の料理を食べてしまわないか。(←これ普通にあり得るから怖かった)
その時、私の両親が先にレストランに付いていて、私と嫁さんは嫁さんの両親を車に乗せて、レストランに向かっていました。
私「不安だ」
嫁「大丈夫よ。うちの親だってい色々あるし」
私「レベルが違うんだよ」
嫁「レベル……?」
そういえば父親は咀嚼音もハンパなく、
口を開けてクチャクチャ食べるので、不快になる人も当然いるはず。
まぁ今更こんな事心配しても仕方無い。
ありのままを見てもらうしかない。
私は覚悟を決めました。
そして私達の車はレストランに付き、父親と母親がいるテーブル席に向かいました。
私「…………え?」
父「おう、遅かったな」
私「ど、どうして……」
父「先に食べたぞ」
人の分まで食べるとか、
咀嚼音がどうとかの問題でなく、
……もう食事が完了していました。
私は冷や汗が止まらなくなり、血の気が引いていく感じがしました。
私「す、す、すみません、お義父さん、お義母さん!本当、本当に……」
義父「……ぷっ、ははははは、いやいいんだよ」
私「いや、でも……」
義父「面白いお父さんじゃないか、堅苦しくなくていいよ」
もう今では天国に行った義理の父ですが、本当に器の大きい優しい人でした。
うちの父親を受け入れてくれるなんて。本当に有難う。
ちなみに私の母親になぜ父を止めなかったんだ、と問いただしたら……
母「止められると思う?」
私「…………」
母「でも何度も止めたのよ」
私「マイウェイ過ぎる……」
という事でした。
父親にストレスある?って聞いてみた。
そんな父ですが、今では難聴が進んでしまい話は中々成立しません。
筆談した方が早いので、最近はそうしてます。
今は色々と本人は大変ですが、難聴が進む前に父親に質問した事があるんです。
私「オヤジは、ストレスとかある?」
父「ねぇよ」
即答でした。
全日本国民で「ねぇよ」と即答出来る人は、殆どいないのではないでしょうか。
ではまた!
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こんな私に、応援チップを下さる神の様なお方はいるのだろうか……。
