【カウンセリングの4相】施術方針の決定過程を理解する
カウンセリングとは
「意思決定の場」である。
患者の悩みがあり、その解決を図るうえで、どういった方向に進んでいくか。そうした意思決定の作業をカウンセリングを通じて行う。
ここで焦点になるのは、
✔︎「誰が」選択肢を絞り込むのか
✔︎「どのように」選択していくのか
という2点だ。
誰の意見で選択肢が作られ、選ぶ際の自由度はどの程度か。意思決定の性質はこの2要素で評価できるだろう。ここで参考になるのが、「国家の意思決定方法」である。

【卓越主義】という言葉がある。
これは意思決定を、上級の者の手で行うスタイルを指す。知識がある者、力がある者、もしくは富を持つ者、権力を持つ者。そうした人物が全体の意思決定を担う。政治に詳しい者や、重要な人物と繋がりを持つ権力者が国家の方針を決める。これは卓越主義の代表例だ。

これに対して【大衆主義】という言葉がある。
意思決定を下級の者が担うスタイルだ。改憲時の「国民投票」などは大衆主義的な意思決定方法である。また、世襲された議員ではなく、一般人の感性を持った庶民を選挙で国会に送り込もうとするとき、これは大衆主義の実現を図るものだといえる。
卓越主義は整体のシーンでいえば、整体師が専門家という立場から施術方針を決めることだ。反対に大衆主義は、患者の希望をもとに施術を組み立てることだろう。「患者に決めさせる」がより正確かもしれない。

そして、「どのように選択していくか」。
これはまず【パターナリズム】というやり方がある。父親が「お前のためを思ってやるんだぞ」と子どもに言うように、選択される側に自由はない進め方だ。立場が上の者が、立場が下の者の利益を守ろうとする場合、こうなることがある。強制力がある方法だ。

対して【リベラリズム】という方法がある。選択に対して、自由が保障されている進め方だ。それぞれの自由な意思のもと、自由に選択することができる。対話の中で、民主的かつ寛容に進めようとすることが特徴になる。
さてこの4つのスタイルを掛け合わせると、
✔︎卓越主義的パターナリズム
✔︎卓越主義的リベラリズム
✔︎大衆主義的パターナリズム
✔︎大衆主義的リベラリズム
という4相が出来上がる。

整体における意思決定のシーンでは
この4相を使い分けることが重要だ。
【卓越主義的パターナリズム】とは、いわゆる古典的な医療の在り方だろう。医師、整体師のような専門家が、その専門的な解釈のもとで「私の言うことを聞きなさい」と提示する医療だ。エビデンスには基づいているわけだから、これを「古典的EBM」と呼ぼうか。
【卓越主義的リベラリズム】での医療は、選択肢を専門家のほうで用意するが、最終的な決定は患者の側にある。エビデンスに従った選択肢を用意するが、最終的には患者の希望”も“検討する。いわゆるインフォームドコンセント、患者の希望を交えた医療の在り方をしており、これは「近代的EBM」と呼べるだろう。あくまで軸は医療者側にありながら、患者の自由意志も尊重する形だ。

だが、上記2つの進め方では、患者が真に希望する選択肢がそもそも弾かれてしまうリスクがある。卓越者である専門家の意見のもとで選択肢が用意されるため、その眼鏡に適わない選択肢はあらかじめ除外されてしまう。
これを可能にする手法が、【大衆主義】だ。

【大衆主義的パターナリズム】は、選択肢を用意するのが大衆側であり、選択される側(この場合は医療者側)に、拒否権はない。これは役務提供的な施術の在り方に近く、リラクゼーション店でありがちな利用者と施術者の関係性が想像しやすい。
30分のリラクゼーションを求められたときに、施術者側に「違う選択肢もありますよ、そちらの方が良いのでは?」と言う自由はない。卓越主義では治療者側が選択者で、患者側が被選択者であったが、大衆主義ではこれが逆になる。患者は強い権限を持って選択し、治療者はこの選択に異を唱えることができない。
これが政治であれば、専門知を有しない庶民が政策を考えることになる。これでは国はうまく回らない。短期的な投資損失を飲みつつ、長期的な利潤獲得を目指すことができない。緊張感のある外交で取引交渉ができない。大衆にとっては一時的に良くても、国家として長期的に見ると良くない。これを「衆愚政治」と呼ぶ。
患者の話を聞きましょう。
患者の希望も聞きましょう。
患者の語りに従った施術を組み立てましょう。
そうした「ナラティブ・ベースド・メディスン」の重要性を説こうとすると、いつも決まってエビデンスを重視する界隈から批判されてしまう。しかし、それはナラティブを拾い上げるという営みを、【大衆主義的パターナリズム】で解釈してしまうからだ。
だからこそ、別の考え方が必要になる。

それが【大衆主義的リベラリズム】でカウンセリングを行うことだ。
【大衆主義的リベラリズム】であれば、選択肢は患者の側から提示されるものの、その決定方法は患者と施術者の対話によって決定される。決定に至るまで寛容な議論が可能であり、決定自体の自由度や柔軟性も高い。患者側から「こんな施術を受けたい」というオーダーがあったうえで、それを中心に据えながらも、必要な議論を行ったうえで意思決定していくことが可能だ。卓越主義的リベラリズムが専門家発の議論であるのに対して、大衆主義的リベラリズムは患者発の議論だ。
仮に、患者が骨盤矯正を求めていて、我々が「骨盤矯正はするべきではない」と考えているとき。卓越主義的パターナリズムで「骨盤は歪まないよ」と切り捨てて、施術者が信じる物理療法を提供することもできる。
卓越主義的リベラリズムで、「骨盤は歪まない」という考えを提示しながら、「どうしてもと言うのであれば、やりましょうか?」と、自分の正しさをかなぐり捨てて、しぶしぶ組み立てに含めることもできる。
大衆主義的パターナリズムのもとで、患者が「骨盤矯正をお願いします」と言えば、「そもそもあなたは本当に歪んでいるのか?」なんてことは考えずに、「承知しました」と二つ返事で骨盤矯正を提供することもできる。
ここまでに、あなたが理想とする意思決定方法はあっただろうか。
私にとっての理想の意思決定方法はこの中にはない。正確にはどれもあってしかるべきであるが、我々の価値も十分に発揮できる可能性があって、なおかつ患者が求めていることを提供できる、そんな意思決定方法があるとすれば、
✔︎大衆主義的リベラリズム
での進め方を習得しておくべきではないだろうか。

患者の希望がまずそこにはあって、我々がそれに異を唱えるとき。我々の意見をよく聞いて、考えを変えてくださる患者もいる。しかしそうではない患者もいる。こうなったときに卓越主義的リベラリズムではお互いに居心地が悪いのだ。
そこで、【大衆主義的リベラリズム】という進め方をしてみよう。患者と我々の考えが相容れないとき、まずは患者の希望を優先して軸に据え、その日の施術を組み立てようとする。ここまでは大衆主義的な進め方だ。
患者の希望に従うにあたり、その方向性は動かさないものの、進むにあたっての注意点や、リスク管理、実行時のGO・STOP判断など、諸々の対策については事前に開かれた協議ができる。これが自由で寛容で民主的で、議論によって進めていくリベラリズムの意思決定方法だ。
患者の求める方法を保証しながらも、そこにまつわる諸問題については事前に自由な対話が行える。「希望通りまずはやってみるけれど、こういうリスクのある事だから、そこのところよろしくね」という“共通前提”を、お互いの間で持つことができる。これが大衆主義的リベラリズムで特に実現できるカウンセリングの在り方だだろう。

EBMは教科書上、段取りの最終段階で「患者の希望を考慮する」という工程を越えていくことになっている。これをもとにして「『患者の希望を聞きましょう』はEBMに含まれます」と反論する人もいる。
しかし現実問題、整体院であろうと整形外科であろうと、エビデンスに基づいた医療や施術を実践しようとすると、「患者の希望」はもっとも蔑ろにされやすいものだ。
仮に患者の希望を優先したとしても、施術者は胸の内に「専門性を発揮できず、何となく不服な感覚」を覚えるはずだ。こうした感覚を抱いてしまう時点で、「患者の希望を聞きましょう」は本質的に成立していない。「患者の希望を聞く」という概念があり、それを採用する選択をする以上、そこに施術者側がやりきれない思いを抱えていてはいけない。
だからこそ、大衆主義的な整体の在り方が必要で、そのうえでリベラリズムによる意思決定を考えなければならない。EBMを取り扱うには、卓越主義的パターナリズムと、卓越主義的リベラリズムの2つのEBMを使い分けなければいけない。患者の希望を聞くのであれば、卓越主義的リベラリズムと、大衆主義的リベラリズムを使い分けなければならない。
SNSを見ている限り、エビデンス至上主義の施術者は、この「大衆主義的リベラリズム」というゾーンを使えていないように思える。

私はここまで、大衆主義的リベラリズムのようなカウンセリング観を述べてきたが、実際に対患者では、「とりあえず私に任せなさい」と卓越主義的パターナリズムを示すこともあれば、「あまり効果が出ないようにも思えますが、そこまで言うのならやってみましょうか?」と卓越主義的リベラリズムでカウンセリングすることもある。
患者のオーダーに対して「このメニューですね、じゃあやりましょう!」と大衆主義的パターナリズムの対応をすることもあれば、「ご希望が達成されるように組み立てたうえで、こういった形はいかがですか?」と大衆主義的リベラリズムな対応をする事もある。
どれがいい、どれが悪いという話をしたいわけではなく、相互に欠点と利点があり、補完しあう考え方であるということをお伝えしたい。現在採択しているスタイルでの問題は、他のスタイルで解消されうる可能性があり、その代わり別の欠点が生まれる。
だからこそ、その欠点をなるべく少なくしたうえで、利点を大きく享受できないかと考えていく「思考力」なり、「伝え方」なりの重要度は高い。この作業が人によってはものすごくストレスフルになるだろうが、超えていくべき問題であるはずだ。
✔︎卓越主義的パターナリズム
✔︎卓越主義的リベラリズム
✔︎大衆主義的パターナリズム
✔︎大衆主義的リベラリズム
この4相を使い分けるカウンセリングを心掛けてほしい。
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