見出し画像

人の授乳を、とやかく言うな ー出産前に知りたかったこと



産前、よく聞いた言葉がある。

「母乳を制するものは、育児を制する」

ふうん、と思っていた。母乳かミルクかは、自分で選ぶものだと思っていたからだ。頑張れば思い通りにできるし、無理ならミルクにすればいい。そのくらいの話だと。

ぜんぜん、違った。

気づいたら始まっていた母乳育児

まず驚いたのは、母乳は「出そうと思えば出る」ものではない、ということだ。

産後3〜4日のうちに、頻回に赤ちゃんに吸ってもらう。そうしないと、体が「母乳を出すモード」に入らない。少し休んで、1週間後から始めよう。そう思っていると、もう出なくなっていることがあるという。

つまり、検討する前に、母乳を選択できる締め切りが来る。

私は完全母乳にこだわるつもりはなかったし、だからといって完全ミルクにしたいというわけでもない。母乳メインに、人に預けられるようにミルクのときもある、くらいでやりたいな〜と呑気に考えていたくらい。
でも産院は基本的に母乳育児推奨で、「とにかく頻回に吸わせましょう」と言われる。産後は少し休みたかったのに、言われるがまま、出産翌日から始まった。3時間に1回。ボロボロの体で、初日からだ。

結果的に私はよく出る体質で、困らなかった。ただ、あとから思う。混合がいい、完ミがいい、というはっきりした希望がある人は、最初に産院へ意思を伝えないと、流される。選択肢は、黙っていると消える。

私の母乳育児は、選んだというより、なし崩しに始まった。

メリットは、私の側にあった

そんな始まり方だったけれど、やってみてわかった良さも、確かにあった。

母乳といえば、免疫。それはそうなのだけど、最近のミルクは成分もかなり母乳に近づいているらしいし、正直そこは「考え方による」で許容できる範囲の話だと思っている。(専門家にとっては大きな違いかもしれないですが;)

私が産前に知らなかったのは、母乳育児のメリットが、想像以上に"母親"の側にある、ということだ。

赤ちゃんに吸われると、オキシトシンというホルモンが出る。これが子宮を収縮させて、出産で傷ついた子宮が元に戻る「子宮復古」を進めてくれる。つまり、赤ちゃんが飲むたびに、私の体が回復していく。

産後2日目の夜、夫婦でつけている音声日記に、私はこう残していた。

「赤ちゃんによってママが生かされる」

後陣痛は痛い。でもその痛みが、回復が進んでいる証だと知ったとき、少し感動した。

オキシトシンは幸せホルモンでもあるから、吸われていると、ふわっと満たされた気持ちになる。それから、身軽さ。ケープが1枚あれば、どこでもあげられる。泣いたら、抱き上げて、座って、すぐあげられる。ミルクだと、作っているあいだ、泣かせて待たせるしかない。片付けも、拭いて、保護クリームを塗って、終わり。

赤ちゃんのため、と思って始まった母乳育児に、私のほうが助けられていた。

順調でも、大変さは減らなかった

ただ、良さがあることと、大変じゃないことは、別の話だった。

産後4日目。分泌がすごく良くなって、助産師さんに言われた。「もう完母でいけるね。全部母乳でやってみましょうか」。少し誇らしかった。はい、と答えた。

そこからが、地獄だった。

3時間おきだったはずの授乳が、1時間おきになった。母乳はミルクより消化がいい。体感、倍のスピードでお腹が空く。「便秘になりにくい」というメリットの、これが裏側だ。1日8回で済むはずの授乳が、10回、12回。ずっとあげている。いつ寝たのか、思い出せない。

胸も、想像以上に痛かった。最初の3週間は、岩のようにカチカチ。腕が動かせず、寝返りも打てない。夜は、赤ちゃんの泣き声ではなく、胸の痛みで目が覚める。しこりも2回できた。「乳腺炎になると急に高熱が出る」と聞いていたから、怖かった。2日かけて、しこりをマッサージしながら赤ちゃんに飲んでもらい、なんとか散らした。

それから、母乳は「見えない」。ミルクなら目盛りでわかる量が、母乳ではわからない。授乳の前後で体重を測って引き算すればわかるけれど、家にベビースケールはない。買えば1万円するし、毎日測るのも神経質になりすぎる。数週間に一度、どこかで測れたときに「ちゃんと増えてるね」と確認するだけ。

しかも途中で、胸は「溜まり乳」から「差し乳」に変わる。張って溜めるおっぱいから、必要なぶんだけその場で作るおっぱいへ。それまでは硬さの変化で「出た」とわかったのに、それが読めなくなる。本当に出ているのか。足りているのか。不安だけが、目盛りの代わりに残った。

そして想定しなかったのは、片乳問題だ。

産院では「右5分、左5分」と教わった。でも1〜2ヶ月経つと、赤ちゃんは飲むのが上手くなる。最初の7〜8分でしっかり飲めてしまうから、右だけで満足して、寝てしまう。左は、飲まれない。

飲まれなかった方は、張る。

うちは夜、夫が哺乳瓶でミルクをあげてくれる。その分、もともと授乳が6時間空く。そこに片乳が重なると、9時間、10時間、飲まれない胸ができあがる。

今すぐ寝たい。でも、このまま寝たら朝には岩になる。赤ちゃんを寝かしつけたあと、暗い部屋でひとり、搾乳器を回す。

その搾乳も、授乳の代わりにはならない。10分搾っても、10分飲んでもらうのとは全然違って、3時間後にはまたパンパンになる。かといって搾りすぎると、体は「もっと必要なんだ」と勘違いして、さらに作る。「しこりは取れたけど、少し残っているかな」くらいで止めるのが正解らしい。このさじ加減は、いまだに難しい。

どれだけスケジュールを組んでも、その日の飲み方ひとつで、私の夜の長さが変わる。


「預ければいいじゃん」は意外と難しい

大変なら、人に頼ればいい。私もそう思っていた。うちの場合、いちばんの頼り先は夫だ。

だから、1日1回は夫が哺乳瓶でミルクをあげる、というルールを続けていた。哺乳瓶を忘れさせないため。私がいなくても授乳が回る状態を、保っておくためだ。備えは、していた。

それでも産後2ヶ月頃、突然来た。夫があげる哺乳瓶を、飲まない。哺乳瓶が嫌になったのかと思えば、私があげると、同じミルクを飲む。ミルクの問題でも、哺乳瓶の問題でもない。「夫から」が、だめになった。そんな状態が、1週間ほど続いた。

その間、1回の授乳はこうなる。まず夫がミルクで試す。だめなら、私が代わってミルクを哺乳瓶であげる。飲んでくれてほっとしたら、今度は飲まれなかったおっぱいたちが張っているから、搾乳して、捨てる。ミルクにふたりがかり、そのあと搾乳。1回の授乳が、3工程になった。

夫があげている間は、横から写真と動画を撮った。何が違うのか、赤ちゃんの姿勢・夫の姿勢・私の臭いと声をつけたり・起こし方を変えたり。。。最終的には姿勢だったのかなと思うのだけれど、当時はふたりで見返しては、あげ方を少しずつ変えて試し続けた。

こんな感じで私からしか飲まないということは、私がこの子から3〜4時間以上、離れられないということ。夫に預けて出かける、という選択肢が、ある日いきなり消えた。都心まで1時間以上かかる場所に住んでいると、行って帰ってくるだけでアウト。仕事もあったが予定は全部崩れた。

もちろん夫以外の人にも預けられない。私からしか飲まない状態だから。私もやばい!となったし、急に飲まれなくなった夫も悲しい気持ちになって、この時はだいぶ焦った。

じゃあミルクの割合を増やせば、赤ちゃんが慣れて預けやすく、楽になるかというと、そうでもない。授乳間隔が空くと胸が張って、乳腺炎に近づく。分泌が減って、母乳が枯れていくこともある。混合は「いいとこ取り」ではなくて、綱渡りだった。

冷凍母乳という手もある。私も産前に電動搾乳器を買っていた。産院で「これ、いつ使うんですか」と聞いたら、「そんなに使わないよ」と言われた。もともとは1日1回の夫の授乳の時にミルクではなく母乳をあげようと話していたのだけれど、これが大変で、現実的にはそういう使い方では搾乳機使う機会はない、という意味だったのだと気づいた。

まず、量が取れない。頻回で直接飲まれていると、母乳は溜まらない。搾っても1回40ml。赤ちゃんは1回に80〜100ml飲む。2回搾って、ようやく1回分。何日もかけて少しずつ冷凍して、当日に解凍してもらう。預かる側の手間も、ミルクを作る倍以上かかる。おまけにうちの搾乳器は薬液消毒に対応していなくて、これのためだけに鍋で5分、煮沸する。

結局、預けるときはミルクにした。搾乳器はいま、「乳腺炎になりそうなとき、取って捨てるための機械」になっている。想定と、違いすぎる。それでも夜中の張りを手で搾るのは無理だから、買ってよかったとは思っている。

そして、たとえ預けて出かけられたとしても、胸は連れて歩いている。数時間経てば張ってくるから、外出先で授乳室を探して、搾って、道具を洗う。それで30〜45分。せっかくもらった自由時間が、それで消える。

人の授乳を、とやかく言うな

ここまで書いてきて、思う。

「完母じゃないの?ミルクは可哀想。」
「母乳、いつまであげるの?」
——授乳のやり方については、なぜか外野がよく喋る。

でも、そもそも思い通りになることは難しい。

母乳の分泌度合い、赤ちゃんの個性、パートナーの動き方、仕事、住んでいる場所、体質、その日のコンディション、、、などが掛け算される。授乳のかたちは、十人十色というより、十人十色でもまだ足りない。

「母乳を制するものは、育児を制する」

産前の私は、これを「頑張れば思い通りにできる」という意味だと思っていた。違った。制するとは、よく備えてコントロールするということじゃなかった。思い通りにならないものだと心得て、自分たちなりの折り合いをつけていくことだった。

本人にすら選べないものを、外野が選べるはずがない。

だから、人の授乳を、とやかく言わずに
今この瞬間できていることを味わって感謝してやっていこうと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集