見出し画像

揺れているままで、書いている。

相続のこととか、叔父の余命のことなど、最近、頭の中がずっとパンパンだ。

ぼーっとしていても、気づくと同じことを考えている。

せっかくの休みだったのに、「もっと良いことができたんじゃないか」という焦燥感に追われ、気づけば時間が過ぎていた。

それでも、時間は流れるし、現実は進んでいくんだよね。


従兄弟の子どもが、もうそろそろ2歳になるらしい。
僕のことをじっと見つめたあと、泣いてしまった。人見知りは変わってないみたいだ。

でも、従兄弟が抱き上げた途端に泣き止んで、「あの〇〇くんが、立派にパパをやってるんだなぁ」と、なんとも言えない感覚になった。


日本には、志高く働いている人も、すごい人もたくさんいる。
その姿を見ると、僕もなんか貢献したい気持ちになる。

一方で、「生きてるだけで充分」という言葉にも惹かれる。

ただ、どうもこの言葉は、自分に向けて言う言葉じゃない気もしている。
病気で動けない人とか、ものすごく頑張ってるのに、さらに自分を追い込んでしまう人を労うための言葉というか。

だから、そのどちらでもない僕には、うまく当てはまらない感じがする。

「もっと高い目標を見据えようぜ」と言いたい自分もいるし、
「生きてるだけでいいよ」って言ってあげたい自分もいる。

その両方で揺れている。


たぶん一番重要なのは、自分が満たされてることなんだと思う。

でも、どこまでいけば「満たされてる」と言えるのかが、まだよくわかっていない。

人間は欲深い生き物だからだ。

ただ、「快楽をただ享受するだけでは満たされない」ってことだけは、確信がある。

深呼吸して、自分が本当はどうしたいのかを、もう少し深堀りしていくしかないのかもしれない。


ここまで書いて、最近、まなゆいも天国言葉もサボっていたことを思い出した。

将棋の棋譜並べとか、セールスレターの写経みたいに、余計な思考が静まる行為も、今の自分には必要なのかもしれない。

思考は相変わらずあちこちに飛ぶ。
知識を得れば得るほど、余計な考えが増えてしまう気もする。

それでも、その過程を書いておくことにも、意味はあると思う。

「なにが言いたいのかよくわからない」ままでも、書くことで少し呼吸が深まる。

今日は、それだけで充分だ。


いいなと思ったら応援しよう!