何者にもなれない私たちへ──電気湯と福ちゃんで味わう『PERFECT DAYS』の完璧な一日 〜サウナリーマン日記Special〜
気がつけば、特別なことが何も起きない一日が、いちばん疲れるようになっていた。
仕事は大きな失敗もなく終わった。
怒られもしなかった。
褒められもしなかった。
それでも、帰り道の足取りは重い。
「今日も一日、ちゃんとやったはずなのに」
そんな感覚だけが、身体の奥に残るようになった。
40歳を過ぎてから、
こういう日が確実に増えた気がする。
劇的な挫折があるわけでもない。
かといって、胸を張れるほどの達成感もない。
ただ、淡々と一日が終わっていく。
ヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』は、東京でトイレ清掃員として働く中年男性・平山の淡々とした日常を描いた作品である。平山は東京スカイツリーに近い古びたアパートに住み、薄暗い早朝に目覚め、ワゴン車で渋谷区内の公衆トイレを巡回して隅々まで磨き上げる。
仕事後は銭湯で汗を流し、浅草の地下の居酒屋でささやかな酒とつまみを楽しみ、布団の中で文庫本を読みながら眠りにつく。
同じことの繰り返しのように見えても、平山にとって毎日は小さな喜びに満ちており、それが作品の魅力だ。
そんな描写を追いながら、
私は奇妙な感覚に包まれていた。
これは映画を観ているというより、誰かが自分の日常をそっと肯定してくれている時間ではないか、という錯覚である。
特別なことは起きない。
実際、映画の冒頭はほとんど
台詞がない。
ただ働き、湯に浸かり、
酒を少し飲み、本を読んで眠る。
それだけの繰り返しなのに、その一日一日が、確かに「生きている時間」として描かれている。
『PERFECT DAYS』は、何かを
成し遂げた人間の物語ではない。
それでも、この映画を観終えたあと、不思議と胸の奥が温かくなった。
ただ生きて、今日を終えて、また明日を迎える。
それだけでも、人生として十分に意味があるのではないか。
そんな当たり前すぎて、いつの間にか見失っていた感覚を、静かに思い出させてくれたからである。
凡人サラリーマンの私も、一年の終わりが近づくとモヤモヤが積もり、同じ景色の中で立ち止まることがある。そんな折、『PERFECT DAYS』の聖地である電気湯と浅草の焼きそば酒場「福ちゃん」を訪れ、映画の世界を追体験してみることにした。
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無料で見られる。※2026年5月現在
ぜひ見てほしい。
そして今回はサウナリーマン日記史上初の
Special記事としてお送りする。
電気湯の歴史と魅力
電気湯は墨田区京島にある創業1922年の老舗銭湯で、現当主の大久保勝仁さんは偶然にも10月10日「銭湯の日」生まれで、自らを「銭湯の申し子」と言われているそうだ。
もともと電気で湯を沸かす最新鋭の銭湯だったことが名称の由来だが、現在はガスでお湯を沸かしている。
公式サイトによれば施設は熱風呂・サウナ・水風呂を備え、電気風呂は無い。
営業は午後3時から24時(日曜は朝風呂8時〜12時もあり)、サウナ受付は23時まで。入浴料は大人550円、小学生200円、幼児100円で、サウナはレンタルタオル付きで400円。
回数券やレンタルタオルも用意され、シャンプー・ボディソープが設置されている。
夕方の開店前には一番風呂を目指す地元客が店前に小さな人だかりを作り、午後3時のシャッターが開くと皆が当主と挨拶を交わしながら暖簾をくぐる。
巨大なスイカを差し入れする人や、小学生の集団が週1回やってくることもあるそうだ。
この銭湯は地域コミュニティの交流の場であり、当主自ら客と風呂に入りながら談笑したり、浴場にスクリーンを広げて映画鑑賞会を開いたりと、浴室を使った企画も積極的に行われている。
京成押上線、
京成曳舟駅から徒歩5分という立地の良さもあり、開店前から常連客が並び、120℃にも達するサウナと水風呂を楽しみにしている。
電気湯の現場で感じたこと

実際に訪れてみると、外観は白壁に黒い家紋のような「電気湯」のロゴが印象的で、路地に面した正面には昔ながらの木製の下足場が並ぶ。
私は地元の常連さんに混じって、コインロッカーに靴を入れ、番台で入浴券とサウナ券を購入。浴室に入るとすぐ目に飛び込んでくるのは、ペンキで描かれた富士山の壁画とタイルの清潔感だ。浴槽は熱めの白湯で、スチームが立ち上る。サウナ室は木張りで、テレビはなく、静かな時間が流れている。
温度計は100℃近くを示しており、汗が噴き出す。すぐ隣の水風呂はキリリと冷えていて、頭まで潜ると血管が収縮する感覚が心地良い。
湯船のふちにこしかけ休憩すると天井の照明に揺れる水面の反射を眺めていると、仕事のストレスや頭の中の雑音が洗い流されていく。
壁の一角には、電気をモチーフにした公式キャラクター「ビリー」くんの可愛らしいパネルも飾られている。黄色い体に赤いベルトのビリーはユーモラスだ。
番台横ではビリーのグッズやコラボTシャツが販売されており、銭湯文化を盛り上げようという心意気が伝わってくる。
『PERFECT DAYS』の世界と重ねる
映画の主人公・平山は、銭湯で身体を洗ってから浅草の地下の大衆食堂で簡単な食事を
済ませる。
私もそのルートを辿ろうと、電気湯から
桜橋を渡り、
浅草地下商店街の「福ちゃん」へ向かった。
この商店街は銀座線浅草駅6番出口を出てすぐ左にある“日本最古の地下商店街”と呼ばれる場所で、飲食店以外に理容室や占いの店、DVDショップなどが並ぶ。
薄暗い通路に提灯とネオンが灯り、昭和の残り香が濃厚に漂う。平山さんの行きつけがこの居酒屋「福ちゃん」で、彼はトイレ清掃を終え、銭湯で汗を流した後に福ちゃんに到着し、一杯やる。

浅草駅の地下出口を出ると、
冬の光が思いのほかまぶしかった。
地上に顔を出した瞬間、さっきまで地下に溜め込んでいた人いきれと湿気が、すっと剥がれ落ちていく。
電気湯で温まり、サウナで汗を流したあとの身体には、この乾いた空気がちょうどいい。
視界の先には、観光地としての浅草が
広がっている。
だが、今日の目的地はそこではない。
雷門も仲見世も横目に見ながら、
私は地下のほうへと足を向ける。
映画の中で、平山が何度も歩いたであろう、あの“派手ではない道”である。
数分歩くと、街の音が少しずつ変わってくる。
観光客のざわめきが遠のき、代わりに生活の気配が濃くなる。
時間が、ほんの少しだけ巻き戻ったような感覚になる。
その流れのまま、
吸い込まれるように階段を降りる。
そこにあるのが、焼きそば酒場「福ちゃん」である。
50年前から、何ひとつ変える必要がなかったかのような空気。
ここでは、急ぐ理由が見当たらない。
サウナで余分なものをすべて流し切った身体に、福ちゃんの空気が静かに染み込んでくる。
湯→サウナ→飯。
この流れがあるだけで、
一日はちゃんと完結する。
それ以上の説明はいらない。
映画の主人公も、
きっとこんなふうに歩いたのだろう。
淡々と、しかし確かに、
自分の一日を締めくくるために。
凡人サラリーマンの私も、その背中を少しだけなぞるように、腰を下ろした。
カウンター席に着くと、劇中で甲本雅裕さんが演じていた店主が「おつかれさんっ」「おかえり!」と客を迎えるシーンが思い浮かんだ。
実際に働いているスタッフもフレンドリーで、案内してくれた。
飲み物は瓶ビールとチューハイを注文し、つまみにもつ煮込みを頼むと、これが体に沁みわたる。福ちゃん名物のソース焼きそばは400円と財布にやさしく、昔ながらの甘辛いソースが麺に絡んでいくらでも食べられる。
映画の撮影時には監督のヴィム・ヴェンダース自身がロケハンで店を訪れ、電球の切れ具合まで「この加減が良いから変えないでほしい」と注文したというエピソードも味わい深い。


今回の巡礼で感じたのは、平山が日々のルーティーンの中に小さな幸せを積み重ねている姿勢だ。トイレ清掃という仕事を淡々とこなし、
銭湯で汗を流し、馴染みの居酒屋で一杯やる。
それだけのことだが、彼は木漏れ日の揺らぎやカセットテープの音、他人とのささやかな会話を楽しむ。それは忙しいサラリーマンにとって大切な示唆ではないだろうか。
私自身も、電気湯で地元の人たちと肩を並べて湯船に浸かり、福ちゃんで焼きそばと酒を楽しんでいるうちに、年末の焦燥や仕事の疲れがふと軽くなった。
体を温め、汗を出し、安くてうまい食事で腹を満たす——このシンプルな循環が心を整える。電気湯に電気風呂は無いが、熱い湯と熱い思いがそこにはある。平山のように同じ時間に起きるのは難しくても、休日に銭湯とサウナ、そしてノスタルジックな食堂を訪れるだけでも、自分の「完璧な一日」に近づけるのだと思う。
電気湯の熱いサウナから水風呂に飛び込んだ瞬間、頭の中で「電気風呂じゃないのか〜!」と心のツッコミが走った。さらに福ちゃんで若者が焼きそばを食べているのを見ると、周囲からは「今どきの若者はカフェよりここが落ち着くのか?」という視線。
私の胃袋は昭和仕様。
ソースの香りと店主の「おつかれさん」
そんな映画のイメージと追憶で
都会の荒波を乗り切るバッテリーが
フル充電された気がした。
おわりに──『PERFECT DAYS』を中高年サラリーマンの必須科目にしたい理由
もし『PERFECT DAYS』が、中高年サラリーマンの必須科目になったら、救われる人は数えきれないほどいるはずである。
出世競争に疲れ、評価制度に摩耗し、若さやスピードについていけない自分に静かに失望している人たち。
そんな人々にこの映画は、
「それでも人生は続いていくし、悪くない」
と言葉ではなく、姿勢で示してくれる。
平山は、何かを成し遂げた人間ではない。
成功も承認も求めていない。
ただ、今日やるべき仕事を丁寧にやり、風呂に入り、同じ店で飯を食い、本を読み、眠る。
それだけである。
だが、その“それだけ”を肯定してくれる物語は、驚くほど少ない。
多くの中高年サラリーマンは、「まだ何者かにならなければならない」という呪いを抱えたまま生きている。
その呪いを、そっと外してくれるのがこの映画である。
電気湯で湯に浸かり、福ちゃんで焼きそばをすする時間は、平山の世界をなぞる行為であると同時に、自分自身を取り戻す儀式でもあった。
人生を立て直すのに、転職も昇進も自己啓発もいらない。ただ一日を、ちゃんと終わらせる。
それだけでいいのだと、背中で教えてくれる。
だから私は思う。
この映画を、40代・50代のサラリーマンが一度は鑑賞すべき必修科目にすべきだと。
冗談で言ってるのではない。
本気だ。
下手なセカンドキャリア研修や、
肩書きばかり立派な外部セミナーよりも、
この映画のほうが、よほど深く人生に作用する。
なぜならそこには、「どう生き直すか」という答えを押しつける言葉が一切ないからである。
あるのは、ただ一人の男が、毎日を丁寧に終わらせていく姿だけだ。
多くの研修やセミナーは、「次は何者になるか」を問いかけてくる。
だが40代・50代のサラリーマンに本当に必要なのは、そこではない。
「もう十分やってきた自分を、どう受け止めるか」
「今のままでも、生きていていいのか」
その問いに、静かに光を当ててくれるものこそが、いま必要なのである。
『PERFECT DAYS』は、人生を立て直せ
とは言わない。
キャリアを再設計しろとも言わない。
それでも観終えたあと、
不思議と呼吸が深くなり、
明日を迎える準備が整っている自分に気づく。
その変化こそが、どんな研修資料よりも、
どんな成功事例よりも、雄弁なのである。
そうすれば、「このままでいいのか」と夜中に天井を見つめている人の何割かは、明日も静かに起きて、風呂に入り、仕事に向かえるようになるだろう。
完璧な人生などいらない。
完璧な一日が、今日も一つあればいい。
電気湯の湯気の向こうで、そんなことを考えた年末の休日であった。
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