<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【20・21・22】
【20】朝菜
あれから、二週間が経っていた。
真心ゼミへのプレゼンテーションは、夢か幻だったように思える。
あさひるコンビは、午前中はオフィスで業務、午後は授業と、いつも通りの日常を過ごしている。入札の結果は、まだ発表されていない。当初の予定から、かなり遅れていると聞いていた。
朝菜は、今でも全て思い出せるほど、上手なプレゼンだったと思っている。
普段は寡黙な新宮が雄弁に語っていた。練習のときに聞いたよりも、説得力が増していた。さらに、朝菜と比留間を提案システムの考案者として紹介してくれた。
実際に利用する十代の若者と同じ目線と感覚を持っている、とアドリブも入ったので、朝菜は照れくさい思いをすることになった。
自分のパートでも、練習通りに口と体が動いた。成績の上昇と共に、デジタルペットが成長してゆく、ご褒美的な要素。ペットと戯れることによる、息抜きや癒しの要素を掛け合わせることができる、と冷静に力説した。
比留間のアイデアである、デジタルペットの見せ方も効果的だった。AR(拡張現実)を使い、スマートグラス越しに、かわいいペットを何匹も出現させた。広い会議室の中をペットが走り回る。もちろん、AIを使って真心ゼミ幹部と会話させることも成功した。
ブロックチェーンを使った、セキュリティ対策、改ざん防止についても、しっかり話すことができた。真心ゼミ側からも、よく考えられていると褒められたのだ。
朝菜としては、やり切った、と感じられる仕事だった。
それなのに……
「先輩。あれの結果は、いつ発表ですか」
比留間の、今朝一番のあいさつは、こんなふうだった。
「私も分からないよ。聞きに行く訳にも、いかないでしょ」
朝菜も、ついつい愚痴をこぼしてしまう。
あさひるコンビは、待ちくたびれていた。
それは、SE3課の他の面々も同じではあったが、皆平然とした顔で仕事をこなしている。朝菜は、自分が精神的にまだ幼いことが分かって、逆に大人ってすごいなあ、と思う。うちの両親もそうなのだろうか。
十時十五分。
話し声以外は静かなオフィスで、バタバタと走る音がする。営業部の宮野が、高岡課長のところへ駆け寄ってきた。二言三言会話すると、空いている会議室へ入ってしまう。
目で追った朝菜は、比留間に話し掛けた。
「あれかな」
「多分、あれですね」
二分もしないうちに、会議室のドアが開いた。高岡課長が顔を出して、手招きをする。新宮、鹿取、あさひるコンビのふたりは、席を立った。
「真心ゼミの入札結果が発表されました」
関係者を前に、宮野は神妙な面持ちだ。
「優先交渉権は、菱沼ネットワークスが獲得。残念ながら、我々は次点でした」
「点数は僅差だったそうだ。後で、詳細をメールで送ります」
高岡課長も残念そうに、うつむき加減だ。
「今回は受注に至らなかったが、皆さん良くやってくれました。特に、縄田君と比留間君。君たちが、頑張ってくれたおかげです。本当にありがとう」
ふたりに向けて、高岡課長が頭を下げた。
朝菜は、社内コンペの発表のときと同じように、自分に問いかけた。残念? 悲しい? 当然残念だ。みんなの努力が実を結ばなかった。でも、仕事をやり切った満足感は充分だ。今回は、結果が悪かっただけ。きっと、この先良い結果もあるはず。
横にいる比留間を見ると、すっきりした顔つきで頷いた。よかった、安心だ。
「縄田君。今だけは、泣いてもいいよ」
高岡課長は以前、泣くな、と言ったことを気にしていた。娘を心配する父親のようだ。
しかし、朝菜はしっかりと返答した。
「いいえ、もう泣きません。今回は、とてもいい経験になりました。次のプロジェクトがあったら、ぜひ参加させてください」
凛とした態度に、高岡課長は感心した。
「縄田君。君、大人の顔になったなあ……」
「いやあ。そんなこと、ないですよ」
照れ笑いの朝菜の背中を、鹿取が笑いながら、ポンポンと叩いた。
落ち込んでいるのは、宮野だ。残念そうに、ぶつぶつ言っている。
「本当に僅差だったんだ。価格なんて、ほんの数十万高いだけだったのに……」
ただ、新宮だけは、無表情で無言だった。
【21】エディス
フィン・モルダーは馬の背に、必死でしがみついていた。
全速力で走る馬から、振り落とされないためには、それしか無かった。
月は傾いたが、まだ夜は明けていない。暗い夜道を星月の明かりを頼りに、走るのはとても恐ろしい。ましてや、高速で移動することは、技術というよりも、まず勇気を試される行為だ。
国境に建つカノン城の主、サイモン王子は、この窮状を一刻も早く王城へ伝えよ、と命令を下した。そしてフィン・モルダーに、地下に隠された抜け道を教えた。
王子を連れて、と考えないでもなかったが、拒否されることは目に見えていた。それよりも、まずフィン・モルダーが、無事に王城へ到着することを望むだろう。途中で、攻撃を受けることも十分ありえるのだ。
「くそっ。カイドン隊長は、人使い荒いぜ。こんな役目、やらせやがって」
激しく揺さぶられながら、悪態をつく。さらに、疲労感が増すのを感じた。
しかし、フィン・モルダーは、任務を放り出すことはない。恐らく、カイドン隊長は、最悪の事態を考えて人選したのだろう。
かなり、長い間走ったように思われる。暗い中、ぼんやりと王城が見える丘まで、戻ってきた。もう一息、と思った途端、馬の速度が極端に遅くなった。人が歩く速さと変わらなくなり、ついには足が止まる。
馬は荒い息を吐き、苦しそうにしている。疲労の限界に達してしまったのだ。
「こりゃ、参った」
フィン・モルダーは、素早く降りた。
馬のたてがみを撫でながら、話しかける。
「すまん、無理をさせた。休んでから、戻ってこい。ありがとうな」
無論、馬は返事はしないが、濡れた目が主人を見つめていた。
「よし。あとは……」
身に付けていた、重い物を捨てる。フィン・モルダーは、自分の足で走り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
らせん状に造られた階段を上ると、こんなにも目が回るのか。
エディスは、自分のとった行動が、間違いだったかもしれないと思い始めた。
アリエスの攻撃をかわしながら、王宮の迷路のような廊下を抜け、たどり着いたのは、塔の屋上へと至る階段だった。王城には四本の塔がある。それぞれ、内部にらせん階段が造られていた。
所々、明りとりの窓が開いており、そこからのぞく星月の光を頼りに上る。アリエスに、いたぶられた手足の傷がうずき、めまいと吐き気で倒れそうになった。それでも、屋上までは、我慢するしかない。
なぜだろう、苦しいときには、アサナの顔が思い浮かぶ。同じように、苦しみに耐えているからだろうか。違うな。耐えて、活路を見出す知恵と勇気があるからだ。それは、わたしにも備わっているはず。
塔の屋上にたどり着いた。エディスの寝室と変わらない広さがある。これなら、アリエスと対峙するには充分だ。
空には満天の星。なま暖かい風が、エディスの金の髪を乱す。目を大きく開いた。
「ここに面白いものでもあるのか。お姫様」
剣を持った亡霊が到着した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フィン・モルダーは、胸を手で押さえながら、皆殺し橋を渡った。
口から心臓が飛び出しそうだ。
城下町の中央門で、ひと悶着あったが、振り切って町中を駆け抜けた。橋を渡り終えると仰向けにひっくり返える。様子を伺いに来た警備兵へ、息たえだえに告げた。
「ケント副隊長を呼んでくれ。今すぐに!」
さらに、うわ言の様につぶやいたが、聞いた者は誰もいない。
「早くしろ。この国が滅ぼされる」
【22】朝菜
放課後、あさひるコンビは、お疲れ様会をすることにした。
慰労会だが、お酒を飲んで騒げる訳でもない。制服ではレストランにも入りづらいので、場所は以前行った山小屋風のカフェだ。
朝菜が目を付けていた、ケーキかパフェを食べたい、と言い張ったせいでもある。
「結局、両方食べるんですね」
比留間はあきれ顔だ。
「はは。チートデイだよ。勉強したでしょ」
真心ゼミを失注したわりに、朝菜はご機嫌な様子だ。空元気かもしれないが。
「ああ、そんなのありましたね。でも、体に悪い…… あれ、鹿取さんですよね」
比留間は、遠くの奥まった席に座る、男女を見て言った。女性はこちらに、背を向けている。
朝菜は、ちらりと顔を向けると、すぐに戻した。髪形に覚えがある。見ては、いけなかったかも。なぜか、小声になる。
「うん、そうかもね。でも、あまり詮索は、良くないよ……」
「デートですね」
比留間は、平然としている。単純に、いいなあ、という様子だ。
「だから、そういうことは言わないの」
「すみません」
朝菜が小言を言って、比留間が反省するのが、あさひるコンビの定番になってきた。
すると、ふたりの席に、ふらりと野暮ったいスーツの男が現れた。比留間の横に座る。
「鹿取さんの後をつけて来たのかい」
「ええっ、新宮さん」
突然のことに、朝菜が驚いて声を上げた。
「あっ、ごめん」
「びっくりしましたよ。それに、後をつけて来たって…… どういう事ですか」
「あれっ、違うのか。失礼。それじゃあ」
「待って」
比留間が、席を立とうする新宮の腕を掴んで、引き止めた。真面目な表情だ。
「何か起こりましたか。教えてください」
新宮は、比留間と朝菜の顔を交互に見て、十秒ほど黙っていた。
「あまり、君たちには聞かせたくない類の話なんだが……」
また、十秒経過した。迷っている様子だ。
「……いずれ分かる事だから話すよ。鹿取さんが辞表を出した」
「えっ!」
あさひるコンビは、同時に驚きをあらわにした。口が半開きだ、
「なんで急に、病気なんですか」
「失注の責任問題ですか」
新宮は、大きく首を横に振った、
「全く違う。鹿取さんの両親の事情で、というのが表向きの理由だ」
「表向きって。なんですか」
「裏がある。転職だよ。再就職先は、菱沼ネットワークス」
新宮は、嫌そうな口調で言った。あさひるコンビは、声が出なかった。午前中に、聞かされた会社名だ。
「元々、菱沼ネットワークスの担当は鹿取さんだった。それを僕が引き継いだ。だから、菱沼ネットの幹部と食事をしたとき、聞いていた。菱沼ネットの中に、鹿取さんと親密な者がいる。そのうち、結婚するとか」
朝菜にとって、初耳だった。鹿取と食事に行っても、一言も聞いたことが無かった。
「結婚は、おめでたい事です。なんで、表と裏があるんですか」
「持参金ですよね。真心ゼミの仕事が」
比留間が、核心を突いた。新宮は、ジロリと睨んだ。
「比留間君、その言葉よく知ってるね。でも、その通りだと思う。うちの情報を流して、菱沼ネットに仕事を取らせる。その功績を持って転職し、ポストを得る。提案内容も応札価格も、全部知られてるから、うちは当然負けるよね」
朝菜は、呆然とした。何なの。仕事って何なの。なんなの!
「宮野さんが聞き出した情報によると、菱沼ネットの提案内容は、うちと似通っている。違う点はメタバースでコミュニティを作って、受験生が交流できるらしい」
新宮は、深刻な声だ。
比留間が、尋ねた。
「今、鹿取さんが会ってる男は、菱沼ネットの人なんですか」
「そう。僕も知ってる顔だ。鹿取さんを前から疑ってたけど、これで確信したよ」
比留間の顔が、怒りで赤く変色した。
「許せない。文句言ってやります。なんなら、一発殴ってやります」
「駄目」
朝菜が静かに言った。
比留間君には、行かせない。絶対に嫌。
「私が行く。これは、女同士の闘いよ」
(つづく)
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【23】完結
