NICUで働いて、「普通」という言葉の意味が変わった


「普通に産んであげたかった」「普通に育って欲しい」と、NICUにお子さんが入院しているご家族は、このような思いを抱くことがあるかもしれません。
私はNICUの看護師として12年間、多くの赤ちゃんとご家族に寄り添ってきました。
その中で、私は「普通」という言葉に違和感を覚えるようになりました。
赤ちゃんの成長も、家族の形も、一つとして同じものはありません。
だからこそ、この記事では「普通」というものさしで赤ちゃんやご自身を測らなくても大丈夫ということをお伝えしたいのです。
そして、これはNICUの看護師としてだけでなく、私自身が帝王切開で出産した一人の母親としても伝えたいことでもあります。
経膣分娩でも、帝王切開でも大切な命を迎えるためのお産に変わりはないのです。
この記事が「普通」に捕らわれて苦しくなった時に、少しだけ肩の力を抜いて、赤ちゃんとご家族の歩みを見つめ直すきっかけになれば幸いです。

「普通」とは、他人と比べるためのものさしではない

NICUで働くようになり、家族がふと口にされる「普通」という言葉に違和感を覚えるようになりました。
「普通に生まれてほしかった」「普通に成長してほしい」と、NICUで過ごす家族と関わる中で、「普通」という言葉にはたくさんの不安や願いが込められていると感じます。
その気持ちを否定したいわけではありませんが、毎日赤ちゃんと向き合うと「普通」というものさしは必要なのだろうか、と考えることが増えました。
NICUでは、予定日より何ヵ月も早く生まれた赤ちゃんもいれば、産まれたその瞬間から医療の力を必要とする赤ちゃんもいます。
それでも、一人一人が懸命に生き、その子なりのペースで一歩ずつ前へ進んでいるのです。
本来、「普通」は誰かと優劣を比べるためのものさしではありません。
大切なのは、その子自身が昨日より一歩前に進めたかどうかではないでしょうか。
これこそが、私がNICUの赤ちゃんたちから教えてもらったことです。

世間が作った「平均=普通」というものさしへの焦り

出産をすると、知らず知らずのうちに「平均」を目にする機会が増えることでしょう。
母子手帳での発達の目安、インターネットで検索した情報などを見る度に、「うちの子は大丈夫だろうか」と不安になる家族もいるはずです。
特に未熟児の場合には、成長発達がゆっくりであることが多く、不安を感じることも少なくないでしょう。
しかし、「平均」は多くの子供たちを元にした一つの目安であり、目の前にいる赤ちゃんの可能性や未来を決めるものではありません。
NICUの赤ちゃんは、それぞれ違うスタートラインから人生を歩み始めています。
だからこそ、比べる相手は同じ月齢の誰かではなく、昨日の赤ちゃんであって欲しいと思います。
昨日より体重が増えたり、少しミルクを飲める量が増えたり、その一つ一つの変化が誰かの「平均」では測れない赤ちゃんの大切な成長です。
そのため、「普通」という言葉に焦らなくても大丈夫なのです。

私がみてきた「普通」という概念に悩まされる人たち

私自身も「普通」という言葉に縛られていた一人です。
私は帝王切開で出産しました。
妊娠経過は異常なく、経膣分娩で赤ちゃんを出産することを、当たり前のように思い描いていました。
そのため、帝王切開が決まった時「普通に産みたかった」という思いが頭をよぎったことを今でも鮮明に覚えています。
しかしNICUでたくさんの親子に出会い、自分自身も母親になった今、あの頃の私は「普通」という言葉に縛られていたのだと感じます。
経膣分娩も、帝王切開もどちらも命を迎える大切なお産には変わりなく、赤ちゃんを無事にこの世に送り出すために選ばれた方法に優劣はないのです。
一方で、いつの間にか「経膣分娩が普通」という風潮もあり、それと違う出産を経験したお母さんが自分を責めてしまうことも少なくありません。
だからこそ、「普通」という言葉について一緒に考えていきたいと思うのです。

「普通に産めなかった」と自分を責める母親

NICUでは「私のせいで早く生まれてしまった」「普通に産んであげられなかった」と涙を流すお母さんに出会うことがあります。
赤ちゃんがNICUに入院する理由は様々であり、お母さんにはどうすることもできなかったケースも少なくありません。
それでも「もっとこうしていれば」「私が悪かったのではないか」と、自分を責め続ける方もいます。
しかし、赤ちゃんにとって大切なのは「普通に産んでくれたかどうか」ではありません。
目の前にいるお母さんこそが大切な存在なのです。
そのため、「普通に産めなかった」と自分自身を責めないでください。
優しく名前を呼んだり、抱っこしたりしてくれるその一つ一つが赤ちゃんにとっては心強く、安心できるものなのです。

「普通に育ってほしい」という願いに縛られる家族

未熟児は多くの合併症の併発や、成長発達がゆっくりなことも多く、「普通に育ってほしい」という言葉が家族から聞かれることが度々あります。
その願いはとても自然なものです。
しかし「普通に育ってほしい」という思いが強くなるほど、「まだできない」「周りの子はできている」と、誰かと比べることも増え家族の不安も大きくなるでしょう。
NICUでは小さな体で呼吸を頑張ることも、自分の力でミルクが飲めるようになることも大きな一歩です。
「普通ならもう⚪︎⚪︎できるはず」という基準でみてしまうと、その一歩が「まだできていないこと」になってしまいます。
私が大切にして欲しいことは、周りの子と比べた成長ではなく、昨日の赤ちゃんが今日はどんな一歩を踏み出したかということです。
「普通」を目指すよりも、その子らしい歩みを一緒に分かち合い喜ぶことが、家族にとっても赤ちゃんにとってもかけがえのない時間になると感じます。

NICUで学んだ「その子にとっての普通」という考え方

NICUで働き始めた頃の私は、世間一般の「普通」という枠組みにとらわれ、目の前で命と向き合う赤ちゃんやご家族にどう寄り添うべきか悩む日々を送っていました。
しかし、経験を重ねていくうちに、その捉え方は大きく変わっていきました。
医療機器のアラーム音が絶え間なく響くNICUの中で、小さな体で必死に生きようとする赤ちゃんがいます。
そしてその傍らには、「普通に生まれていれば、今頃は家に帰っていっしょに過ごせているはずなのに」という思いを抱え、不安な表情で面会に訪れる家族がいます。
日々その姿と向き合う中で、世間一般の「普通」というものさしで我が子を測ることが、どれほどご家族の心を追い詰めてしまうのかを痛感しました。
それまで自分が疑いもしなかった「普通」という言葉の概念は、経験を重ねていくうちに大きく崩れていきました。
世間が決めた平均や基準ではなく、「その子にとっての普通」を何より尊重し、その存在と歩みを深く実感するようになったのです。
教科書や育児書に書いてある「平均的な成長」や、周囲の赤ちゃんとの比較は、目の前にいる子の命の輝きを測る基準にはなりません。
NICUで過ごす時間を通して、赤ちゃんと家族が私に教えてくれたのは、世間の「ものさし」に我が子を無理に当てはめる必要はどこにもないということです。そして「その子にとっての普通とは何か」を大切にする姿勢を教えてくれました。

自力で息を吸い、ミルクを飲むこと自体が「当たり前」ではない現場

通常であれば、生まれた赤ちゃんが自力で呼吸をし、ミルクを飲む姿は「当たり前の光景」として捉えられがちです。
しかし、NICUの日常は違います。
人工呼吸器のサポートを受けてようやく酸素を体に取り込める子、チューブを使って数ccのミルクをゆっくりと胃に届ける子など、家族と喜びを分かち合う日々があります。
NICUでは、自分で息を吸うことも口からミルクを飲むことも、決して当たり前ではありません。今ここに必死に生きようとする命があること自体が、いくつもの奇跡が重なった上での「命がけの努力」なのです。
外の基準で言われる「普通」は、NICUでは何の意味も持ちません。小さな身体で、懸命に生きている姿こそが、赤ちゃんにとって唯一無二の「普通」なのだと気づかされました。

人との比較ではなく「昨日のその子」と比べる大切さ

面会している家族と話していると、「同じぐらいで生まれた隣の赤ちゃんはもう呼吸器が外れてる」「うちの子はいつになったら抱っこできますか」と、焦りや不安を口にされることがよくあります。
我が子を大切に思い早く良くなってほしいと願うからこそ、無意識に周りの子や世間の基準という「ものさし」を当てはめ、胸を痛めてしまう気持ちは十分に理解できます。
しかし、NICUで過ごす赤ちゃんたちは生まれてきた経過も、生まれてからの歩みも誰ひとりとして同じペースでは歩んでいません。
一人一人が、自分だけの道のりを自分のペースでしっかりと歩んでいるのです。
だからこそ大切にしてほしいのは、他の誰かと比べることではなく、「昨日の我が子」と比べることです。
一見大きく変わっていなくても、赤ちゃんの中では確実に「今日を懸命に生き抜いた時間」が積み重なっています。
世間のものさしで赤ちゃんを見るのではなく、「昨日から今日へつないだ小さな変化」を一緒に喜ぶことが大切なのではないでしょうか。

普通にとらわれない考え方

「普通ならこう」「みんなはこうしている」と考えると、どうしても周りと比べてしまいます。
特にNICUに入院している赤ちゃんを育てる家族にとっては、同じ月齢の赤ちゃんの様子や、発達の目安が気になってしまうこともあるのではないかと思います。
「うちの子は大丈夫かな」「周りに追いつけるのかな」と不安を抱くことは、決しておかしなことではありません。
我が子を大切に思っているからこそ、少しでも安心したくて何か基準が欲しくなるのです。
しかし、私はNICUで多くの赤ちゃんと出会ってきたからこそ、一人一人の違いやその子らしさを見て欲しいと思っています。
「普通」から外れないように育てるのではなく、その子自身の歩みを見つめることで、家族の中にある不安が少しでも軽くなるのかもしれません。

赤ちゃんは誰かと競うためではなく、自分を生きるために生まれてきた

赤ちゃんが生まれた瞬間から、私たちは無意識のうちに「順調かどうか」を気にします。
体重は増えているか、ミルクは飲めているかなど、もちろん成長を見守るうえで大切なことです。
しかし、そこに「周りの子より早いか遅いか」という視点が加わると、いつの間にか成長が競争のように感じられてしまうことがあります。
NICUで過ごす赤ちゃんたちは、誰かと競っているわけではありません。小さな体で呼吸をして、眠って、泣いてと少しずつ力をつけています。昨日できるようになったこともあれば、少し立ち止まることもあります。
それは、赤ちゃんが自分の時間を生きている証拠なのです。
赤ちゃんは、誰かと同じようになるために生まれてきたのではありません。誰かより早く成長するためでも、誰かに追いつくためでもなく、赤ちゃんだけの人生を赤ちゃんらしく生きるために生まれてきたのではないでしょうか。
周りと比べて「遅れている」と感じる時には、一度立ち止まってみてください。
「この子は、この子のペースで頑張っている」と認めてあげることで、一つ一つの成長を家族が喜べるようになっていくのだと感じます。

「普通」の形は、100家族いれば100通りあっていい

「普通の家族」と聞いた時に、どんな家族を思い浮かべるでしょうか。
赤ちゃんが生まれて、家に帰って家族みんなで一緒に過ごして、成長を見守っていくような姿を思い浮かべるかもしれません。
しかし、NICUではそれぞれ違った家族の形があるのです。
赤ちゃんが退院するまで毎日面会に来る家族もいれば、面会の送迎をする人がいなかったり、上の子のお世話で毎日面会が難しかったりする家族もいます。
また、赤ちゃんを抱ける日を待つ家族もいれば、まずは保育器の中にいる赤ちゃんの小さな手に触れることから始まる家族もいます。
どの家族にも、それぞれの事情があり、それぞれの愛情の形があるのです。
そのため、「こうするのが普通の家族」という一つの形に、自分たちを合わせなくても大丈夫です。
100の家族がいれば、100通りの家族の形があります。そして、そのどれか一つが正解なのではありません。NICUで過ごす時間も、退院してからの子育ても、それぞれの家族で違いがあることが当たり前なのです。
「我が家はこれでいいのかな」と迷うこともあるかもしれません。
その際は、世間の「普通」ではなく、家族にとって何が大切なのかを考えてみてはどうでしょうか。
赤ちゃんと家族が、一つの家族として過ごせることが、その家族にとっての「普通」なのだと思います。

「普通」という言葉に縛られそうなあなたへ

NICUで過ごしていると、「普通」という言葉が気になってしまうこともあることでしょう。
「普通に産んであげたかった」「普通に育って欲しい」と考えてしまうのは、赤ちゃんのことを大切に思っているからです。
そのように考えてしまう自分を、責めなくても大丈夫です。時には不安になったり、周りと比べてしまったりすることもあるでしょう。
しかし、そんな時に思い出して欲しいことがあります。「普通」という言葉だけで、赤ちゃんは測れないということです。
小さな体で今日を精一杯生きていること、初めて抱っこできたことなど、その一つ一つが赤ちゃんにしかない大切な成長です。
そして、赤ちゃんだけではありません。
家族がNICUに通い続けることや、離れている時間も赤ちゃんのことを考えていることなど、これも家族が積み重ねている大切な時間です。
どれも命を迎え、家族になっていくための大切な道のりなのです。
あなたの赤ちゃんには、その子だけのペースがあり、あなたの家族にはその家族だけの物語があります。周りと違っていても、それは決して悪いことではありません。
それは、あなたたち家族にしかない、大切な歩みなのです。

まとめ


今回は、NICUで働いて「普通」という言葉の概念が大きく変わったことについて解説しました。
NICUで働く中で、私は「普通」という言葉に、何度も出会ってきました。そして、「普通」という言葉の奥には、いつも赤ちゃんを大切に思う家族の愛情があります。
また私自身も、帝王切開で出産した時に、「普通に産みたかった」と感じた経験があります。
妊娠中は陣痛がきて、経膣分娩で赤ちゃんを迎えることを、どこか「普通のお産」だと思っていました。
しかし今は、違います。私は、帝王切開で我が子を迎えたことを、今ではとても誇りに思っています。
NICUで出会う赤ちゃんたちも、一人一人違うスタートラインから、それぞれのペースで成長しているのです。
そのため「普通」という一つのものさしで、赤ちゃんの成長や家族の歩みを測らなくても大丈夫です。
周りと比べてしまう日や、不安になる日もあるでしょう。その時は少しだけ、「普通」というものさしを置いて、昨日の赤ちゃんと今日の赤ちゃんを見てみてください。
小さな変化の一つ一つが、赤ちゃんの大切な成長です。
100の家族がいれば、100通りの歩みがあります。
「普通」に合わせるのではなく、赤ちゃんと家族だけの歩みを、どうか大切にしてください。
それは周りと違ってもいい、かけがえのない家族の物語です。


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