高校球児は錯覚をする。だが、その錯覚こそが珠玉の宝物だ。
塁上にヒットを打ったアイツがベンチを見る
ベンチの誰もが、そしてネクストバッターボックスのこの俺も、俺にもやれると思った
瞬間。
練習で硬くなった手のひらのマメ。
両手を地面について、終わりの見えない
ノックを受け続けたあの日。
今年の俺達なら甲子園にいけるかもしれない
そう思わせてくれた仲間たち。
今思えば、それは錯覚だったかもしれない。
全国には、自分達より強いチームが数えきれないほどある。
プロになるような選手がいるチームも
あるだろう。
体格も、技術も、環境も、何もかもが上の
学校もあっただろう。
それでも、あの頃のあの練習をした仲間たち
は本気で信じあっていた。
今年の俺達なら…。
根拠など、どこにもないのに
信じていた。
大人になると分かる。
分かつてしまう事がある。
世の中は、そんなに甘くない。
世の中、努力しても報われない事がある。
本気で、願っても叶わないものがある。
それを知った大人は、あの信頼と夢を
珠玉のものに感じる。
白球を追いかけた、あの頃は、
あきらめなかった。
信じることを、やめる事などなかった。
その純粋さが、今は眩しく感じる。
夏の大会が近づくと
学校中が少しだけ特別な空気になる。
夕日に染まるユニフォーム。
何度も洗っても、落ちないグランドの土。
仲間たちとの笑顔。
あのすべてが宝物だ。
最後の夏。
試合後のサイレン。
勝った者、負けた者。
泣いている仲間。
空を見上げる者。
静かに帽子をとる者。
あの日、夏が、俺達の夏が
終わった。
甲子園への道は遠い。
ほとんどの高校球児たちの夢は
夢の途中で、終わりがくる。
儚い。
だが、その儚さゆえに、珠玉の宝物なのだ
結果だけがすべてではない。
俺たちなら…
そう思わせてくれた仲間…
それこそが宝物なのだ。
大人になって振り返ると気がつく。
あれほど、何かを信じた時代はない。
仲間を信じ、自分を信じ、未来さえも
信じることができた。
たとえ、それが錯覚だったとしても…
人生に必要なのは、現実だけなのか…?
いや違う、
根拠のない自信。
叶うはずだという希望。
この仲間となら…やれるという錯覚。
高校球児は錯覚をする。
だが、その錯覚こそが珠玉の宝物だ。
そして人生に疲れた時、ふと振り返ればいい
あの夏、泥だらけになりながら、
甲子園を本気で目指していた自分を。
あの少年は、今のあなたにこう言うだろう
まだ、まだやれる
と。
