食べ物運
…無いのである、これが。ものの見事に。
特に、ここ数日間。
先週末の昼間。味噌ラーメンを食べようと店に入ったら、麺が払底。…終了。
先一昨日の昼間。スープカレーを食べようと店に入ったら、スープが払底。…終了。
一昨日の夜間。塩鮭の切り身の安売りがあると聞きつけ、閉店間際のスーパーの鮮魚売り場に行ったら、尻尾…、いや、尾鰭の先の切れっ端しか残っていない。…蛍の光と共に終了。
昨日の夕方。出張先の某所で老舗の蕎麦屋があると聞きつけ、喜び勇んで駆けつけたら、それまで何十年も続いていたという店舗の軒先に、前日付けで“一身上の都合にて閉店”の旨、断り書きが貼られていた。…問答無用で強制終了。
今日の帰宅前。職場の自販機に千円札を入れて、140円の缶コーヒーのボタンを押したら、百円玉8枚と十円玉6枚で釣銭ジャンジャンバリバリ…って、おまえ、パチンコ台じゃねぇんだぞ。しかも、出てきたモン、缶コーヒーじゃなくて缶汁粉じゃねーか、コレぇ!…ええい、諸々終了ぢゃ!
見事に全て、飲み食いに関わる事象である。
これら事象も、一度や二度の散発的な遭遇であれば、偶然と言えるのだろうが、私の場合、一度何処かで遭遇した日には、何故かその後も立て続けに重なる為、実に始末に負えない。
オレ、よっぽど、前世において、食い物での無礼か粗相を働いたんだべか…?
…よもや、オレが道を歩く度、皆で寄ってたかって麺やらスープやらを隠蔽し、シャケの尻ビレをハサミでちょん切り落とし、蕎麦屋をフン潰し、自販機のコインメックのストックを全開放、且つ中身を掏り替えて…と、態々小細工を図っているんじゃあるまいな…、と、あらぬ被害妄想が頭を擡げてくる。
そう、宇宙規模レベルの壮大なる嫌がらせ。それか、どこかの勢力からの理不尽な仕打ちにしか思えない。
大体、選りに選って、“食い物専門”というのが、忌々しい。
大凡、こんな具合であろうか…。
【おっ?あのマリノスケだかという、うすらはんかくさい者が、100メートル前方の角を曲がったぞ。よし、総員撤収!皆の者、麺とスープを喰らい尽くせ!塩ジャケは裏の川へぶっ放し、カムバックサーモン!暖簾は取り急ぎ染物屋へ持って行け!自販機は…】
…ぐらいの旨の合図でも、私の行く先々で、それとは解らぬよう、何らかの形で発信されているのではないか。
妄想逞しく、此処までくると最早、意固地である。半ばヤケ糞ともいうか…。
「こうなりゃ帰る途中、なんも食ってやんねぇ!ええい、何処さも寄らねぇ!コイツらと勝負ばしてやる…食い物の恨み、晴らさでおくべきか…!皆の者、止めるな…。行かねばならぬ…。この印籠が目に…(以下省略)」
缶汁粉を片手に帰路へ就き、怒り肩で地下鉄の階段を下る。
馴染みの飲食店街、本日は袖にする。
すんませんね。来週にでも寄らせて頂きます…。
「…見てれよ。今日なんかよ、朝に米研いで、炊飯器ばタイマーセットして来て、19時丁度に炊かさるようにしてあるんだ。梅干しと焼いたロウソクボッケ(身が細く、あまり脂の乗っていないホッケ。上記の塩鮭の代わりに、半値で購入)ば、乗っけて食うべぇ」
ブツクサ呟きつつ、鼻息をフンガフンガとおっ立て、減った腹を盛大に鳴らし、帰宅ラッシュが幾分落ち着いた地下鉄に乗る。他の乗客が、ほんの少し警戒気味にこちらを見、身を引いている気がする。これは、妄想ではなく、現実。
某線某駅にて降り、歩いて3分。札幌市内某所に建つ、賃貸マンション“メゾン・ド・Oden 〜蒟蒻マンション半平荘(仮名。築40年也)”エントランスに到着。時に18:58。上階から降りてくるエレベーターを待つ。
あと2分もすると、妻の目を掻い潜り、旭川の自宅から持ち込んだ、精米したての東川産『ななつぼし』が炊ける。
エレベーターが我が部屋の階に、19時ジャストにチンと止まる。
玄関を開く…。
…瞬間、炊き立てホヤホヤ飯の艶やかかつ官能的な蒸気が、私の鼻腔を愛撫する…。
【おかえりなさいませ〜。御主人様ぁ〜。萌え萌えきゅんきゅん♡】
…と、両手でハートマーク作って、「おいしくな〜れ♡」とか…、って…、いや、これでねくてよ…。
空腹に因る精神の混濁故、失敬仕った。
軌道修正をば…。
…瞬間、炊き立てシャッキリ飯の香ばしくも熱情的な蒸気が、私の鼻腔を鷲掴みにする…。
【おぅ、御疲れ。ほれ、熱い内に、やっど、けぇ(北海道弁で、“早く、食え”の意)!】
…と、無骨ながらも、労ってくれる、屈強な“米農家のとうさん”的な、硬派なイメージの“飯”。だって、ロウソクボッケをアテに食うんだし。うん、こっちだべ、やっぱり…。
…と、めでたく、邪悪なる食い物運の無さに打ち勝ち、飯にありつける…。
ところが…、である。
んん…?匂いが…、しない…?
え…?もしや、メシ炊かさってねぇってか…?
まさかよ…。
鼻をクンクン…。
幾ら嗅いでも、そこに漂っているのは、築40年のマンション特有の黴臭い埃と、出しそびれた可燃ゴミが放つ、微かな、しかし確かな“生活の敗北臭”のみであった。
おかしい。
恐る恐るキッチンへ向かった。
暗がりに鎮座する炊飯器。その液晶パネルを凝視する。
そこには、輝かしく“炊飯完了”の文字が躍っている…筈だった。
しかし…。
液晶パネルは、無慈悲にも「00:00」の文字を点滅させていた。
え…。炊かさってない…?マジか…。
膝から崩れ落ちた。
言葉にならない。
コンセントが、抜けている…。
いや、正確には、今朝、掃除機を掛けるために抜いたプラグが、蛇の如く力無く床にのたうち回っていたのである。
ううっ…。食い物ばかりか、ついに電力にまでも見放されたのか…。
コンセントを抜いて、勝手に挿し忘れたのは、確実に私しかいない。
い、いや、連日に渡る責苦と、今現在の空きっ腹を抱える私には、それこそ宇宙規模レベルの“巨大な意志”によって、私の指先を操り、プラグを引っこ抜かせたとしか思えない…。
オレは悪くな…。
…いや、やめよう。もうさ、往生際が悪いわ。オレの所為以外の何ものでもない。
頭冷やして仕切り直そう。
虚しく浸水し切った米を眺め、プラグを挿し、翌朝の6:40に炊き上がる様、粛々とセットし直した。
今夜のところは、正月の餅の残りと缶汁粉で、ぜんざい“もどき”でも作って食おう。悪い組み合わせではなかろうて…。
食える物があり、そこそこに旨いのであれば有難い。
ちっとは、幸運と思わねば…。

〜後記〜
反省を含めた、個人の感想。
所謂、陰謀論者の思考とは、ある種これに近いものなのだろうか。
人生に於いて、偶々重なってしまった、決して“決定的ではない”程度の不幸“らしき”もの。
それを、勝手に“理不尽極まる”ものと捕捉したが為に、“自ら犯した不注意”やら“単なる偶然”という事実を受け入れるより、“誰か”に因る“壮大な謀略”という手の幻想を信じ込む事で、たかだか蟻の穴程度の自尊心を、辛うじて守り抜こうとするのであろうか。
そうだとすると誠に、御苦労にも御気楽な話である。
「私が駄目なんじゃない。巨悪が、私を拒絶しているのだ…」
…とか…。こんな妄想擬きの思考を摺り替えた程度のものを、大仰にも、“心理的防衛本能”とでも、大っぴらに言う訳?
“巨悪が、私を拒絶している…”だぁ?
そういうのを、“仮想敵”とか言うんだよ。
おまえ如きや俺如きの事象など、宇宙規模?世界規模?国家規模?…いや、隣近所の関心事にもなっとらんわ。烏滸がましいにも程がある。
いやはや…、こんなもんを拗らせている限り、地球上で戦火が絶えることは無いわな。
なお、今回の話に無理やり抉じ付ける様で、大変に心苦しいが、これだけは最後に…。
