閉鎖病棟51日目
三人目だった。
ここに来てから、亡くなった人は三人目になる。
最初の時は、現実感がなかった。
「病院なんだから仕方ない」
そう自分に言い聞かせた。
二人目の時は、少しだけ空気が変わった。
同じフロアにいた人たちの声が、小さくなった。
看護師の足音が、やけに響いた。
そして今日——三人目。
もう、誰も何も言わない。
閉鎖病棟は、不思議な場所だ。
外から見れば「守られた空間」。
中にいると「止まった世界」。
時間は流れているはずなのに、
日付だけが進んで、感情は同じ場所に置き去りになる。
ここでは、
叫ぶ人もいる。
笑い続ける人もいる。
壁に向かって話す人もいる。
でも、亡くなった人だけは——
急に、いなくなる。
昨日までそこにいた人が、
今日はいない。
理由も説明もなく、
ただ“存在だけ”が消える。
怖いのは、慣れてしまうことだ。
最初は動揺した。
次は沈んだ。
三回目の今日は——
静かだった。
悲しくないわけじゃない。
冷たいわけでもない。
ただ、理解してしまった。
ここでは、
「死」は事件じゃない。
「出来事」になる。
でも、本当は分かっている。
慣れていいことじゃない。
人がいなくなることに慣れたら、
人がいることの重さを忘れる。
だから書く。
ここで起きていることを、
外に出すために。
誰にも知られず消えていく命が、
確かにここにあったと残すために。
もしこの文章を外の世界で読んでいるなら、覚えていてほしい。
閉鎖病棟の中では、
今日も静かに誰かが消えている。
そして明日も、たぶん——消える。
ここから先は、有料部分で書きます。
三人目の方に起きていた“異変”と、亡くなる前日に見た光景。
あれを知れば、たぶんあなたはもう、閉鎖病棟を同じ目では見られなくなる。
※ここから先は、有料部分です。
ここからは、三人目の方のことを、
見たまま、感じたまま、書きます。
名前も年齢も出しません。
でも——
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