見出し画像

【ワイン概論】「グランクリュ」の正体:その時、歴史が動いた。

ワインの業界に携わっていると、しょっちゅう耳にする「グランクリュ」
日本では「特級畑」「特級村」という言葉で解釈されているようです。

この言葉の語源を紐解くと、
グランgrand(仏)=グレートgreat(英)=偉大な」で、そして「Cru」は、フランス語の動詞 croître(クロワートル=育つ、成長する) の過去分詞形が名詞化したものです。
「その土地から生まれ、育った偉大な農作物」という意味でしょうか。

現在では最高峰のワインに与えられる公的な「称号」のようになっていますが、実はこの言葉が法律で定義されたのは1930年代(INAOの設立以降)のこと。

少なくとも1800年代末までは、今のような意味での「グランクリュ」という言葉すら存在しませんでした。

その成立の歴史を深堀してみると、そこには人間たちの生々しいドラマが隠されていて、グランクリュ(特級)とはいえ、近鉄特急と京阪特急、特急はるかくらいの違いがあります

① ブルゴーニュ

修道士たちの「科学」と「学習」

ブルゴーニュの畑が細かくモザイク状に分かれているのは、中世の修道士たち(元祖データサイエンティスト)が何百年もかけて蓄積した「観察記録」というエビデンスがあったからです。

1930年代に国(INAO)が公的な格付けを決める際、ベースにしたのはこの修道士たちのデータでした。

当時、すでに世界的な知名度を誇っていた「ポマール」や「ヴォルネイ」といった名門の村は、あえてグランクリュ(特級)の申請をしませんでした。

「国からのお墨付き(称号)なんか貰わなくても、俺たちの畑の素晴らしさは数百年前から修道士のデータが証明しているし、十分に売れている」

もちろん税金や村民の総意といったデメリットの方が多かったことは予想されますが、そこまでメリットが見いだせなかったのでしょう。

ブルゴーニュのグランクリュという称号の裏には、こうした古参ブランドの冷徹なプライドも隠されています。

② ボルドー

経済的なプロモーションの勝利

1855年のパリ万国博覧会で生まれた「ボルドー・メドックの格付け」。
170年近く続く圧倒的な権威ですが、実はこれ、ナポレオン3世の突然の命により、わずか2週間で突貫作成されたリストに過ぎません。

基準はテロワールではなく、「過去100年間の市場取引価格」という冷徹な経済ロジックでした。

1トノー=750ml ボトル1,200本分

あまりに時間がなかったため、審査員たちはジロンド川の対岸にある産地まで検討する余裕がありませんでした。


例えるなら、ミシュランガイドが京都の日本料理店ばかりを見ていて、はるか遠くの芦屋まで調査をする時間がなかったようなものです。
(ChラトゥールからCh ペトリュスまでは、京都駅~芦屋駅くらいの距離なのです。)

当然、置いてきぼりにされたポムロールの生産者たちは、そのいい加減な審査をどこか冷めた目で見ていました。だからこそ彼らは、今でも独自の格付けを持たず、「価格と品質」だけで勝負する独自のビジネスモデルを貫いているのです。

③ シャンパーニュ

政治的妥協によるカルテルの誕生

では、シャンパーニュのグランクリュはどうでしょうか?

ここで、ブルゴーニュの最高峰「ロマネ・コンティ」と、シャンパーニュのグランクリュを比較してみましょう。

  • ロマネ・コンティの面積:わずか 1.8ヘクタール

  • シャンパーニュ最大の特級村(シュイィ)の面積:なんと 530ヘクタール
    身近な例でいうと、ロマネ・コンティが一般的な小中学校の敷地面積と同じくらい、シュイイ村は京都市下京区よりちょっと小さいくらいです。

同じ「特級」という言葉を使っていながら、その規模の差は約300倍
個別の「点(畑)」で区切るブルゴーニュに対し、シャンパーニュは「村丸ごと(エリア)」が特級なのです。
これ、比較すること自体に無理があると思いませんか?

なぜこんな大雑把なシステムになったのか。
理由は1911年に起きた「シャンパーニュ暴動」という政治闘争にあります。

1800年代末から資本家(シャンパーニュメゾン)の不当な買いたたきに怒った農家たちが軍隊まで出動する大暴動を起こした際、国はその怒りを収めるための妥協案として、村ごとにブドウの取引価格(%)を保証するルールを作りました。



このシステムがÉchelle des Crus(エシェル・デ・クリュ)と呼ばれます

一言でいうと、「国が定めた、ブドウの『公定取引価格』の割合システム」です。

毎年、ワイン生産者(メゾン)とブドウ栽培農家の話し合いによって、その年の「ブドウの基準価格(100%の価格)」が1キログラムあたり何ユーロと決められます。

その基準価格に対して、自分の村の格付け比率(%)を掛け算した金額が、農家の手取りになるという仕組みです。

  • グランクリュ(特級村)17村 :比率 100%

    1. 基準価格が「1キロ=1,000円」なら、そのまま1,000円で買い取ってもらえる。

  • プルミエクリュ(一級村)42村:比率 99% 〜 90%

    1. 基準価格の990円〜900円で買い取ってもらえる。

  • 格付けなしの村 260村:比率 89% 〜 80%

    1. 基準価格の890円〜800円での取引になる。

【ここがポイント】

ブルゴーニュのように「この畑のブドウは素晴らしいから高い」のではなく、シャンパーニュでは「この村(エリア)に属していれば、一律100%の満額で買い取ります」という、農家の収入を国が保障するための政治的な価格決定ルールだったのです。

このとき、暴動の先頭に立って戦った村々が、名誉のリカバリーとして「特級村(100%クリュ)」の称号を勝ち取ったのです。

これは日本の歴史で言えば、明治維新を成功させた「薩摩・長州」の藩閥が、新政府で圧倒的に優遇された構図と全く同じです。

一方では大変気候が悪く気温も低いシャンパーニュ地方においては、収入を保証されるための生存戦略でもあったと言えるでしょう。
また、複数年度に渡るワインのブレンドや、異なったブドウ品種のブレンドも不作の年を免れるためのやはり「生存戦略」とも言えます。

※現在は法律による価格強制は公正な取引とはみなされず廃止され、自由取引の「目安」となっていますが、格付けの呼称だけが残っています。

シャンパーニュのグランクリュの誕生とは、テロワールの証明ではなく、資本家(シャンパーニュメゾン)と農業従事者の対立に国が介入した「政治的調停ツール」だったのです。

まとめ

こうして比較すると、同じ「最高峰」という言葉の裏にも、全く異なる人間の生存戦略(ストーリー)が流れていることが分かります。

日本の試験においての多くは単語と単語を繋ぐだけの記憶力を試すものとなりがちです。

問)グランクリュの意味は各地方によって異なります。
  ブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュそれぞれの「グランクリュ」の定義を答えなさい。

などどうでしょう。



いいなと思ったら応援しよう!