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八月とアジアは近い

今日は台湾からのエリート36歳とランチ。私のとっておきのお店に来た。数年ぶり。3割ほど値段も上がっていた。だけど、やっぱり美味しい。

台湾からのこの同僚と1月にした、ランチの約束は、本当は2月の始めだった。

だけど、私は1月2月は冬季鬱に罹患していて、ランチは行けなかった。そこで、3月になったら行きましょうと連絡したけど、3月17日にフランスから帰国後、3月はあっという間に過ぎてしまった。4月は花鬱に罹患してしまい、5月になったら、若葉鬱と老害おじさんの熱気怒気にやられ、6月は後遺症。ようやく、セミの声で覇気を取り戻した。

そして、彼は8月末で帰ってしまう。

火曜日の朝、出勤したら、手紙とお土産の台湾茶が入ったバッグがドアにかかっていた。クー、自分のふがいなさに泣けてきた。

お店に電話して予約できる日を確認して、彼とランチの約束がようやくできた。この「お店に電話して予約できる日を確認して、彼と約束できた。」作業は抑鬱状態では絶対にできない。

お刺身。彼もお刺身大好き。本当は派遣先は東京だったのだが、この街に来て、お刺身を思う存分食べれて幸せだったといった。
ナスのグラタン風は中に、ホタテやアスパラなど、10種の野菜や魚介が入っている
ご飯はお釜で炊く。おこげが好きな話をした。
台湾の若者には1年近い軍事訓練があるという。実際、エリートは2カ月の入隊と10カ月のボランティア活動ということだが、その縦社会の中で「平和」を深く考えたという。

彼から、「法の」下の支配と「法で」支配することの違いを説明された。そして、東京裁判により、日本は戦争責任を自分たちで問う契機を失ってしまい、責任の所在がうやむやになってしまったと私が言う。第二次世界戦争後の話しをたくさんした。彼の年齢を忘れていた。仕事に戻り、note記事を調べたら、36歳となっていて、今驚いた。若いのに老練している。さすがエリート。

彼も、今日、私の年齢を知って驚いていた。食事中「あと2年半で定年なので、時間があまりないの」と私が言ったら、彼はフリーズした。何回も「えー?」と言って、「失礼ですけど、日本の定年は何歳なんですか」というので、65歳というと、口を開けてびっくりしていた。詐欺みたいでごめんなさいと謝った(ズーズーしいラメ)。「フランス人はアジア人の年齢わからないから、30代や40代と間違えられて、62歳というと口をあんぐり開けられるの」(調子にのるラメ)。彼は、「アジアから見ても、ミラクルです」と頬を染めて褒めてくれた。木に登るラメ。こないだの松坂屋デパコスに感謝。


蝉もお調子屋の八月のラメに驚いて、網戸で「ミーン」と鳴いた。

そういうわけで、最寄り空港から2,3時間で、ソウルにも台北にも行けることを初めて知ったラメ。まずは、12月18日から1週間、ソウルに行ってきます。その次、台北と高尾。