繊細さにもほどがある?
自分でいうのもなんだけど、私は、繊細だ。傷つきやすい。その中でも嘘をつかれたり、騙されたりするとダメージが大きい。24時間でも泣き続ける。48時間になることもある。そして、30年たっても40年たっても、毎日、だました人のことを思い出すほど執念深くもある。この嘘への嫌悪感はおそらく、私の家族の中で形成されたのだと思う。母と弟は平気でうそをつく人たち。その嘘が時に、脅迫になって小さいときの私に襲いかかった。
noteで、初めて嫌な目にあったのは、去年の10月19日。
noteをやめようと思って、「スルーできないの」を書いた。そしたら、まだnoteを始めて2カ月弱の私に、15、6の人からコメントが入り、気にしないでと励ましてくれた。一人のnoterさんからブロックの仕方を習った。
2回目が今日、気持ちの良い日曜日の午後。大学4年生という女の子から、大の里のnoteにスキが入った。彼女のnoteを読んでみて、私も彼女のnoteにスキを押したら、すぐ、私へのスキを撤回された。前も同じことをされた記憶が蘇った。その時は勘違いかなとも思ってそのままにした。今回は、彼女のnoteにスキを押して、1分で私へのスキが消えたので確信した。スキを押して、返してくれたら撤回する?もしかして、私が返すのが遅かったから、スキを撤回するスキ屋さん。いやーな気がしたので、前にnoterさんから教えてもらったように、ブロックすることにした。今日、私の周りのnoterさんのところに集中して出没している。彼女のnoteに興味あったら、読み返してみてね。多分、履歴に、〇〇のインターン日記からスキがありましたと残っていると思う。
他のnoterさんは、女子大生が書いたのではないと気づいているよね。書いているのはそのインターン会社関係者。分かり切ってるよね。後で考えれば分かり切っているのに、その時は、女子大生が書いていると思いこんでしまう。まあ、それは大した問題ではないけど…。
だけど、私は、やっぱり、スルーできない。しっかりnoteに向き合って、記事を読んでるのに、フォローを催促するコメントを書いたり、読んでもないのにスキをでっちあげたり。かなり傷つく。
写真は、職場のデスクを整理していたら、たくさんの30代の写真が出てきた。この写真は36歳の時のアンコールワット。たくさん、写真を撮ってもらっていた。このオレンジのTシャツは今も着ている…。カンボジアにグループでボランティアに出かけた時。
25年前は、恐ろしいほど、首都プノンペンも荒んでいた。空き地には、数百人の人が太陽を遮る屋根やテントもないのに、そこで寝起きしていた。内戦自体は終わってから十年以上経っていたけど、地雷やポルポトの残党がまだいた。道路に信号がなかった。道路は舗装されていなかった。裁判も傍聴した。うーん。外国の基金で優秀な若者は留学するけど、学位を採ったら、みんなカンボジアから離れてしまうという。それから、毎年出かけたけど、行くたびに見違えるほど整備されていった。信号もできた。最後に行ったのは、2011年3月。東日本大震災の3月11日はプノンペンにいた。ボランティアに行ったのに、帰国時は、カンボジアのみなさんから頑張って、応援していると言われた…。
ポルポトルージュのような最悪な人たちが国を牛耳るのと比べると、少しくらいの嘘は見逃した方がいいのかもしれない。だけど、そういう人に会うと、心拍数が上がって辛くなる。決して慣れることはない。繊細というより、嘘に過剰反応してしまうのかもしれない。
⭐︎このnoteは今日の午後4時くらいに一度公開したのですが、さまざまな意見があると思い、一度戻しました。でも、noteへの真摯な気持ちと、私の特性の一つでもある嘘への嫌悪感をまとめて、書いて残したいと思いました。
