見出し画像

自分が死ぬことと人に死なれること

私達の特性として、自分が明日死ぬことは大して嫌じゃない。61歳の今まで、よく頑張ってきたねと言ってあげたい。あの、私のことが心底嫌いで、私に対する愛情なんて微塵ももっていない(発達障害の子どもは親ですら不格好で見たくないんだと思う…)母ですら、生前、認知症になる前、私に、「本当に頑張ったね。そういう生き方があるとは思わなかった」と私を褒めた。だから、私は自分のできることを最大限活かして生き抜けた自負がある。だから、いつ死んでも後悔はない。

ところが、家族が死ぬことを想像するだけで辛い。例えば、夫が死んでしまうとすれば、「あの時のあの笑顔。あんなにあの時、嬉しそうだったのに」と元気な今ですら辛く哀しくなる、ドライアイの私の目から涙が出る。これが愛というものだと数年前気が付いた。子どもなんて、そういうこと考えるのも嫌だ。だから、もし、子どもが病気になったら、どの臓器でも絶対にあげたい。全く、美談ではなく、特性として死ぬことが嫌じゃない母親にとって、愛する家族のために死ぬなんて、ご飯を作るより楽なこと。それこそ朝飯前だ。

昨日、若い友達が死んだ。まだ、42歳だったから、別の友達から電話があったとき、なんかピンとこなかった。でも、電話を切って、彼女がずっと私の側にいるかのように思い出が噴き出した。彼女はいつも笑っていた。いつも生まれたままの天真爛漫さだった。彼女の実家の畑のブロッコリー畑のブロッコリーの間引きの話し。なんか文句をいうときの口のとがらし方。彼女がひと夏、実家に居候していたとき、炎天下の中、ブロッコリー畑で作業しているだけで嫌になると言ったとき、このまま時間ばかり無為に過ぎると悲しんだとき、まだ20代の彼女に私が伝えた。「だけどね、女の子は、たった一晩でプリンセスに変われることがあるんだよ。シンデレラのようにね」

その後、彼女は初心を貫き、私と同じ仕事に就き、そして、異業種の素敵な男性とばったり出会い、結婚することになった。仲間の新聞記者に頼まれ、記事風の祝辞を書いた。その新聞社のレイアウトで号外風お祝いを企画した。私は、「おめでとう。真のプリンセスになったね。そして、このストーリーは永遠に続くんだね」とベタだけど、書き贈った。ただ、noteでは心のまま書くから、こんな文章だけど、自慢じゃないけど、出版社や新聞社の寄稿や投稿でボツになったことないんだよ。だから、もっと素敵な記事を書きました。

その後、あの記事のお礼、言われたことないことに今気が付いた。彼女と年の差が20歳あって、良かった。みんなより早く、彼女に向こうであって、あの記事どうだった?て聞ける。きっと、彼女は、「そんなのありましたか?」とすっとぼけるんだろうな。

明日、お葬式。隣県まで、サヨナラを言いにいく。マスカラはぬらないでおこう。私のことだから、マスカラつけているのを忘れて、目をこすっちゃうと思うから。


庭に咲いた野生の百合。もっともっとたくさん咲いたら、Yちゃんに持っていけるのに。