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「断り方がわからない」のではなく身体が断れるモードじゃないから、かも

HSPが才能を発揮してキャリアを築く支援をしている皆川公美子さんの記事

そうそう、そうよね。とひざを打ちたくなる気持ち。

皆川さんの言葉を拝借するなら
「境界線が引けないのは、断り方がわからないのではなくて、ニーズを尊重されない環境で育ったので身体が断るモードじゃない。幼少期を生き残った人の神経パターンだということ」

ということです。言い得ています!

境界線を引けなかった過去

私もかつては境界線を引けない人でした。「NO」という言葉が浮かばないのです。瞬時に口が勝手に動いて「はいはい、いいですよ!」と明るく返事をしてしまいます。断るという選択肢が、そもそも存在しなかった。

後になって「どうして断らなかったのだろう」と悔やむものの、時すでに遅し。「次こそは注意しよう!」と決意しても、また同じことをしてしまう。自分にほとほと嫌気がさしました。

境界線を引けるようになった理由

まだ完全に引けるかというと怪しいのですが、だいぶマシになりました。長年渡り歩いたセラピーやカウンセリングが少しずつ効いたのと、最近受けている自律神経を整えるセラピーが効果を出したと思います。

読書やセラピーを通じて「ニーズを尊重されない環境で育ったので、身体が断るモードになっていなかった」と知ったことで安心しました。自分が壊れた、おかしな人間ではなく、ある種の環境では大変適応的だったわかったので。言い換えれば、厳しい幼少期を生き延びるために、断れないような神経パターンがつくられたようです。

これも大変役立った「トラウマ変容ワークブック」

幼少期の影響と境界線の欠如

思い返せば、母との関係には「断る」という選択肢がありませんでした。不平不満を表情に出すだけで、すぐに叱り飛ばされました。何かにつけて一触即発の状態でした。「私の大変さをわかってよ!」と訴える母に、子どもとしては「知らんがな」と言いたいところでしたが、圧倒的な強者である母にそんなことができるはずもなく。エネルギーを吸い取られるような感覚の中で、まったく余裕がありませんでした。

私の気持ちが尊重されることはなく、やがて自分の気持ちに蓋をするのが当たり前になっていきました。そして、ついに自分の気持ちが分からなくなりました。過剰に相手に同調する癖は、このあたりから生じたのだと思います。

人生の選択と境界線の問題

冒頭で紹介した皆川さんの記事には、

「境界が持ちづらいHSPさんのなかには、お母さんの希望を知らないうちにかなえ続け、自分の希望を考える間もなく、お母さんが望んだ職業や学校に行って、かなりあとになってから『この選択は誰がしたかったんだっけ』と人生が自分のものでなくなっていたと気づく人もいます。」

とありました。

私の進路選択にも当てはまります。文理選択に悔いが残り、セラピーを何度も受けてやっと2024年10月に解消しました。

https://note.com/homoludens3839/n/n9b2bff7a91e3

人生が自分のものでないという感覚がずっと拭えませんでした。本当に虚しいことです。

境界線は適切なケアと練習で引ける

しかし、境界線は適切なケアと練習で引けるようになります。

重症な人はまずケアを受けることをおすすめします。近頃は安全で効率がいい手法が色々開発されました。

発達性トラウマを知りセラピーを受けて回復してきた道のり
マガジン「闇から光へ 回復の軌跡」

残念ながら、適切なケアにつながることは決して容易なことではありません。私の紆余曲折が正しいケアを受けるヒントになるかもしれません。

よいカウンセラーに出会うのは難しい。私の経験がお役に立てれば
【実録】23年405万円かけてわかったカウンセラー選び6つの落とし穴


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生きづらさを抱えながら奮闘してきた半世紀の人生を振り返りつつ、トラウマやセラピー、トラウマを通して見えてきた社会問題などについて書きます。


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