「人生を狂わす名著50」を読んで
「人生を豊かにする」でも「人生を深める」でもなく「人生を狂わす」という言葉が目を引いて、この本を手に取りました。著者は京大文系院卒。「狂わす」なんて、いかにも京大生が好みそうな言葉です。「京大文系女子の王道をいく」と評された、私のクネクネ人生に寄与した本が載っているかもしれない、と期待しました。
どんな本か
「人生を狂わす名著50」は、書評家・三宅香帆の京大生時代のデビュー作です。「狂う」とは「世界の規範から外れる」ことを意味するのだとか。外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる、言い換えれば社会や世界に流されることのできなくなる本が50冊、一つひとつについて紹介文と人生を狂わす一言が書かれています。
紹介された本をきっかけに越し方を振返る
真っ先に目に飛び込んだのはアガサ・クリスティー著「春にして君を離れ」です。この本を初めて読んだのはおそらく20代後半。就職のあてもないまま大学を卒業した後、心療内科の門を叩いた頃です。主人公と母を重ね合わせて読みました。母と分かり合うことは無理だと教えてくれた本です。
悲しいけどあの人は仕方ない、という静かな諦めの気持ち。でもどこか重荷を下ろした気分でした。当時は「家族はいいもの」、「お母さんは愛情深い存在」というのが今よりずっと信じられていました。だとしたら、家族のはみ出し者で母親とうまくいっていない私が悪いということになります。そんなわけで、社会通念に反する真実を教えてくれたこの本は私にとって救いでした。
紹介の冒頭に「正しい幸せvs正しくない人生」とあります。振り返れば、母は「正しさ」を点検することがとうとうできなかった。私はその理由をもしかすると母以上に知っているけれど、話すことは一生ないでしょう。
他にも、高校時代の悪友と語り合った坂口安吾「堕落論」、寺山修司「家出のすすめ」が紹介されていて、嬉しい気持ちになりました。いかにして自由になるか、友人と口角泡を飛ばして自説を展開しました。
自由と言えば、エーリッヒ・フロム著「自由からの逃走」は正に今起こりつつあることがテーマです。SNSの自称愛国者の主張を見ながら、「自由」はしんどいのだな思います。学生のとき読んで大変感銘を受けました。この本を講義で取り上げた教授のゼミに入りました。
全体的に、文章から若さが溢れ出ています。それもそのはず。作者が京大院生のときに書かれた本です。そのためか、気持ちが30年前に引き戻されました。村上春樹「約束された場所で」の紹介文によれば、著者は1994年生まれとあります。1995年の地下鉄サリン当時は1歳だったとか。私は当時大学3回生ですぞ。
人生の豊かさはコスパタイパとは対極のところにある
三浦綾子「氷点」を紹介する文章の中で、「本って、現実をより深く考えさせてくれるもの」という言葉が出てきて何度も頷きました。深く考えるからこそ、社会や世界に流されることができず、人生を狂わす危険性があります。実際、私の人生はすっかり狂ってしまいました。
歳月は早いものです。中年になると体は疲れやすく、一晩寝たぐらいでは疲れが取れません。いつも体力の温存を考えて行動するようになりました。母校に行くと現役学生の若さが眩しく感じられます。毎日思い切り遊び、勉強できる若者が羨ましくなります。
学生時代は決して弾ける楽しい日々でいっぱいだったわけではなく、秀才、奇才、天才溢れるキャンパスで悩み苦しみ、名門大学の光と影を味わいました。トラウマ反応を抱えて生きるだけで精いっぱいだったはずです。当時の自分を労いたい気持ちです。
SNSがない時代に生まれた幸運を感じます。先が見えすぎると冒険できません。「知らぬが仏」と言いますね。本を読み、悩み苦しんだ私の人生には豊かな側面があったのかもしれません。
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