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息子の運動会で感じた違和感。時代錯誤、目的は何か。

こんばんは〜honaです!毎日投稿中です!

今日は、息子の初めての運動会で感じた違和感について、残したいと思います。

小1息子のはじめての運動会に行ってきました。

昨今の情勢下を考慮し、午前だけの開催。各家庭からは大人2名のみ(未就学児は可)、観覧は2学年ずつの交代制で、大人は1時間ほど滞在できるというようなものでした。

はじめての運動会と言うこともあって、息子は終始緊張した様子で、こちらが手を振って私たちに気づいても息子は手を振ってくれなくて、ちょっと親離れしたなぁと寂しい反面、徒競争、演技は、去年の保育園時代のものから大きく成長を感じて、すごく嬉しかったし、関係者の方々には感謝の念を感じています。

一方で、私もこのnoteで何度もお伝えしている気がしていますが、どうしても「運動会」と言うもの自体が、幼少期の子供たちにとって本当に意味があるものなのかと、疑問が隠せません。

先日、年少の娘の幼稚園の運動会に出かけたことも記事にし、その際にも触れましたが、もともと運動会は、戦前に国民の一体感を高めるために導入されており、その形がほぼ変わらないまま現在に至っているそうです。

戦争が終わって、もうすぐ80年です。
それも、ここ最近はテクノロジーの進化で、技術の革新が目まぐるしい勢いで進んでいるのは皆様ご承知の通りです。

運動会は、戦前のまま、時代に取り残されていないか。

また運動会だけではなく、現代の義務教育自体もとを辿ると、プロイセン(現ドイツ)が従順な兵士を大量生産するために作られた制度だと言われており、さらに産業革命以降のイギリスでは「優秀な人材」ではなく「工場でのライン仕事が忠実に行える人材」を作ることを目的としていたものなのだそうです。

https://cocoiro.me/article/54462/2

義務教育も、時代に取り残されては、いないか。

加えて、運動会の「目的」が、私にとってはよくわかりません。
子供たちへ与えられる教育は、すべてが彼らの育ちに意味があるものである必要があると私は考えています。
子供の時代でないと得られない心身の成長があることは、すでに科学的に裏付けられている。
その限られた時間を無駄にせず、すべてを彼らの育ちのためになることをするように心がけるべきだと思っています。

では運動会は、子供の育ちにどういった目的をもって行われているのでしょうか?

どうしてみんなで走って、順位をつけなければならないのか?
どうして学年全員みんなで同じ演技を練習して、発表しなければならないのか?
その理由は、どのように子どもたちに説明されているのか?

実は、このような私の思考を強化する出来事がありました。

私は、昨日公園で小1息子のクラスメートに会いました。
運動会の前日だったので、つい「明日運動会だねー」と声をかけてしまったのです。
そうしたら彼は、

運動会、いかないー

と答えました。

楽しくない

と。

そうだよ、運動会が楽しいことじゃない子だっている。
成長過程も好みも様々な子供たちがいることは当たり前、と認識してるつもりだったのに、すごく浅はかな声かけをしてしまった…と反省しました。

これからは今よりも更にダイバーシティー、多様性が求められる社会。
つまり「みんなと同じ」ではなく、それぞれの得意な部分を生かして、社会に役立てて、それぞれが不得意な部分を補いあう、いわば「やさしい社会」。

運動会には、そうした「やさしさ」が感じられなかった気がするのです。

子供は一人一人、性格も、好きなことも、成長過程も全部違うのに、そんな彼らのやりたい事を奪って、「大人が思ういい子供がやったらいいこと」をやらせているようにすら、感じてしまう。

子供は好奇心の塊です。これは子供と関わり関わり合っている人なら誰でも理解できると思います。
大人が思う子供がやったらいいこと」つまり「大人の都合」を子供に押し付けることで、彼らの好奇心ひいては自発的な遊びや学び、それに伴う脳や心の成長を妨げてしまわないか、私は心配でなりません。

大人になると、どんどん時が経つのが早くなると感じませんか。
比較して、子供の頃は、今よりも1日1とか1年が長かったと感じてると思います。
それは、子供にとっては、毎日新しいことがたくさんあって、好奇心に溢れて、毎日の規則正しい生活リズムの中で、少しずつ新しいものを吸収していく、とても密度の濃い、充実した時間だから、なんじゃないかと思います。

脳科学的にも、幼少期の脳細胞の活発化が理論付けられているように、幼少期の彼らの1日、1時間、1分1秒を無駄にする事は、これからの私たちが生きる未来、社会を無駄にしているのと同じなのではないかと、私は思うのです。

今日は、とにかく今日感じた違和感について残したくて、つらつらと残してしまいました。
もしも不快感を抱かせてしまったら、申し訳ありません。

もちろん、子供の成長が感じられたり、子供が「楽しかった」と言って帰ってきたことには、価値はあると思っています。
ただ、「楽しくなかった」「行きたくない」と思う子供も絶対に確実にそこにいることを、大人は忘れてはいけないと思いますし、もっと考えて行動していかなければいけないと改めて思いました。

では今日はこの辺で。

お読みいただきありがとうございました!

hona

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