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江戸城再建とは

江戸城天守は、姫路城の2倍の面積、3倍の体積を誇る木造建築の最高傑作とされ、耐震建築技術の基礎としても知られています

江戸城天守初代
慶長11年(1606)家康 現在の富士見多聞あたり

江戸城天守二代
元和8年(1622)秀忠 現在の天守台あたり

江戸城天守三代
寛永15年(1638)家光 小天守を付属させる五層構造の高さ60mに達する黒漆塗り天守だった。当時の建地割図が残っている。

1代目と2代目は設計が似ていたと思われる。
3代目は構造が違うので、設計も違ったと思われる。

三代の将軍が代替わりのたびに江戸城天守は築き直されたと記録にある。

巨大な天守は軍事力や権力の象徴であり、戦国時代の終わる三代将軍・徳川家光までは、戦国大名たちを牽制するために天守を上げる必要がありました

三代目の江戸城の天守は1657年の明暦の大火(振袖火事)で焼失して以降、天守は再建されていません。

大火の翌年の加賀藩前田家によって、高さ12mの花崗岩でできた天守台(46×42m。現存する天守台)が完成しますが、その上に天守は建ったことが有りませんでした。

幕府重臣の「保科正之」の提言によって天守閣の再建は断念されました。
理由①再建しなかった理由は、大火の被災者の救済と城下町の復興を優先したこと。
理由②戦国時代が終わり、法や制度の充実によって社会秩序を安定させようという「文治政治」に移行した。
理由③巨城は、莫大な建設費や維持管理費が必要になるので、再建しませんでした。

今なら入場料やらその他波及効果で収益を見込めますね。

IKIZAMA

550億円を費やして再建しようという動き
2025年3月31日、NewsPicksのHORIE-ONE(堀江貴文番組)で「江戸城天守再建」が取り上げられ、一般社団法人IKIZAMAの代表理事鈴木智博が議論をした。


江戸城再建に批判的な意見のいくつかをあげる-------------

「江戸城の再建」ではなく、「江戸城の新築」が正しい。
大火の時には現存する天守台は有りませんでした。

「再建」と言っても、上記のように現存する天守台は使われたことがないので
そこに無かった城を、天守台の上に建てるなら、「史跡を使った上モノ新築」になる。これは再建とは言わない。

「資料・建地割図に基づく三代目の木造天守の復元」をするなら、小天守を付属させる五層構造の高さ60mに達する黒漆塗り天守という事になるが、
小天守がない白漆喰の天守のみになりそう。

「ホリエモンがやろうと言ってるなら反対する」というアンチの声も。


江戸城再建は可能か?----------------

木造による再建を試みる場合、国産のヒノキを使用する。
断面が36cm四方のヒノキを1000本を主に、合計で1万本の木を使用する。建築基準法第3条に基づく措置を受ける必要がある。

建築基準法違反にもなるが、城の復元では解除可能。
大洲城の天守は平成6年(1994)に木造による復元を目指し、平成16年(2004)に竣工しました。

2004年にNPO法人「江戸城天守を再建(新築)する会」が設立された。
中曽根康弘が発案し、自由民主党の議員が呼びかけたことが始まりとされている。

歴史を無視したレプリカ城であっても・・・
江戸城の経済効果が2025年度で年間2000億と試算した場合の
存在価値は年5000億円にのぼると試算されている。
また、江戸城が新築されれば、8240人の雇用が生まれるとしている。

そして、明治新政府によって江戸城は天皇家が住まれる皇居ですが、
天皇が住む建物と天守台とは650mの距離があるので問題ないでしょう。
宮内庁が首を立てにさえ降ってくれれば。


国宝・ユネスコ世界文化遺産 姫路城

時代劇では姫路城が江戸城の代わりとしてロケに使われてきました。
姫路城の石垣を爆破して死傷者を出した馬鹿もいました。
昭和12年3月19日、松竹キネマ(松竹)が手がけた映画「大坂夏の陣」での戦闘シーンを撮影中、撮影隊が「ろの門」付近の土塀周辺に火薬を仕込み、土塀や石垣を爆破させた。
巨大な石垣が吹っ飛び見物人を直撃し、死者1人と複数の負傷者を出した。

助監督ら撮影隊関係者3人が当時の国宝保存法違反罪などで起訴され、立ち会った姫路市側の関係者らも引責辞任に追い込まれたという。

実戦で死傷者を出したことが無い姫路城で初めての死傷者でした。

江戸城が再建されれば、姫路城でのロケもなくなるでしょう。

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