ei8ht - プロローグ~ 1 - 【連載小説】
長編連載小説
集英社主催
第27回小説すばる新人賞 三次選考通過作
「とにかくぶっ飛んだ個性に痺れた」
宝島社主催
第14回このミステリーがすごい大賞 次回作に期待
「バカバカしくも意外な展開で読ませる作品」
※この物語は、フィクションです。
プロローグ
前触れなんてねえ、突然よ。
前方の男が立ち上がってな、
乗客に向けて叫ぶんだよ。
「フリーズ、シャラッ!」ってな。
いつ被ったのか目出し帽なんか被って、
手には包丁持っててな。
突如現れたから、どんな顔だったかはわかんねえ。
濃紺色の作業用防寒ジャンパーを着てよ、若干固太りに見える男だったが、
運転手のオレを、いの一番に早口で脅す訳よ。
「アイオッキュパイドゥアバス、ドンスタップ、
オーケィ?」
「……お、おーけー、おーけー」
あまりの迫力と意味の分からねえ英語に、
首を縦に振るしかなかったよ、そら。
震えちまいながら、オレはハンドルを握った。
突然の事態と、男に気を取られちまってさ、
ハンドルがぶれて、少しだけ左へ蛇行しちまってな。
急な揺れに、乗客の悲鳴が響き渡ってさ。
危ない、あぶない。
雪でつるつるになった冬道は、
いつまでたっても慣れないのに、
事故ったら元も子もないだろが。
ん? そんな場合じゃねえってか。
「シャラッ! シャラッ!」
固太りの男は、一歩前に踏み出し英語で叫ぶんだわ。
小さく深呼吸してさ、冷静に務めて、
男を横目に観察してみたよ。
声色から、そう歳を重ねていないのがわかったね。
二十代から三十代、その辺りだろう、
声に張りがあってよ。
意外と男に焦りや興奮、動揺は感じなかったな。
人の視線が集中することにも、
小慣れている節が見てとれるからさ。
対人の仕事に就いているのかもしれねえな。
もしくは会社の役員クラス、そんな気がしたね。
なんでかって?
自尊心や承認欲求、
自己顕示欲が強そうに思えたからよ。
そんな奴ばっかだろ、上に立つようなボンクラはよ。
英語を使うのも、気になるな。
とてもネイティブな発音だったから、
どっかアジアの外国人かね。
車内に、ざわざわとした人々のさざ波がたってさ。
そら、そうだ。
まさか、自分の乗ったバスが事件に巻き込まれるなんて、思いもよらねえし、考えもつかねえもんな。
「ビクワイエッ、シャラッ!」
犯人はさ、
怒号とも嘆きともとれる声を車内に投げてね、
乗客を黙らせるんだわ。
一瞬で、しんと静まり返ってな。
オレ?
最初から静かに運転してるっつうの。
まだ、出発したばっかりよ。
やっとこ市街地抜けて、江別西インターを過ぎてさ、
野幌パーキングエリアに差しかかるところでな。
外は夕暮れから、
雪玉みてえな月がうっすら昇って見えて、
薄闇のようブルーに暗く落ち込んでたわ。
オレの気持ちもブルー、
なんつってさ。
んあ、面白くない?
まあ、そう言うなよ。
世間じゃあ、世界が終るって話じゃねえか。
地球が滅亡するだか、
ひでえ感染症で人類が滅びるだか、
異常気象や温暖化でどうしようもなくなるだか、
宇宙人に侵略されるだかってよ。
未来もないってんで
自暴自棄に暴徒化した輩が増えるってのも、
分からねえでもねえけどよ。
バスジャックしたところで、
なんの得もねえじゃねえかよ。
どっかに飛んでいけるなら別だけど。
そう思わねえか?
とんだロングドライブになっちまったなァ、
なんてさ。冗談じゃないよ。
これからの五時間弱、どうなるんだべ?
舌打ちしたくなったよ。
は?
実際しねえよ、
なにされるか分かったもんじゃねえだろが。
つうか、ツイてるよな。
なんでかって?
おいおい、運転手刺したりしたら、
誰がこのバス運転すんのさ。
北海道の高速道路、道央自動車道を東に向けて、
とりあえずひた走るしかないもんな。
「うっそおおぉオ!」
最後部の席に座る高校生らしき少年が、
男同様、突然叫びだしてな。
そこに乗り合わせた全員が気をそぎ取られて、
後ろを振り向いたんだ。
少年は立ち上がり、顔面を蒼白にしていると思いきやさ、まるで熟れたトマトのように紅潮させて、
興奮しているようにも思えたよ。
オレ?
振り向く訳ないべ、運転中よ?
バスだから大きな鏡ついててね、
それで見えたって寸法よ。
え?
どんな車にもついてるって? あら、そうなの。
やや暫くの静寂に包まれたけどさ、
人質になった形の乗客で余裕のあるような、
ひと癖もふた癖もあるような人間から失笑じみた声が漏れてよ。
いやはや、どうしたもんかって考えてた矢先よ。
「ッナアオォオッ!」
て、男の叫び声が横から、また飛んできてな。
英語だから、なに言ってんのか分かんねえけど。
横目にちらり向き直ると、光景が変わっててね、
びっくりしちゃうよ。
叫ぶ固太りな目出し帽に代わって、
不精髭にサングラスをかけた中年の男が肩震わせて立ってんだわ。
オレンジ色の派手なダウンのファスナーを、
車内の暖房を無視しているみてえに、
首元までしっかり閉めててよ。
減量失敗して、
ストーブの前で汗かくボクサーか! てな。
え? 言わねえよ、そんなこと。
だってよ、
手には血がべったりついた果物ナイフ持ってんだぜ。
見た目の年齢は四十そこそこだが、
若作りなのか髪が肩まで伸びて、茶色に染めてよ。
ほう、犯人を倒したヒーローってか。
やれやれ、一件落着なんて思ったもんだ。
乗客もそう思ったに違いないよ。
刺してまで英雄になるってのは、どうかと思うがね。
目立ちたがり屋か! てな。
だから、言わねえっての。
オレまで巻き添えくっちまうじゃねえか。
「……そ、そんまま止まらの」
どうにも、様子がおかしくてよ。
なに言ってんのかも分かんないし。
倒れた目出し帽の男は、
乗り口のステップ下段に追いやられて、
腹を抱えながら悶絶している。
不精髭の男に刺されたんだな。
ステップの影に隠れて見ることはできねえけど、
うめき声がずうっと聴こえるもんな。
痛そうだな、おい。
荒い息遣いが、事態の深刻化と、
乗客の不安を助長させてな。
いくら犯人でも、過剰防衛でも、
命に関わると事だろが。
声だけ飛ばして問いかけたんだわ。
「……止まりますか?」てよ。
「い、いいや、このまま走り続けろ」
と、きたもんだ!
え?
なんて、ビビっちまったよ。
運転手のオレを尻目に、
今度は不精髭の男が乗客に向けて叫ぶんだよ。
「こ、こんバスば、乗っ取るべ。
動くんじゃねど!」
こいつは、正義の味方なんかじゃねえ。
二人目のバスジャック犯が、
カラオケ大会で次は青森出身あなたの番です、
なんてマイクを渡されたように現れたのよ。
お前も、バスジャックかよ!
なんつってさ。
もちろん言わねえよ。
代わりに、諦めのようなため息がでちまったけどな。
1
『北見、網走方面行き、十七時三十分発、
ドリーミントオホーツク号へご乗車の方、
只今より、五番乗り場にて搭乗手続きを行います』
アナウンスの女性が気取った声で乗車を促す。
札幌創成川沿いの中央バスターミナルの待合室で、時間になるのをまだかと待ち続けていた僕は、
痛くなった腰を伸ばし、
両手いっぱいの手荷物を抱え乗り場に向かった。
五番乗り場には、すでに乗客らしき人が並んでおり、
搭乗手続きをした順にバスへ乗り込んでいる。
バスのチケットをずっと握っていた為に
端が少しふやけていた。
代わりに唇は、
乾燥してかさかさにささくれてるけど。
なぜなら、このバスターミナルに五時間ほど、
何もせず待っていたのだから。
初めての一人旅みたいなもので、
道東の北見市からやって来た僕は、
札幌の街を観光もせず、
ひとりバスターミナルで待っていた。
昨日行われた、にじいろクローバーのコンサートに、
修学旅行以来、
二回目の札幌にやってきた田舎者の僕は、
ビジネスホテルのチェックアウトぎりぎりに出て、氷点下を大きく下回る寒空の中、
歩いて二時間かけ、
バスターミナルまでやって来た。
さすがに足がくたくたになり、
突き刺すような極寒に嫌気がさしたけど、
駅前や狸小路商店街、
雪まつりにむけた雪像のために、
たくさん雪が運び込まれている大通り公園などに
寄る勇気も、お金もないから仕方ない。
なんせ、にじクロのグッズに、
ほとんどのお年玉をつぎ込んでしまったからだ。
一番大きな手荷物のバッグを預け、
お土産の紙袋だけ車内に持ち込む。
ほぼ、なけなしのお金で『雪の恋人』とそっくりな、
なぜか北見銘菓の『オニオンミントクッキー』一箱、
にじクログッズではかかせない、
七色に光るサイリウム一本を入れていた。
『雪の恋人』とは、数年前、
賞味期限改ざん問題で消滅寸前になった
ラングドシャって種類のクッキー。
根強い人気に、道内外から問い合わせが殺到し、
見事復活した北海道のお土産では定番の商品だ。
一方、北見銘菓の『オニオンミントクッキー』は、
見た目『雪の恋人』とそっくり。
チョコレートをクッキーで挟み、
一枚づつ小さな袋で梱包されている、
同じくラングドシャクッキーなのだ。
大きな違いは、その味。
『雪の恋人』は
ホワイトチョコレートを使用しているが、
『オニオンミントクッキー』は
ミント味のチョコレートを挟んでいる。
ちなみにラングドシャって、
猫の舌って意味らしい。
僕が住む北見市は、昔から玉ねぎとハッカの名産地らしく、クッキーにまで使用し銘菓にしている。
玉ねぎを練り込み甘みの増したクッキーの生地に、ミントの清涼感を合わせ、味の複雑さを醸し出す暴挙に、大概の人は眉をしかめたくなるだろう。
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