英語ができないのは地頭のせい?―ビリギャルとSLA研究が教えてくれること
【第15回】 忙しい教師のための『あたらしい第二言語習得論』のエッセンス
みなさん、こんにちは。早稲田大学の鈴木祐一です。
いきなりですが、ビリギャルって知っていますか?

ビリギャルは、学年でビリだった高校生・小林さやかさんが、恩師の坪田信貴先生と出会い、慶應義塾大学に現役合格を果たした実話です。2013年に書籍化されると大きな反響を呼び、有村架純さん主演で映画化、さらには中国でもリメイク映画が制作されるなど、国境を越えて多くの人の心を掴みました。
この物語が多くの人に響いたのは、単なる受験のサクセスストーリーだからではありません。
「その人に合った環境とやり方さえ見つかれば、誰でも自分の力を発揮できる」――ビリギャルが伝えているのは、この力強いメッセージです。
では、このメッセージをSLA研究の視点から考えるとどうなるでしょうか。
今回は「英語学習には地頭が必要か?」について考えてみます。
英語学習における「地頭」って何?
地頭って何でしょうか? ここでは「生まれ持った頭の良さ」としましょう。頭の良さということで、IQ(知能指数)とも考えられます。実際、外国語習得とIQには一定の関係が認められます。
しかし、SLA研究ではIQよりも、外国語学習に特化した認知特性として「言語適性(language aptitude)」が長年研究されています。
1950〜60年代に「現代言語適性テスト」(Modern Language Aptitude Test: MLAT)という金字塔的なテストが開発されました。現在でも研究で広く活用されています。
というのも、MLATで測定される言語適性のスコアは、英語学習のスピードを予測できるからです。
MLATのような言語適性テストで測定される代表的な能力は、以下のとおりです。

簡単に言えば、「音を聞き分ける力」「覚える力」「ルールを見抜く力」の3つです。
たったこれだけ?と思うかもしれませんが、この3つの組み合わせで、音声・語彙・文法の知識から、読む・聞く・書く・話すの4技能まで、外国語習得の幅広い成果を予測できるのです。
IQと言語適性には重なる部分もありますが、言語適性はあくまで「外国語学習に特化した認知能力」を測るものです。この点で、SLA研究ではIQよりも言語適性が重宝されています。
やっぱり地頭が重要なのか?
さあ、ここまでくると、「やっぱ英語学習も地頭が重要なのか」と思うかもしれません。
実際、そのとおりです。
しかし、地頭が常に英語学習の成功を予測するとも限りません。
「One size does not fit all(万人に同じ方法が合うわけではない)」という格言のように、万人に当てはまる理想的な学習環境や教え方は存在しません。
例えば、1990年代に日本の小学5年生を対象に行われた研究(Ando et al., 1992)では、「文法をしっかり教えるアプローチ」と「活動中心のコミュニカティブ・アプローチ」の2つを比較しました。
結果は興味深いものでした。文法アプローチは分析が得意な生徒に有効だった一方、コミュニカティブ・アプローチは分析が苦手な生徒にとって効果的だったのです。つまり、どちらの指導法が「正解」かではなく、生徒によって合う指導法が違ったということです。
この研究だけで断定はできませんが、学習者の適性によって最適な指導法は異なる可能性を示す、示唆的な結果です。
つまり、教え方次第で、英語ができないと思われていた学習者も英語ができるようになるチャンスが大いにあるのです。
適性処遇交互作用(ATI)という考え方
このように、学習者の適性と指導法の組み合わせによって学習効果が変わる現象を、適性処遇交互作用(aptitude-treatment interaction: ATI)と呼びます。教育を個別最適化するうえで、非常に重要な考え方です。

ATIに基づくと、教え方を変えると英語習得プロセスが変わるということは、適性のような認知能力は固定されたものではなく、指導(環境)との組み合わせによって相対的に決まるものだと考え直すことができます。
ここで、ビリギャルの家庭教師であった坪田信貴先生の『才能の正体』の一節を紹介します。
自分に合っていない、ふさわしくない場所でいくら頑張っても、物事は身につきません。「才能がある」と言われている人たちは、"その人に合った"動機づけがまずあって、そこから"正しいやり方"を選んで、"コツコツと努力"を積み重ねている。
これを読んだ時、まさにATIだ!と思いました。
その人に合った動機づけと正しいやり方――これはまさに、適性と指導法の最適な組み合わせを見つけることです。
「でも、ビリギャルって元々頭が良かったんでしょ?」
みなさんも、こう思いませんでしたか?
実は、私の大学のSLA講義でも、言語適性の話をすると、学生からよくこういうコメントをもらいます。「でも、ビリギャルって、もともと偏差値の高い高校にいたから、やっぱり地頭が良かったと思います」と。
この疑問に向き合うために、授業ではビリギャル本人である小林さやかさんのNote記事「ビリギャルは、元々頭が良かったんだよ。」を学生と一緒に読んでいます。
本当に素晴らしい記事なのですが、中でも私が特に好きな一節があります。
ビリギャルは、ずるでも奇跡でもない。この話は、坪田先生と母のおかげで、私の能力が最大化するピースが本当に運良くピタッと揃って、今まで母以外誰も気づかなかった私の能力が、突然爆発したってだけなんだよ。
「能力が最大化するピースが揃った」――これはまさに、ATIの考え方そのものではないでしょうか。
通常の一斉指導では、同じ教材・同じ進度・同じ方法で授業が進みます。それが合わない生徒は、当然ついていけなくなります。そのとき、「あの生徒は適性が低いからだ」「努力が足りないからだ」と片づけてしまうのは簡単です。
しかし、本当にそうでしょうか。別の指導法で、その生徒に合ったペースで学ぶことができれば、学習成果は大きく変わるかもしれないのです。
英語力は多面的なもの
「結局、地頭が重要なんですか?」
この素朴な疑問に、SLA研究の知見から答えるなら、私はこう言います。
「有利ではある。でも、それがすべてではない」と。
言語適性が特に強く予測するのは、主に英語学習の「速さ」や文法の「正確さ」に関わる部分です。でも、英語力ってそれだけでしょうか?
人とやりとりするコミュニケーション能力、言いたいことをスムーズに伝える流暢さ、あるいは異文化の相手に臆せず向き合う姿勢など、こうした英語力については、従来の言語適性では必ずしも予測できない部分もあるはずです。
つまり、英語力は一つの物差しでは測れない、多面的なものなのです。
さらに前のセクションで見たように、教え方次第で言語適性の影響そのものを小さくすることもできます。「地頭」は固定された運命ではなく、指導や環境との組み合わせによって、その影響は変えられるのです。
だからこそ、「地頭が良い/悪い」という一つの基準で生徒を見るのではなく、英語力の多面性に目を向けること。そして、教え方次第で「地頭」のハンデは乗り越えられるということ。(もちろん努力も必要です!)
このように多面的に捉えるヒントになるのが、SLA研究の知見の使い方の一つかなと思います。
じゃあ、教室でどう活かす?
ATIの考え方は、直接的な授業テクニックというよりも、教師として生徒を見るときの視点を広げてくれるものだと思います。
たとえば、SLA研究からはこんなことが分かっています。
文法ルールを学習者に自分で見つけさせる帰納的指導よりも、先に文法ルールを簡潔に教える演繹的指導の方が、適性の影響を小さくできます(Erlam, 2005)。
また、英作文などの活動をした後に、「文法ルールを振り返る活動(ランゲージング)」を取り入れると、適性の高低にかかわらず、学習者が同程度に文法知識を身につけやすくなる可能性も示されています(Ishikawa & Suzuki, 2023)。
いずれも共通するのは、適性が低い学習者にとって「手厚いサポート」があれば、適性が高い学習者とのギャップを埋められるということです。
完璧な個別最適化は難しくても、「この生徒にはもう少し足場かけが必要かもしれない」と意識するだけで、授業の見え方は変わってくるのではないでしょうか。
おわりに
ビリギャルの物語は、「環境とやり方が揃えば、誰でも自分の力を発揮できる」という希望のメッセージです。SLA研究の適性処遇交互作用(ATI)の考え方は、このメッセージと深く重なるものがあります。
「地頭が悪いから英語ができない」のではなく、「その生徒に合った指導法がまだ見つかっていないだけ」かもしれない。
私たち教師にできることは、一つの指導法に固執せず、目の前の生徒に合ったアプローチを探り続けることではないでしょうか。
それはきっと、坪田先生が小林さやかさんに対してそうしたように、「能力が最大化するピース」を一緒に探す営みなのだと思います。
追記1
大学の講義で、言語適性を扱う回では、この記事で紹介したビリギャルの話に加えて、こんな動画をみんなで観ています(毎回泣きそうになります笑い)。世代が違うかなと思いつつ、今の現役大学生もビリギャルは知っているようです。
追記2
ちなみに、小林さやかさんは慶應義塾大学卒業後、コロンビア大学大学院で認知科学(Learning Design and Innovation)を学ばれたようです。「その人に合った環境とやり方が揃えば、能力は発揮できる」という自身の原体験を、学問的にも探究されていています。
認知科学と本記事で紹介したATIの考え方には深く通じるものがあり、ビリギャルの物語が単なるサクセスストーリーではなく、科学的にも裏づけのある普遍的なメッセージであることを改めて感じます。
小林さんの最新の書籍はこちらより。
坪田先生の最新作はこちらより。
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参考文献
Ando, J., Fukunaga, N., Kurahashi, J., Suto, T., Nakano, T., & Kage, M. (1992). A comparative study on the two EFL teaching methods: The communicative and the grammatical approach. Japanese Journal of Educational Psychology, 40, 247-256.
Erlam, R. (2005). Language aptitude and its relationship to instructional effectiveness in second language acquisition. Language Teaching Research, 9, 147-172.
Ishikawa, M., & Suzuki, W. (2023). Effects of written languaging on second language learning: Mediating roles of aptitude. The Modern Language Journal, 107, 95-112.
