成瀬はなぜ魅力的なのか? 『成瀬は天下を取りにいく』のヒットの構造
なんて成瀬は魅力的なんだろう
『成瀬は天下を取りにいく』を読んで、
そう思わずにはいられませんでした。
この作品を読んだ方なら、
同じように思われたのではないでしょうか。
同時に、次のような疑問が浮かんできました。
成瀬はなぜ読者を魅了するのか?
そこで本稿では、この問いについて考えてみたいと思います。
それにあたって以下では、本作における「語りの構造」に注目し、そうした「語りの構造」が成瀬の魅力を引き出す要因になっているという解釈を提示します。
そして、同じ構造を持つ有名作品を挙げることで、『成瀬』シリーズがヒットした要因を考察したいと思います。
では、まず「語りの構造」から見ていきましょう。
【語りの構造とは】
前述のとおり、成瀬の魅力は「語りの構造」によって引き出されていると筆者は考えます。その構造とは次のようなものです。
「平凡」な語り手が、「天才」成瀬の姿を明らかにしていく、ミステリーのような構造
以下では、「①平凡な語り手たち」と、「②ミステリー構造」の2つに分けて説明したいと思います。
▼「平凡」な語り手たち
本作の語り手は、島崎みゆき、大貫かえで、稲枝敬太、西浦航一郎です。
みゆき、かえでの二人は、自分のことを凡人や平凡だと述べています。
わたしは成瀬と同じマンションに生まれついた凡人、島崎みゆきである。私立あけび幼稚園に通っている頃から、成瀬は他の園児と一線を画していた。走るのは誰より速く、絵を描くのも歌を歌うのも上手で、ひらがなもカタカナも正確に書けた。誰もが「あかりちゃんはすごい」と持て囃した。本人はそれを身にかけることなく悪々としていた。わたしは成瀬と同じマンションに住んでいることが誇らしかった。
昼休み、前の席の大黒悠子が話しかけてくれて、一緒にお弁当を食べることになった。悠子もわたし並みの平凡な自己紹介で、スカート丈も長く、下位グループの雰囲気が出ている。
自分にはこういう子がお似合いなのだろうと思いつつ、貴重な友人候補を見下してはいけないと気を取り直す。
このように語り手たちは、自分のことを凡人、そして成瀬のことを天才と位置付けています。
こうした自己への低い評価と成瀬への高い評価との対比が、成瀬の「天才っぷり」を際立たせる要因になっていると考えられます。
さらに語り手たちは、自分にはない要素を成瀬に見出し、羨望や憧れをもって成瀬を語るため、その感情が読者にも伝わってきます。
結果として、読者は語り手と同じ視点に立ち、成瀬に強く惹かれていく構造になっていると考えられます。
▼成瀬というミステリー
「成瀬以外の人物が、成瀬について語る」という構造は、次のような効果を生んでいると考えられます。読者が成瀬という人物をめぐるミステリーを読んでいるかのような感覚になるということです。そのことは、6つの短編を見ていくと明らかになります。
この作品は、6つの短編で構成されています。第1〜5話では、語り手は成瀬以外の人たちであり、彼ら彼女らが、成瀬について断片的に語っていきます。
ただし、第3〜第5話では、成瀬の登場頻度が減るため、私たちは成瀬について断片的にしか情報を得られません。そして、第6話でようやく、三人称の語り手によって成瀬について詳しく描かれるのです。
したがって、第1〜第5話では成瀬の情報が断片的にしか語られないため、読者は「成瀬とはどんな人物なのか、もっと知りたい」という思いが強まり、だんだんと成瀬に惹きこまれていくと考えられます。
ちなみに、こうした語りの構造は、古典的な有名作品でも確認できます。次節では、有名作品を取り上げることで、成瀬がそうした作品と似ていることを指摘したいと思います。
【同じ構造の古典的名作】
前節では、本作の語りの構造を説明しました。すなわち、「A以外の人たちがAについて魅力的に語ることで、読者はAという人物をめぐるミステリーに引き込まれる」という構造です。
こうした構造は、過去の名作にも見てとることができます。ここでは3つの作品を取り上げたいと思います。
▼こころ
1つ目は、夏目漱石の『こころ』です。多くの人が読んだ本作でも、「A以外の人物がAについて語る」という構造になっています。
この作品では、「私」が先生について語り、先生がKについて語るという構造になっています。
「語られる側」である先生やKは、ミステリアスで魅力的な存在です。そして彼らは、「私」や先生の視点によってどのような人物であるのかが明らかにされていきます。
そのため読者は、先生やKについてのミステリーを読んでいるかのような感覚となり、ミステリアスな先生とKについて、もっと知りたいと思うようになるのです。
▼グレート・ギャツビー
2つ目は、F・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』です。
アメリカ文学の傑作と言われる本作もまた、「A以外の人物(ニック)がA(ギャツビー)について語る」という構造になっています。
本作の語りの構造は、ニック(語り手)がギャツビーについて魅力的に語りながら、なぜギャツビーが若くして富豪になったのかという謎が明らかになっていくというものです。
本作が多くの読者を獲得した要因のひとつとしては、こうした語りの構造によるものがあるのではないでしょうか。
ちなみに、「タイトルに出てくる人物(ギャツビー)が語り手ではない」という点で、『成瀬』と似ています。
▼ショーシャンクの空に
3つ目は、フランク・ダラボンの『ショーシャンクの空に』です。
名作映画ランキングの上位に挙げられる本作もまた、「A以外の人物(レッド)がA(アンディ)について語る」という構造になっています。
原作は、スティーブン・キングの『刑務所のリタ・ヘイワース』という作品ですが、そちらでもこのような語りの構造となっており、映画版はそれを踏襲するかたちとなっています。
【本作がヒットした要因】
以上のように、成瀬の魅力は語りの構造によって引き出されており、そうした構造は、過去の有名作品にも見受けられるものでした。
本作がシリーズ累計100万部を突破したのも、こうした過去の名作と同じような構造を持っているからなのかもしれません。
本稿では3つの名作を取りあげましたが、似たような構造の作品は他にもあると思います。[1]
あなたが好きな作品の中にも、こうした語りの構造がないか、ぜひ探してみてはいかがでしょうか。
【脚注】
[1] 本稿で挙げた語りの構造は、以下のような作品にも見受けられます。ちなみに、本文では指摘しませんでしたが、こうした構造をもつ作品は、「語り手」から「語られる側」へのホモセクシュアルな雰囲気を感じとることができます。
●コナン・ドイル シャーロック・ホームズ シリーズ
●ヘルマン・ヘッセ『デミアン』
●村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』

