TREASURE SWIMMER【トレジャースイマー】第3話



 怒涛の仮入部期間を終え、正式に強化選手コースの一員になったあの日から早くも約1ヶ月が過ぎようとしていた。そんな本日は日曜日、練習は休みである。それなのに宝良、千景、凛花の3人は集まってとある催し物に参加していた。
 軽快なイントロが響き渡るリビング、電気は消されその代わりに懐中電灯や7色に光るディスコライトが特設ステージという名の小上がりに立つ主役を照らす。そんな主役を見守る観客たちの手にはペンライトが見受けられる。そう、これは毎月欠かさず執り行われている安堂宝良プレゼンツ自宅カラオケライブ、略して『タカライ』。会場は安堂家のリビング、主役はもちろん宝良。歌うことが趣味な宝良は保育園の時からその才能を発揮し、千景や凛花を巻き込んで歌の発表会を行っていた。初めは可愛いもので保育園のグラウンドに半分埋まったタイヤの上で歌うのが日課であった。そこからグレードアップを重ね今の家庭用カラオケ機のマイクを握る形に至る。こうして本日も宝良の両親、祖父母、そして千景と凛花を迎えタカライは開催されていたのだ。
 宝良が歌い終えると拍手が起こりそれと同時にリビングの電気が付けられ撤収作業も始まる。そそくさと両親と祖父母はその場を離れていくのも毎回お決まりで、その場に残されたのは完全燃焼した宝良とそれを見つめる千景と凛花。
「どうだった?」
 宝良は2人に感想を求める。
「ビブラートが心に響きわたりました。」
「情熱的で涙が出てきそうでした。」
 義務のように棒読みのセリフを唱える。宝良の歌声は決して悪くない、むしろ上手いと言っていい部類に入る。しかしここ最近は変にこぶしを効かせたりビブラートを強調するなど癖が強くなってきている。これ以上の路線変更は笑いが込み上げてきてしまいそうになるのでどうにかやめていただきたい。
 タカライが終わると次はDVD鑑賞会を行う。主にミステリー好きの千景が借りてきた作品を見る。この毎月欠かさず行われているこの行事は家が隣同士であったから始まったもので、3人の深い関係性を作り上げてきたもののひとつだ。こうしていつも通りの休日を宝良たちは過ごしたのであった。

 そんな慌ただしく見える休日を終えると練習が始まる。週5日、毎日2時間の練習をこなしてきた宝良たちはなんだかタイムが上がったような気がしていた。中高生たちは新人戦というものがあったらしいが我々小学生の大会は8月に全て終了してしまったため、中々この進化した泳ぎを発揮できる機会がなかったのだ。
「ちゃんとした大会に出てタイム測りたいー。」
 練習後、着替えをしながら宝良は思いの丈を声に出す。そんな思いに同意して千景も横で頷く。するとこれまた隣にいた新太が2人に話しかける。
「あるじゃん、来月。」
「え!ほんとですか!?」
「大会っていうか記録会だけど。」
「「記録会?」」
「そう、大会みたく順位を競うんじゃなくて己の目標記録に挑戦するっていうのが記録会。水泳って室内プール使って年間通して大会やら記録会が結構あるんだよ。」
 「そうだったんだ。勝手に夏限定って勘違いしてた。」
「ふふ、確かにこうして関わらないと知らないかもね。」
 濡れた髪の毛をセームで拭いている零司が微笑みながら呟いた。
「その記録会っていつなんですか?」
 千景が尋ねる。
「10月4日だったかな、日曜日。」
「え、もう2週間切ってる。」
 宝良と千景は思いもよらぬ記録会に期待が膨らむ。
「まあ県南の小さい記録会だからね、短水路の。」
 短水路とは25mプールのことで50mプールのことは長水路と呼ぶ。
「あそこのプール温度高いんだよなー。」
 制服のスラックスにタンクトップ姿で顔を団扇で仰ぐ政宗が呟いた。
「わかるー!」
「しかもアイツらのテリトリーだからな。」
「テリトリーって言うか本拠地でしょ。」
「ドンマイ。」
 そんな会話をしている高校生たちを横目に宝良と千景は記録会に思いを馳せていた。

 日付は変わり県南水泳記録会の当日。会場まではそれぞれ家族に送られて到着していた。水泳道具一式が入ったバックを肩から下げ会場入口に向かう。
「おはよう、宝良!」
 入口前には凛花や千景たちが既に到着していた。
「おはよー。」
 時刻は7時15分、30分に会場が空くのでそれまで待機する。入口前には様々なジャージを着た人々がいる。3人は初めての記録会にソワソワしている。そこにまた凪紗といろはも合流した。
「おはよー、3人とも。」
「凪、いろは、おはよう!」
「「おはようございます!」」
「みんなチームのジャージいいねぇ!」
 この日のみんなの格好は届いたばかりのクラブチームのジャージであった。胸元や足元にチームのロゴがあてがわれいて着ていると本当に一員になれたことを実感する。
「みんなで同じジャージ着るのすっごいテンション上がる!」
「わかる!」
「でも凪のだけちょっと色違うね。」
「そうなの、これは1個前のやつ。私が入った時はこれだったんだよね。去年からそっちの色に変わったの。私もそっちの色がいいんだよねー。」
「先輩って感じでかっこいいです。」
「そうかなぁ、ありがとう。」
 そんな話をしているとコーチや高校生組も到着した。コーチたちは銀色の大きな筒状のものを持ってる。あれは一体なんなんだ。そんなことを思っていると開場時間になり待機していた人々は一斉に入場を始める。コーチに続いて宝良たちも会場に足を踏み入れた。
 まず初めに向かったのはロビーの広いスペースで一体ここで何をするのかと思えば先程の銀の筒状のものを広げ床に敷き始めた。それはアルミシートでありその上から更に毛布を広げた。
「じゃあここが拠点だから。みんなアップ行ってこい。」
 どうやら毎回こうしてチームごとに拠点を決めて大会中は選手や保護者たちがここで過ごすらしい。アップに必要のないものをそこに置いて更衣室に向かった。
 着替えをしてプールサイドに向かうと既にたくさんの選手たちが集まっていた。初めて記録会を共にする自分たちと明らかに体型の違う中高校生に圧倒されていると、後ろから女子達が現れ合流した。
「えーっと、あ!いたいた。お兄ちゃんたちの間に入れてもらおう。」
 凪紗は先に泳いでいた政宗たちを見つけ、そのレーンに向かい歩き出した。この施設はプールがひとつしか無いため、今のうちにしっかりとアップを済ませなければならない。時間も決まっており、後半は飛び込み練習に変わる。初めて乗る飛び込み台に感覚を合わせ調整を行うのであった。
 アップを終えジャージに着替え開会式に出る。プールサイドに集まり高校生たちを先頭にチームごとに並んだ。
 開会式を終えチームの拠点に戻ろうとした時、前を歩いていた高校生達に違うチームのジャージを着た人物が近づいてきた。
「ま・さ・む・ね〜」
「うぉっ、」
 その人物は政宗の肩に抱きついた。
「びっりした有栖、お、おはよう。」
 あの政宗先輩が距離の近さに少し引いている。
「何でそんなに嫌な顔するの?今日も一緒に泳げて嬉しいよ。」
「創一、勝手に行くなよ。」
 もう1人同じジャージの人物が現れてそう言った。
「巫だ、おはよー。」
 零司が答える。どうやらこの人も知り合いのようだ。
「やーん、朔月剥がさないで。」
 彼らは有栖創一ありすそういち巫朔月かんなぎさつき
「今日も負けないよ。」
「いや、俺が勝つ。」
 そう話している高校生たちはにこやかであるのになぜか迫力があった。
  プログラムは進み宝良は出場する50mフリーの招集に向かった。名前を呼ばれベンチに座る。緊張でソワソワしていると隣の人に話しかけられた。
「君も小学生?」
 宝良とそんなに変わらない背格好の人物。
「うん、小6。」
「一緒だ。嬉しいな〜、僕天明飛鳥てんめいあすかよろしく。」
「俺、安堂宝良。よろしく。」
「いつから水泳やってるの?」
「小1からスイミングには通ってたけど1ヶ月前から強化選手コースに入ったんだ。」
「そうなんだ!僕はお父さんが水泳のコーチだから保育園の時からやってるよ、あれが僕のお父さん。」
 飛鳥はプールサイドに立つ父親を指さした。
「あのジャージ、さっき見た人たちと同じだ。」
 宝良は答える。
「え?どの人たち見たの?」
「えーっと、」
 そう聞かれ宝良はキョロキョロと周りを見渡す。
「あ、あの人たち。」
 宝良は先程政宗に絡んでいた2人組を指さした。すると飛鳥は目をキラキラさせ宝良にぐっと近づいた。
「え!有栖先輩と巫先輩!?」
「なんかそう呼ばれてたかも。」
「僕と同じチームの先輩なんだ、有栖先輩はフリー、巫先輩はバックの選手なんだけど2人ともすっごく速いんだ。」
 この勢い、さっき政宗に絡んできた有栖に似ているなと宝良は思った。そうこうしていると順番が巡ってきた。コースの前に移動する。宝良は5コース、飛鳥は4コースであった。ゴーグルをしっかりつけ合図を聞いて飛び込み台に足をかける。
 スタートの合図が鳴った。飛び込みや反応速度は悪くない、一生懸命泳ぎ出す。隣を泳いでいる飛鳥と互角のスピードだった。勝ちたい、そう思いながら前に進む。間もなく折り返しの25m、その時かなりスピードのついていた宝良は壁との距離を見誤ってしまった。ギリギリすぎる距離で体を回す。背中や腰がぶつかったがどうにか壁を蹴ることが出来た。しかしこのターンでついた差は大きく飛鳥から数秒遅れてのゴールとなった。ゴーグルを外し息を整える。タイムは分からないがターンでの失速はかなり大きかっただろう。悔しい気持ちでプールから上がる。そんな宝良に飛鳥は声をかけた。
「最初、僕負けるかと思った。」
その声に宝良は振り向く。
「また泳ごうね、宝良。」
 にこやかに手を差し出す飛鳥。それを見て宝も微笑み握手をする。
「うん!」
 こうして宝良は新たな目標とライバルが出来たのであった。

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