TREASURE SWIMMER【トレジャースイマー】第2話



 強化選手コース仮入部期間も半分の折り返し地点となった3日目、通常メニューもそこそこに本日はターンの練習を行った。今まで宝良たちは壁に手を付いてターンをするいわゆるタッチターンであったが、これから練習するのはフリーとバックにおいてスムーズにタイムを縮めることの出来るクイックターンという方法である。
 クイックターンとは壁の手前で回転しその勢いで壁を蹴りターンをする方法である。勢いを停めずに泳ぎ続けることが出来るため習得するとかなりタイムが上がるとされる。バッタやブレは両手でタッチをしなければいけないためこのターンは使えない。ちなみにチームメンバーのS1は宝良、いろは、龍我、凪紗、政宗がフリー。壮吾、零司がバック。千景、新太がブレ。凛花、正弥がバッタである。
 宝良たちは5mラインより後ろの場所から泳ぎだしクイックターンをして戻ってくる練習を始めた。壁までの距離感を掴むことに苦戦する小学生たち。手前すぎる位置で回ってしまうと壁が遠く空振りしてしまったり、逆に近すぎるとバランスを崩してしまうのであった。宝良はかなり良い位置で回転することが出来た。しかしこの時、息を吐くことを忘れ鼻から水が入り激痛が襲う。
「痛ったー!めちゃくちゃ鼻に水入った。」
 あまりの痛さに宝良は途中で立ち上がってしまった。
「回ったらすぐ姿勢を正せ。壁を蹴ってついた勢いを殺すなよ。」
 コーチからの指導を受け何度も繰り返し練習を行った。

 練習を終え着替えを済ませ更衣室を出る。千景が靴を履いているところに凛花が駆け寄った。
「ちかー、明後日誕生日だね。なんかリクエストある?」
「んー、宝良の歌以外で。」
「なんでだよ!今年も歌うよ!」
「遠慮しまーす。」
 この会話を聞いて凪紗も話に加わる。
「明後日、誕生日なの?」
「そう、千景が12歳になります。」
「わぁ、楽しみだね。じゃあ他のみんなの誕生日も教えて。」
「私は3月27日で宝良が1月8日。」
「俺の勝手に言うなよ。」
「いいじゃん別に。」
「ふふ、じゃあいろはは?」
 後ろで靴を履こうとしているいろはに問いかけた。
「6月18日。」
 靴を履きながら答えるいろは。
「1、3、6、8月ね。オッケー、オッケー、コーチに伝えておく。」
「なんでコーチに?」
「それは誕生日のお楽しみ。じゃあまた明日。」
 別れの挨拶を告げ、宝良たちはその場を後にした。

 そして迎えた8月22日。強化選手コース仮入部期間の最終日であり千景の誕生日であった。本日もつつがなく練習が行われると思っていた。今までの練習メニューの傾向としてアップから始まりプルといった腕の動きのみで泳ぐ方法や反対にキックと呼ぶビート板を使ったバタ足のみの泳ぎ方などを入れたメニューを挟みつつ後半にその日の中で1番ハードなメニューをこなすのがお決まりのパターンだった。最終日もこのような形になると予想していたのになんだか今日は前半からハードなメニューが盛りだくさん。
「なんか今日、前半からハード過ぎないか?」
 サイクルの合間に小さな声で話し合う。強化選手コースと銘打っているからには生半可な練習じゃ育たないのは分かっていた。しかしここまで来て最終日に更に我々を振るいにかけるのか、一体これからどんな練習メニューが待ち受けているのか。未知なる恐怖が小学生たちを襲う。
 遂に残り時間は30分、区切りがいいためきっとこの後今日のメイン、ハードメニューが発表される。スポーツドリンクを飲みこれからの発表に備える。コーチが口を開いた。
「じゃあ、今日のメイン……」
 緊張の面持ちに宝良は唾を飲み込んだ。
「リレーやります。」
「フー!」
「イェーイ!」
 驚き固まった小学生たちとは真逆に水面を手で叩き歓喜の声を上げる高校生たち。
「最後リレーするの?」
 まさかの展開に顔を見合わせる小学生たち。コーチは2度手を叩き話を続ける。
「はいはい、静粛に。本日は千景の誕生日です。なのでバースデーリレーやります。」
「千景、誕生日おめでとう。」
 みんな拍手しながら千景に伝える。
「バースデーリレー?」
「そう、誕生日の人がいる月にやってるリレーのこと。恒例行事で月末にやることが多いんだけど、今日仮入部最終日だし、ピッタリだよね!」
 凪紗が説明をしてくれた。
「なにそれ、超面白そう!」
 宝良が身を乗り出し話に食いついた。すると後ろで立っていた千景がいきなりバシャッと水しぶきを上げ上に持ち上げられた。
「誕生日ぃおめでとう!」
 そう言いながら持ち上げたのは2コース隣にいた政宗であった。潜水して千景の下までたどり着き両脇を掴んで持ち上げたのだ。あっという間の出来事に驚いている千景はそのまま後ろに投げられ更に大きな水しぶきを上げた。
「小6軽いなー。」
 政宗は驚いた顔でそう呟いた。
「何あれ、いいなぁ。面白そう!」
 宝良は目をキラキラさせ、いろはは表情変わらず、凛花は驚き引きつった顔で投げられた千景を見つめた。
「誕生日の時、やってやるぞ!」
 羨ましそうに見つめる宝良に政宗はそう言った。
「じゃあ、チーム分けするぞ。」
「はーい、コーチ。11人なので割り切れません。」
 零司が手を挙げてコーチに話しかけた。
「じゃあこれはもう1人足すしかないですねぇ。」
 政宗も零司に続く。
「コーチ、コーチ、」
 正弥が手を叩いてコーチコールを始める。他の選手たちもそれに乗っかる。
「分かったって、俺も入るから。さっさと上がれ。」
 こうしてコーチを含めた12人を2組に分けてリレーが行われることが決まった。宝良、いろは、龍我、凪紗、新太、政宗のAチーム。千景、凛花、壮吾、正弥、零司、そして青嶋コーチのBチーム。
「じゃあバタ足リレーとかから始めとく?」
「そうですね。」
「順番決めよう。」
 それぞれのチームが集まって泳ぐ順番を話し合う。
「凪紗、お前アンカーな。」
「えー、新太くんかお兄ちゃんがやってよ。」
「ん?お兄ちゃん?」
「あっ、この人私のお兄ちゃん。」
 凪紗は政宗のことを指さして話す。
「えー!知らなかった!」
「あれー?話してなかったっけ?」
 この2人が兄妹だったとは、宝良は驚き2人を見比べる。まぁ、若干?似てるかも?
「それより順番、決めましょう。」
 新太が話を戻す。
「俺と新太でリードとって貯金を作る。最後は凪紗に任せる、これでいいな。」
「「はい!」」
「よし、じゃあ別れて。」
 1人25mずつ泳ぐため自分がバトンを受け取る方にそれぞれ向かう。第1泳者は政宗、そして青嶋コーチだった。
「くぅー、考えることは一緒かぁ。」
「お前の思考はお見通しだ。わざと俺をぶつけたんだよ。」
「ムカつく〜、絶対負けねぇ。」
 そうして1回目のリレーが始まったのだった。その後バッタ、バック、ブレ、フリーなどのリレーを行い千景のバースデーリレーは幕を閉じたのであった。
 ダウンを終え最後の挨拶をするため整列をする。この5日間、今までに体験したことの無いハードな練習で小学生ながらも疲労困憊する日々を送った。それでもこの練習を通して学んだことや出会った人々の影響力は大きい。これから先、この人たちと一緒に練習していったら今までとは違う何かが起こるに違いない。
「4人は仮入部期間、お疲れ様でした。」
 青嶋コーチは拍手をしながらそう話す。
「今日最終日だけど、これからも強化選手コースで練習を続けていきたい人、挙手!」
 その言葉に宝良はビシッと右手を上げた。同じように千景、凛花、いろはも手を挙げている。
「フフ、お前たちは違うだろ。」
 その言葉を聞いて横を見ると小学生以外の選手たちも手を挙げていた。これを見て宝良はここは本当にいいチームなんだ、一員になれるのが嬉しいと思った。
「じゃあこれから11人、切磋琢磨していくぞ!」
「「「はい!」」」
「政宗、挨拶!」
「気をつけ!ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」

 濡れた髪を乾かすのも程々に女子3人はロビーのベンチに座り水泳用品のカタログを眺めていた。
「これから準備するものいっぱいあるからね。」
 凪紗が言うようにこれから練習していく中で必要な道具が沢山ある。
「とりあえず、ブイにフィンにあとパドルかな。」
「ブイってこんなに色あるんだ。どれにしよう……」
「あと水着も?毎日練習するからね、何枚か持ってた方がいい!」
「凪ちゃんは何着くらい持ってるの?」
「んー、5、6着かなぁ。そうだ!もう、ちゃん付けしなくていいよ。凪って呼んで、私もいろはと凛花って呼ぶから。」
「わ、分かった、凪って呼ぶ!」
「うん、いろはは?」
「なぎって呼ぶ。」
「よし、オッケー!私本当に嬉しいの、2人が入ってくれて。ずっと女子1人だったから。結構強引に誘っちゃったかなって思ってたけどやっぱり声掛けてよかった!これからよろしくね。」
「凪のおかげで入れたんだよ、こちらこそだよ!」
「そうだよ、これからよろしく。」
 この3人を宝良と千景は後ろから眺めていた。するとそこに青嶋コーチもやってきて話しかけた。
「おーい、カタログ見るの程々にして早く帰るんだぞ。あと、小学生チーム、次来るまでジャージのサイズ決めてきてな。」
「ジャージ?」
「クラブチームのジャージだよ。」
「え!チームのジャージってあれだよね。」
 宝良はポスターで見た事のあるジャージを思い浮かべた。
「大会の時はみんなあれ着ていくからね。」
「わー、テンション上がるー。」
「サイズどうしよう。」
「みんな成長期だし、ちょっと大きいサイズでもいいんじゃない?」
「いつ届く?」
「頼んで1週間後とか?」
「2人もカタログ見なよ、ブイどれにする?」
 こうして強化選手コースの仮入部期間を終えて宝良、千景、凛花、いろはは正式にチームの一員となったのであった。


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