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新参

 3日に分けて食べようと思っていた鈴カステラ1袋を1日で空にしてしまった罰として、自宅の蔵書整理を行う。

 我が家では定期的に、購入時の状態が維持された、袋に入ったままの本が見つかる。基本的に私は「積読」というものに肯定的だが、せめて本が視界に入ってくる状態で「積読」すべきである、と思っている。透明でない袋に本が入っている場合、その条件を満たせていないので×。速やかに袋から取り出すべし。

 今回の整理でも、袋に入ったままの本が発掘される。なだいなだ『日常哲学』。おそらく福岡県内で開催された古本まつりで購入したものだ。
 鈴カステラの一件があるので、『日常哲学』を本棚にさして終わりというわけにはいかない。発掘した勢いで、通読することにした。
本書はいい意味でゆるーい本である。平易な表現で、さらっと鋭いことが書かれているが、ゆるーいムードの中にあって、気づかずにスルーしてしまう人が多いのではないか。

「知ったふりは疲れる。正直がいちばんいい。
 その代わり、分からないでいるのも癪だ。自分は新参なのだから、分かっている人たちに、徹底的に質問して分かるようにしよう。これが一番手っ取り早い。」
なだいなだ『常識哲学』筑摩書房、P68)

 今ではこの文章に深く頷けるが、読書を本格的に始めて2、3年ぐらいの時期であれば、顔を顰めたと思う。
 読書を始めて2、3年というのは、自分の中に知識が溜まっていっているという感覚が、優越感に結びつきやすい時期で、その分、「分からない」と認めることが難しくなっていた。優越感にヒビが入ることはしたくない。そうなると、やってしまうのが「知ったふり」である。
 一方、4年、5年と年数が経つにつれて、今度は優越感が謙遜モードに切り替わっていく。世の中には分からないことが多くあり、たとえその道一筋の専門家であっても、道半ばでこの世を去っていくという現実を知って、優越感を覚えていたことが恥ずかしくなった。
 道半ばとはいえ、専門家の方が極みに近づいていることを考えれば、下手に知ったふりして虚勢を張るよりも、素直に話を伺って、効率よく知識を吸収した方が賢い。なだいなだの言葉を借りれば、「これが一番手っ取り早い」ということになる。

 最初は罰として読み始めた『常識哲学』だったが、学ぶところが多くあった。今後も、数日に分けて食べることにしていたお菓子を1日で平らげて、罰として本を読む機会を作っていきたいと思う。






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